With2ブログランキングへ■さざれ石(細石=こまかな石)○古今和歌集の巻第七賀歌 題しらず 読人しらず わが君は千代にやちよに さざれ石の巌となりて苔のむすまで○「さざれ石」 成務天皇の三十八人目(の子供)は、「姫君にて..数も知らぬほどの皇子 ...
カテゴリ:記紀異説・神話分析 > 氏族分析
神話と天皇 その2 なぜ伊勢か、なぜ持統か? 藤原氏は百済王
●今朝(11月10日)書き加えた事項がいくつかあります。大山誠一はあくまでも文献政治史学者である。だからどうしても『日本書紀』記述の大きな流れである持統以前の大王たちは「存在した」という前提からははみださない。Kawakatuのように、激しく、持統以前の大王たちも ...
神話と天皇 不比等の策謀 その1
就職は来週からと決まったので、今のうちにかけることだけ書いておきたい。まだ一週間あるから、すべて書きおおせるかも知れない。大山誠一は関連論文をネットに一部だけだが掲載している。それを引用しよう。大山 誠一 『記紀神話の解明と伊勢と出雲』 http://www9.p ...
二つの一の宮・その意味 月読からアマテラスへ
全国に一の宮が建てられている。ほぼ一国につき一社が当然。ところがそれが二社もある例外がある。今の大分県、豊後国である。ここには西寒多神社(ささむた・じんじゃ)という「本音一の宮」と柞原八幡宮という武士の「建前一の宮」のふたつがある。寒田川(そうだがわ)と ...
『新撰姓氏録』渡来系氏族の割合/古代日本における高句麗の影響
日本の古代の渡来系氏族のパーセンテージを、『新撰姓氏録』からずいぶん前に筆者はHPで割り出している。『新撰姓氏録』氏族の割合 氏族数 全1182氏族の中の割合 諸蕃326氏族の中の割合 左京居住数 左京占拠率 ...
木村、佐々木、紀、諏訪、阿蘇、高良、宇佐、大神、寒田氏と岩清水八幡と豊後大友氏など
日本の苗字 http://www.myj7000.jp-biz.net/clan/01/012/01209a2.htm以下、長文引用。『雍州府志』 【八幡宮】 男山石清水の地にあり。男山、あるいは雄徳山と称し、また鳩の嶺と号す。欽明天皇三十一年冬、肥後國菱形の地辺、民家の児、三歳の時、神託して曰く、我は ...
物部系蘇我氏・蘇我氏系藤原氏/親新羅系天皇と親百済系天皇 救世観音封印の謎
古代氏族では母方の影響力は父方を上回っていたらしい。蘇我馬子の妻が物部太姫(鎌姫)だったために、蝦夷・入鹿と別の系統である石川一族は鎌姫の直系である。その鎌姫は『日本書紀』で、守屋大連の持っていたすべての財産・私有地を受け継いで大連となったと記録されて ...
大彦・多氏・応神・・・ 磐井は国造ではない、岩戸山は磐井の墓ではない 国造は吉備王家出身 刑部の系譜
筑紫国造家つくしの・くにの・みやつこ「筑紫国造とは筑紫国(現・福岡県西部)を支配したとされ、国造本紀(先代旧事本紀)によると成務天皇(13代)の時代、阿部臣(あべのおみ)と同祖の大彦命(おおひこのみこと、大毘古命)の5世孫にあたる田道命(たみちのみこと ...
伊調氏由来異論 テレビはうそをつく
昨夜のNHK「日本人のおなまえ」がいい加減な解説で終わったので、ちゃんと解説したい。伊調伊調の伊は「これ」で、維・惟と同意の文字。ものをささげること。「人」+音符「尹」。「尹」は、手で神杖を持った様を表わす象形文字。伊は神の意志を伝える聖職者。治める人の ...
蘇我と藤原の因縁 鎌足と年足
天にはも 五百(いほ)つ綱延(は)ふ 万代に 国知らさむと 五百つ綱延ふ 万葉集 石川宿禰年足石川宿禰年足朝臣 いしかわのすくね・としたり 688~762この蘇我氏の人物をご存知だろうか?蘇我倉石川氏の生き残り ...
白村江戦いと高安城と高安氏
sigisan takayasuyama高安山と西信貴山山塊高安は高句麗由来地名である。高安漢人(たかやすのあやひと 奈良・大阪境にある高安山周辺に入った漢人=高句麗系帰化人)高安村主 (ーーすぐり 同族)高安造 (ーーつくり 同族)天平神護2年(766年)10月、河内国大初位下 ...
後戸のアスカ=近つ安宿 鬼の雪隠・鬼の俎という古墳石槨が蝦夷・入鹿に使われるはずだった?
奈良の明日香村は過去、遠つ飛鳥と言われ、河内の安宿は近つ飛鳥と言われていた。皇極、孝徳大王の難波宮時代の話である。奈良の飛鳥に有名な謎の石造物とされてきた鬼の雪隠・鬼の俎遺跡がある。考古学ではいま、ここはそれぞれ古墳の東西の遺構だとされ、それは古墳石 ...
蘇我氏・大王家相関系図
蘇我本宗家氏、および蘇我倉山田石川家と大王家の相関系図現在の天皇家とまったく違うところがわかる。現在の天智からの天皇家は、それまでの記紀が書いている葛城、物部、蘇我、藤原母方系とは全く切れた「息長、紀氏」系であることが見えてくる。その息長氏が不明氏族 ...
人名考察「籠」のつく名前 かごは竹、海人、隼人、船乗り ある学園問題からの推論 産廃業と政治の古い癒着
最初に申し上げておくが、この記事は筆者の推理推測でしかなく、一般性は低い。感化されぬよう願う。筆者だけの、古代史から見えてくる、ある話題の土地問題解釈の一例でしかない。だれもこの視点で森友問題を解析していないので。●籠のつく人名一覧葛籠貫 つずらぬき t ...
波斯清通 はしきよみち 奈良のペルシア人
奈良の都にペルシャ人役人がいた…木簡に名前 2016年10月05日 06時00分http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161004-00050163-yom-ent.view-000読売・毎日・Yahoo!などが軒並み報道。平城宮跡で出土した木簡。ペルシャ人とみられる名前が書かれていた 「奈良市 ...
葛城氏は倭の王族か?
複合王朝としてのヤマト王権---葛城氏の正体 萬 遜樹より抜粋引用 「襲津彦は半島で何をしていたのか。書紀によれば、新羅へ人質を返しに行ってだまされ、腹いせに新羅から捕虜を連れ帰り(神功紀五年)、新羅征討を命じられたが、その新羅から美女二人を贈られて、 ...
黄洛 黄氏 長江少数民族子孫と葛城氏と日本人原風景の大元
黄洛、黄氏は今のところネット上に資料が少ないためここにメモっておくことにした。黄洛 こうらく Huangluo ファン・グルォ黄洛は中国南部少数民族が居住する地域の地名。現・桂林市。広西省桂林市チワン族自治区黄洛村。現在ヤオ族・チワン族など少数民族自治区。棚 ...
耶律= Yeliz 珍説新説
Yeliz はトルコ~モンゴルまで広がる人名。日本ではバレーボールNECロケッツの三番にçekilen Yeliz Başa イエリズ・アラカン・バシャ トルコ生まれ がいる。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%B7%E3%83% ...
吾道、物部、忌部、卜部、出雲、三輪、天皇は北斗七星。
吾道、物部、忌部、卜部、出雲、三輪、天皇は北斗七星。天皇家を守護する六芒星氏族。伽耶由来氏族として同族。吾道(あち)とは伽耶山脈の山の名前である。「あち」は長野県、岡山県の地名。つまりこれら七氏族は伽耶を出て出雲、吉備に入り、近畿へ移住した先住氏族であ ...
春日から和邇、額田部、赤でつながる氏族のこと 鴨氏のことと京都市久我
●全国春日地名一覧市町村福岡県春日市兵庫県氷上郡春日町、現丹波市。熊本県飽託郡春日町、現熊本市。春日町 (曖昧さ回避)も参照のことその他地名 春日町 (曖昧さ回避)も参照のこと茨城県つくば市にある地名 → 春日 (つくば市)東京都文京区にある地名 → 春日 (文京区) ...
賀茂氏 秦氏 氏族つかまえかたの基本
氏族は交わる。賀茂氏、鴨氏が、どういう移動をして山背に入り、そこで誰とまじわったかについて、中村修也は、従来史学で葛城鴨という氏族と、山背賀茂氏や加茂氏に、つながりがなかったという考え方に「疑念」を持っている。筆者もそうである。鴨氏の伝承は「葛城磐余 ...
武内宿禰と山下影姫 伽耶王とアカル姫を反映か? 紀伊の大本は佐賀県
なにはともあれランクリを!!武内宿禰{紀}(たけしうちの・すくね 建内宿禰{記})「彦太忍信(ひこ・ふつ・おし)命が木の国造(紀氏・倭国造・大倭氏の祖)の祖である珍彦(うづひこ・椎根津彦=倭直・倭国造・大倭氏の祖)の妹、山下影姫(やまと・かげ・ひめ)を娶って生 ...
多氏名簿
多氏(おお・うじ)はある意味、秦氏よりも謎の多い氏族である。どこから彼らが大和に来て、どうして大和で祭祀者として根付き、どうやって『古事記』を編纂することになったかということも、まだ充分にわかっていない。また、彼らの分派氏族がなぜ北関東や九州や信州など ...
古代天皇の妃考 外国(げこく)の妃一覧
参考文献 荒木敏夫『古代天皇家の婚姻戦略』2013 吉川弘文館世間には古代史ファンはごまんといるらしいが、中には、一事が万事、地元が一番志向の強烈な御仁も多くおられて、『日本書記』が嘘だと誰かの著書が書けば、もう「それじゃあ王家がどこから始まっていて ...
息長氏は本当にいたのか?2 後裔氏族の発見と一覧 秦氏と末多君
前記事に息長氏には後裔氏族がいないと書いてから、「そんなはずはない」と思い直して探してみた。すると奈良時代、平安時代に息長を氏姓とする人びとが見つかった。しかも一覧になっていたので、そのまま転載しておく。◆実在した息長氏人名一覧 名前 ...
息長氏分析続き
息長広姫の墓ではないだろう村居田古墳と息長氏本拠地湖東の長浜息長氏・気長氏(おきなが・うじ)とは?「天武天皇の時、新たな氏族分類制度が導入された「八色の姓」。この時最も高貴な姓である「真人」姓の筆頭に息長氏が位置付けられた。理由は、時の天皇家の祖26継体 ...
息長氏は本当に存在したのか?
息長氏には三国真人、坂田真人、酒人真人という枝分かれ氏族が出てくるが、肝心の息長というかばねを持つ人物はその後ひとりも歴史上に現れない。また枝分かれした三氏族の後裔もまったく見えず、Wikiで三氏族を探しても記事すら作られていないのだから、書きようがない ...
多氏と弥五郎どん祭と倭面土国 奴国は「とこく」と読むか
本日記事加筆修正しました。 森浩一『山野河海の列島史』121Pより 「大足彦の治世の十二年に熊襲が反いた【ママ。そむいた】。反いたとはあくまで、『紀』の叙述に使われた言葉であるから、要するにトラブルがおこったのである。そこで大足彦は軍勢を率い ...
多氏=ヤマトタケル 秦氏・多氏・雄略・熊襲征伐をすべてつなぐ完全推理
多神社注進状(久安五年 1149年) 「大宮二座、珍子賢津日靈神尊(読めず)、皇像瓊玉に坐す。天祖聖津日嬖神尊(読めず)、神物圓鏡に坐す。神淳名川耳(かむ・ぬなかわ・みみ=綏靖)天皇の御世、二年辛巳歳、神八井命帝宮より降り、当国春日県に居り大宅を造営し ...
武内宿禰とは何者か4 「宿禰」徹底追跡 そのはじまりは葛城襲津彦=越人倭族
「宿禰」徹底追跡宿禰とは?「古代の姓 (かばね) の一つ。古くは人名につけた敬称であったが,天武 13 (684) 年の八色の姓 (やくさのかばね) 制定で第3位の姓となった。主として従来,連 (むらじ) 姓をもつ者に賜与され,真人 (まひと) ,朝臣 (あそん) に次いで ...






















