民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

カテゴリ:民族学・民俗学・地理・地質 > 職能民・芸能民分析

●山辺郡額田邑 熟皮高麗渡来人によるなめし皮の記述1 仁賢紀6年是歳条「日鷹(高)吉土,高麗より還りて,工匠須流枳・奴流枳(するき・ぬるき)等を献る。今大倭国の山辺郡の額田邑の熟皮高麗(かわおし・こま)は,是其の後なり」2 『新撰姓氏録』大和国諸蕃「額田村主」は呉 ...

「ぽっくり」の語源は木履=ぼくり=木製の草履状の下駄が転じた言葉。ぽくぽくという音の影響もあっただろう。あとから間違ってこっぽり、こっぽりこ、ぽっくりこ、おこぼなどイメージから生まれた異名が混ざった。無学から出た勘違い名。“おこぼ” ってご存知? わたし ...

12 教化と感化 古代の宣教師・回遊民の存在と意味キリスト教の宣教師はほぼ無償に近い努力で世界中に教義を伝えていきましたが、今のようにマスメディアのない古代、為政者はどうやって無学な民衆に自分たちの「教義」を伝えたのでしょうか。江戸時代には大名をつなぐか ...

土蜘蛛・国樔・井光など 以前ブログでも書きましたが、吉野の井光(いひか)ですが、あれは朱沙採集民だったと思います。井戸の中から出て来たところをやられちゃいますが、おしりに尻尾があったと言います。  ブログでは尻尾とは、犬祖伝説の民族衣装ではないかと書いてお ...

滋賀県永源寺木地師と御所地名について    投稿日:2007年12月21日(金)13時40分15秒おもに谷川健一氏『日本の地名』からの着想です。 本当は実際に行ってフィールドワークすべきなのですが、財政難のためと年末のあわただしさで仕方なくここに書くことにしました。  親王 ...

鉱物・製鉄関連用語解説の過去記事の一部と一覧ページへのリンクも;木炭2006年07月26日 12:41も「木炭(charcoal)」『木材を乾留して得られる炭素質物質。木炭はコナラ、クヌギ、カシ、カエデなどを原料にして、種々の方法で蒸し焼き(乾留)してつくられるが、原料の10~2 ...

先に申し上げておかねばならないのは、被差別民とアパルトヘイトヘイト などの人種差別は意味が違う。差別と言う英語にはヘイトとディスクリミネーションがあるが、ヘイトとは憎むという元来の意味があり、ディスクリミネーションは差別・区別である。日本語ではヘイトを差別 ...

いざりとはいわゆる「びっこ」である。片足が動かない。なお、びっこという言葉は現在は差別用語なので使えない。反閇(へんばい・はんべ)とは相撲の「四股」である。これらはいわゆる差別用語なのだが、説明しておかねば古代史が語れないから、覚悟をしつつ解説している。( ...

さて、ここまでの2つのジェンダー記事からKawakatuが導き出したのがこの歴史的必然である。LやGが古代は山ほどいたであろう。なぜなら、縄文時代も弥生時代も、ムラ社会は狭く、一族単位である。その小集団での婚姻は当然、最初は狭い範囲になってしまう。つまり近親相姦に ...

秦河勝坂越伝承についての疑義シリーズ。秦河勝(はたのかわかつ)が兵庫県の坂越へ逃げたという伝承が坂越の大辟(おおさけ)神社には存在する。その時代は、蘇我入鹿が実質的王権ともいえるようになるときから一巳の変の間だと言われる。いわゆる「入鹿の乱」を逃れて=避けて ...

金銭にゆとりあるかたは購読料を郵便局にほりこんどいてください。死にかけていますにほんブログ村 ●伊豆・壱岐・対馬卜部=吉田神道・大中臣氏卜部氏は中臣氏、藤原氏の中の祭祀者。占い、亀卜をこととしている。のちに大中臣氏と名乗る。氏族名には吉田・錦織・萩原・冷 ...

●『日本霊異記』とは『日本国現報善悪霊異記』(にほんこく・げんほう・ぜんあく・りょういき)平安時代初期最古の説話集著者=景戒上・中・下三巻。変則的漢文表記の仏教説話集『日本霊異記』の古写本には、平安中期の興福寺本(上巻のみ、国宝)、来迎院本(中・下巻 ...

エゴマエゴマは現代日本人には馴染みが薄い植物で、よく胡麻、あるいは姿かたちからシソと混同されたり、完全に入れ替わってしまった商品もある。そしてその日本での復活が、主として韓国料理の素材としてが大きかったために、エゴマが韓国、朝鮮半島独特の植物だと勘違 ...

関西では魚と言えばフグであるが、東京では鯛である。その流行も近畿の鮮魚業者によっている。奈良大和郡山から出てきた大和屋助五郎が明石の鯛の名声で好まれていた鯛を江戸でも水揚げし、森一族にとってかわって江戸城へ納めたことが始まりである。大和郡山と言えば今 ...

森孫右衛門の出た摂津の見市一族はおそらく瀬戸内海賊であっただろうと中沢は言う。だから家康伊賀越えを同族である伊賀衆・甲賀衆に手を回して成功させたのではないかと。つまり海人族ネットワークの存在である。見市(みいち)という旧姓は、店でものを見せる商売人と読 ...

世界中どこへ行っても市場はある。日本のような近代化された国では、市場は「いちば」ではなく「しじょう」と呼ばれ、行政の管轄によって入荷生鮮品の価格管理がなされている。いわゆる「セリ」を管理するのは民間問屋ではなく、行政である。そうしないと相場と価格が自 ...

柳田國男は『巫女考』の「ミコという語」の中で、「東京人はこのミコに対して口寄せのミコをばイチといっている。しかるに地方によっては反対に神社に従属する巫女をイチまたはイチコという処がある。京阪地方も古くからそうであるらしい。常陸では相当の神社に大市・小 ...

このたびのノーベル賞、また日本人が二名が受賞という快挙。それもどちらも理科系での受賞。これに関連してニュースなどが北陸~岐阜にまたがる「ノーベル街道」をとりざたしている。Yahoo!ニュースよりいわゆる国道41号という「ぶり街道」に沿って、ノーベル賞受賞者 ...

  大分県国東の熊野磨崖仏      修験道の最終目的が峯入り=母体回帰=死滅であることを象徴しているのが石塔であろう。塔とは英語でタワー、そのおおもとはサンスクリットの舎利塔ーストーパである。 ストーパは日本では卒塔婆である。つまり墓に立てるソッテ ...

     修験道修験道(しゅげんどう)は、「山へ籠もって厳しい修行を行うことにより、悟りを得ることを目的とする日本古来の山岳信仰が仏教に取り入れられた日本独特の混淆宗教である。修験道の実践者を修験者または山伏という。森羅万象に命や神霊が宿るとする、古 ...

  『日本書紀』垂仁天皇3年 新羅王子アメノヒボコの条「是を以って近江国の鏡村の陶人は天日槍の従人(つかひと、つかえびと)なり」 同 雄略天皇7年末尾「いまきの百済人の陶部高貴(すえつくりの・こうくゐ)その他工人を大和に定住させる」  --------------- ...

   ◆声聞師・陰陽師・役者の離散応仁の乱は10年も続いた。京の街は戦乱のちまたとなり、将軍家の権威は地に落ち、戦国時代へ突入してゆく。これによって多大な荘園、神社、仏閣を管理していた大寺院や大社、武家たちも権威を失墜、宿などに関わっている場合ではな ...

     ◆『明宿集』(みょうしゅくしゅう)作・金春禅竹(こんぱる・ぜんちく)転載禁止すかし入り金春禅竹の書は長らく秘蔵書であった。金春家はこれを世に出さなかったので、世阿弥の『風姿花伝』とともに世間にはまったく知られていなかった。これを世間に知らし ...

◆猿楽発祥の地候補地一覧 糸井神社磯城郡川西町結崎(ゆうざき)豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)「観世発祥之地」碑が寺川のほとりにある当屋(生贄儀式)風習があった面塚 糸井神社そば宮前橋を渡った場所結崎周辺には大和猿楽四座(外山(とび)座、坂戸座 ...

 安倍晴明は書物によって表記が二種類ある。本名は安倍晴明で、「晴」を用いるから和風の読み方は「はるあき」であろう。一方民間が言い伝えた物語の主人公は清明で、「清」を用いるものが多い。つまり信太の森から発せられたこの陰陽師の親分は、実は実在の人物ではな ...

 和泉の舞村でもそうだが、陰陽師系集落はどこでも新春の「門付け(かどづけ)」に出かけていた。さまざまな芸能をこのとき見せるが、中でも多かったのは祝祭性豊富な「万歳」である。 「おめでとうございます!」と各家庭に入ってゆき、音曲や芸を見せる。 「万歳は ...

 大和と河内の国境。狭山丘陵からは葛城山・金剛山が臨める。高野街道に沿って堺市へ向かうと陶邑(すえむら)のあった泉北丘陵を擁する和泉丘陵に出る。和泉丘陵中腹部には和泉聖神社(ひじりじんじゃ)がある。 http://www.jinjacho-osaka.net/osakafunai-no-jinjya/ ...

  「1869年(明治2)四月に、昌平黌(しょうへいこう)の教授試補だった長野卓之允(たくのじょう)が「暦ヲ改正スルノ儀」を新政府に提言した。その際、現行の天保暦から迷信に関わる暦注をすべて削除し、暦の記載は節気や月の満ち欠けなど天体運行に関する記事 ...

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