子どもは戦争をなくしたいなどとよく言うようだが、戦争がなければどうなるかがわかっていないようだ。あらゆる動物の中で、同じ種で殺しあうのは人類だけである。その理由はサルの仲間だからテリトリーに神経質だからだが、もうひとつ理由がある。宇宙の摂理がそうさせてい ...
カテゴリ:異界研究 > 生贄・供儀・人柱・人身御供
七夕考 牽牛本義・織女本義/殺牛供儀/河童駒引伝説
ワニ族の殺牛生贄牽牛本義「十月末に従江県(従江県(じゅうこう-けん)は中華人民共和国貴州省黔東南ミャオ族トン族自治州に位置する県。)加鳩(かきゅう)で三〇〇頭のウシを殺して祭りは終了したということで・・・剣河県川柳区久仰郷基祐村へ・・・やがて牽牛はワラをウ ...
祭りと偏西風
大きな台風がたてつづけにやってきたが、この時期、よく忘れていることのひとつに、偏西風が10月10日前後に吹き始めるということ。 江戸期までは、それは当然のなりわいだったようで、9月~11月に、いわゆる「風の鎮撫の祭り」が集中する。 その中には、すで ...
生贄は背後から殺す
以前読んだある書物にあった欧州の石碑にある人物の絵。どうしてもその本が思い出せない。探してみてもヒットしないでのどに刺さった小骨のように気にかかる。 以前ここの「アイスマン」の記事にそう書いたときには、手元にその原本があったんだが、うかっとして画像 ...
アイスマンはやはり生贄/片目・片足・片腕にされて山に放逐し殺害
アイスマン生贄説はむしろさらに信憑性を増したと筆者は考え始めている。その理由は世界的に生贄儀式には次のような法則があったと考えられるからである。 イタリア北部、アイスマンが見つかった地点ボルザーノから少し離れたアルグンドにあった石碑には彼の ...
アイスマンの鍼灸あとと鏃
アイスマン2http://youtu.be/6WZGExaSQc4ビデオは1~3まであるようだ ◆タトゥーと鍼灸の一致もっとも興味深いのが、腰椎すべり症の治療を施していたということ。これを解明した人物が、オーストリアの医学博士で鍼灸を研究しているレオポルト・ドルファー医師 ...
スマトラの呪術と仮面/カニバリズムと戦争食人の本義の違い
With2ブログランキングへインドネシアのスマトラ島・バタク(バタック)族にはかつて食人風習があった。バタク族の呪術師がかぶる仮面と衣装を見て、これは来訪神なのではないかと思ったことがある。セルジウス・ゴロウィン他『世界の神話文化図鑑』東洋書林 2007 ...
アワビ・税の代わりのニエ・木簡の情報量
With2ブログランキングへ租・庸・調と言えばわかりやすく言えば天武以後確立した奈良王権が取り立てた税であるが、租とは米、庸とは労役、調とは繊維製品など、という一応の決まりがあった。雑税の中で特に珍重されたニエがアワビである。(古墳時代には鮎)アワビは今 ...
災害津波・人柱・御柱・そして彼岸
With2ブログランキングへ災害と人柱・人身御供・生贄「水の御柱」観念■十五の森の人柱愛知県の名古屋市と春日井市との間を流れる庄内川の北岸に「十五の森」と呼ばれる祠があります。室町時代に川の氾濫を防ぐ為、15歳になる娘を人柱として沈めたのだとか。 http://ja ...
暴れる牛と供儀
生け贄と供犠の世界的広がり『古語拾遺』「神代に大地主(おおとこぬし)神、田つくりましし日に、牛のシシをもて田人に食わしめたまいき。時に御歳神の子、その田に至(き)まして、饗(みあえ)に唾きて還りまして、ありさまを父に告げましき。 御歳神、いかりまして、イナ ...
殺牛殺神・牛馬犠牲
来年の干支にちなんで牛馬のお話を二題。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・延暦十年九月十六日官符(三代格)養老厩庫律逸文「故(ことさら)に官私の馬牛を殺す者は、徒(ず)一年」(『政事要略』巻七〇)日本霊異記中 ...
今昔物語・「美作国神 依猟師止生贄語」
有名な今昔物語の生贄を猟師がやめさせた逸話「美作の国の神 猟師に依りて生け贄を止めさせたはなし」簡略にする。「今は昔、美作の国に中参(美作国一の宮・中山社)・高野(美作国式内社・高野社)という聖地があって、毎年生娘を「養い肥やして」神に差し出していたが、 ...
ハフリ
ハフリとは祝。語源は「羽振り」。カンナギが祓いを行う様。すなわち「はフル」とは神霊を祭る行為。(喜田貞吉)行う者を「祝」と言う。横なまって「ほうり」。転じて「ほふる」すなわち「屠る」。贄を屠ることを生業にする神職。放り投げるの「放る」もここからか?西郷信 ...
供犠の必要性
「水田耕作が順調にすすめられるようになると、堰を作る大土木工事がなされる。その折りに人柱が立てられた」「人柱には、神の託宣を聞いた子連れの女性が選ばれる」「この点と関連して、もう一つ見落としてならないのは、人身御供にみる祓浄(ふつじょう)の要素である。つ ...
人柱祠
ひとばしら・ほこら人柱とは言うまでもなく「犠牲」である。人身御供とは厳密には違う概念だが、災害や神の祟りから土地などを守るための究極の秘技という点では同じ。画像は大分県の漁師町・日出町、暘谷城真下の海岸にある。人柱や生け贄を野蛮だと思ってはならない。当時 ...
首切れ馬のミッシングリンク
不特定な(奈良県吉野郡か?)旧石井村という場所に渡内橋(わたうち・ばし)という橋がある。かつて橋を強くするために人柱があった場所であるという。また近くに六地蔵の辻という昼なお人通りの少ない寂しい辻があり、ここいらへん一帯に「首切れ馬」がろうろするという伝 ...
中国の殺牛神事
「苗族のあいだに、こ臓節(こぞうせつ、「こ」は牛に古と書く)とよばれる牛殺しの祭りがつたえられている。(中略)費用がかさむために三年、五年、七年、九年、十一年、十三年などに一回挙行される。ところによっては三十年に一回という地方もある。一般には旧暦の九月下 ...
マレーシア稲作儀礼と播磨の事例
マレーシアでは稲作儀礼として動物供犠が非常に特徴的で、それは1941年に宇野円空の『マライシアに於ける稲米儀礼』で記述されている。これに対し、日本では『播磨国風土記』讃容郡の条に、「妹玉津日女命、生ける鹿を捕り臥せて、その腹を割きて、その血に稲種き(まき ...
人から獣・かたしろへ。神事生け贄の変遷記述
兵庫県篠山市沢田・八幡神社・鱧切祭・・・人からハモへの変遷。宮崎県高千穂町・高千穂神社・猪掛祭・・・人からイノシシへの変遷。岡山県津山市一宮・中山神社・猿神退治譚・・・「さてそれより後(生け贄を食らっていた猿神を退治してのち)は、すべて、人を生贄にせずな ...
おなり女
「おなり」は「お・なり」なりとは実がなること。中山太郎はおなり・うなりは同根で、農業の穀物神の「身代わり」であると書いている。それは穀物神・食物神は収穫されることによって「命を奪われる」のであるから、それに代わる生け贄を捧げることで神の怒りを鎮める意味が ...
人身御供と供犠論
人身御供=ひとみごくう 言い換えると建築史などでも言われる「人柱」。古墳の殉教なども範疇に。乙橘姫の海中身投げ行為も同じ。供犠=くぎ・きょうぎ 言い換えると「いけにえ」。当初世界的にそなえものは人間。その後獣、やがて獣肉、最終的には人型、人形、くぐつへ ...










