民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

カテゴリ:考古学 > 日本海学

「クルミを大きくしたような黄褐色の物体が、冷蔵庫の中で防腐液に包まれ、5度前後で保存されている。 ここは鳥取市中心部にある鳥取県立博物館の地下室。18年前に同市青谷町の青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡で見つかった熟年男性の前頭葉(重さ約230グラム)など ...

 三重県伊勢神宮の斎宮歴史博物館のHP斎宮歴史博物館:斎宮千話一話 (mie.lg.jp)はなかなか博物館らしくないことまで書いていて楽しい。中でも64話の「謎が謎呼ぶ出雲展」記事は特に面白く、天啓ヒントがいただける。一部引用しよう。斎宮歴史博物館:斎宮千話一話 (mie.lg. ...

前略●反り子集落の分布図http://file.nakasimahigasi.asukablog.net/sorikosyuraku.jpg  岡本雅享『民族の創出』P216●反り子集落の分布図岡本雅享『民族の創出』P216「北部九州には二〇世紀に入っても、木造の小舟で玄界灘を渡っていた人たちがいる。筑前大島の漁師、 ...

With2ブログランキングへ「皇学館大学の田中卓教授は、「田中卓著作集2」所収「古代出雲攷:日本国家の成立と諸氏族」で、出雲族の根拠地はかって大和であり、出雲は、出雲族が追われた場所である、とする説を述べている。又、梅原猛氏は集英社刊「神々の流竄(るざん ...

With2ブログランキングへ◆劔(つるぎ)神社(福井県丹生郡織田町) 織田一族発祥地の碑(劔神社) 現在の本能寺(京都市) 「 織田家の歴史を遡るときに必ず出てくるのがこの福井県丹生郡越前町織田(おたと読む)である。織田家の先祖はこの越前織田庄で1800年の歴史 ...

押せば順位がひとつあがります  ↓   ↓With2ブログランキングへ↑  ↑  ↑blogramランキング参加中!門脇禎二などの文献史学者の多くは継体大王という「新王朝」(水野祐)の福井から出てくる大豪族大王の妃となった尾張目子媛(おわりの・まなこひめ)ともう ...

With2ブログランキングへ出雲の楽しいサイトを発見した。①「大国主神は、国譲りを決めますと、出雲国の多芸志の小浜に天の御舎を造ったことが古事記に書かれています。多芸志は、「たぎし」と読まれているようです。この部分は、大切だと思うのですが、※A取り上げてお ...

前の上毛野緑野屯倉の記事で、奈良時代前後、日本では新羅を胡「こ」、百済を呉「くれ」と呼んでいたと書いたが、これは日本人から見た、半島の人種的相違の把握でもあったかもしれない。つまり新羅は、中国が言う胡人のように西アジア遊牧騎馬民族の血を引き、一方百済や伽 ...

With2ブログランキングへ■出雲の横口式石室出雲の横穴群集墓群は豊前の竹並横穴墓群や上の原横穴墓群の流れの上にあって、規模はこれらに匹敵する数量を持つ。(門脇)次に横口石室であるが、中期以前の竪穴式から横口式石室への移行はこれまた全国的に九州北部を皮切 ...

With2ブログランキングへ■出雲の横口式家型石棺(石槨ではない)●家型石棺とは・・・古墳時代後期に現れる石棺様式で、家族を意識し、家型に造られた石棺。蓋と身に別れ、場合によっては複数の石材切り石によって組み合わせた組み合わせ式のものもある(横穴墳に多い ...

With2ブログランキングへ■伯耆国(鳥取県)の金属産業地名の集落別分布と地質分布図■出雲・石見・伯耆国の産鉄伝承分布図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これまでの筆者の5年間の分析では、山陰地方に早くから入っていた氏族は1 最も古 ...

「今のところ、ふつう井戸というのは、弥生時代から出てきます。第一〇回春日井シンポジウムで発表しました福井県の堀大介さんの「井戸の成立とその背景」(『古代学研究』第146号 1999)という論文を読んでみますと、弥生時代の井戸が出はじめる遺跡は、青銅器を製 ...

国譲りが出雲であった理由には、日本海貿易港としての宍道湖=縄文海進時代からの素尊遂道(すそんすいどう)の持っている至便さを考え合わさないわけには参りません。出雲は大陸へ向かうすべての船にとって、最高の港でした。ゆえに出雲は、「大和とも北部九州とも違う文化 ...

■遠所遺跡京都府弥栄町(丹後半島中央部)「古墳時代後期から平安時代にかけての複合遺跡で、特に奈良時代における製鉄から精錬・加工までの一貫した生産工場があったことがわかる貴重な古代遺跡である。丘陵の尾根に階段状に続く24基の古墳群、鉄生産の始まりを考える上 ...

「北の海ッ道」をつなぐ潟湖は縄文時代中盤から古墳時代前期にかけて日本海の荒波をかわすよき港となった。これらの港近くにはきわめて高層の巨大栗によって建てられた「古代の灯台」「目印」が作られた。海から寄り来る貿易者にとってそこは目的港だったのであろう。面白い ...

先日のこの驚くべきニュースに対して、そこから日本人起源を語れと言うご要望があった。しかし、あまりに時間枠がはみ出しすぎているため、手がつけようがないのが正直なところである。これまでの常識では、沖縄の港川人が最古で3万年ほど前。少なくとも本土にやってくるの ...

島根県松江市田和山(たわやま)遺跡→http://www.city.matsue.shimane.jp/jumin/bunka/bunka/bunkazai/tawayama/index.htmhttp://www.pref.shimane.jp/section/bunkazai/about-shiseki/shiseki03.html日本海西部雲伯を代表する名山・大山名峰大山(だいせん)、樋野茶臼山に ...

土井ヶ浜遺跡は山口県下関市の日本海側、豊北町の海浜から出土した弥生時代の300体以上の人骨群の総称。遺存状態が良好なうえに、人骨の特徴が縄文人とはあきらかに異なるために中国江南人の渡来モデルとして注目されてきた。これに対して直接調査に当たった経験から、島 ...

弥生時代、卑弥呼の時代の古志の土器の多くは、山陰から丹後地方の影響を受けた凹線紋土器(おうせんもんどき)で、墳墓は北部九州や大和に多い方形周溝墓と出雲型四隅突出型墳が同居するのが特徴だ。つまり九州から日本海、畿内までに及ぶ地域との交流が古志にはあったとい ...

続いて登場する日本海の首長は丹後と若狭である。丹後地方の弥生墳丘墓はほぼ方墳であるが、出雲とは違って四隅を突出させない。出雲から古志への日本海ルートの真ん中にありながら、ここだけは別の方墳文化が栄えた。これを方形貼石墓という。これは北部九州における方形周 ...

弥生時代に全盛期を迎え、その後衰退してゆく地方共同体を、日本海を中心に少し考古学的見地から眺めてみたい。出雲、丹後、若狭、越前、越後、そして越中という、大和や九州とはちょっと違う古墳のある地域である。第一回目はまず出雲から始めてみたい。出雲と言えばまず糸 ...

①殺傷された人骨は新町24号人骨(福岡県志摩町、伊都国比定地)などに示されるように(弥生)早期末に出現する。②早期前半には有柄式磨製石剣や柳葉式磨製石鏃(画像と解説→http://inoues.net/ruins/sito_sisekibo.html BGMありご注意!! http://www.d-munahaku.c ...

3世紀前後の弥生時代の集団同士の争いの痕跡を証明できる遺物①防御施設(防壁・柵・壕など)を持った集落遺跡②武器遺物③殺傷痕のある人骨④墳墓における武器副葬⑤武器型祭器⑥戦いを表す造形品、あるいは装飾そのもの以上が発掘された場合、それは戦争の痕跡であると国 ...

名古屋の尾張連草香あるいは凡連の墓と推定される前方後円墳。150メートル。尾張連は娘の目子姫(めのこひめ)を嫁入りさせることによって継体大王の姻戚となる。六世紀の巨大古墳として、今城塚、岩戸山と並んで希有な大古墳。 ...

↑このページのトップヘ