ピグマリオン・コンプレックス(ピュグマリオン・コンプレックス)
自身が理想とするものを創造し、それに過剰な愛情を注ぐ心理や性癖を指します。語源となったギリシャ神話に由来し、転じて現実の人間関係を避ける心理や、他者を理想通りにコントロールしたい欲求としても語られます。

この概念は文学や演劇のテーマとしても長く扱われており、理想の女性を淑女に仕立て上げる『マイ・フェア・レディ』や、ジョージ・バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』などが有名

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由来
現実の女性に失望していた彫刻家ピグマリオン(ピュグマリオーン)が、自ら理想の女性像を彫り上げるうちにその像に恋に落ち、女神の力で命を吹き込んでもらったというギリシア神話に由来

意義
心のない対象である「人形」を愛するディスコミュニケーションの一種とされるが、より広義では女性を人形のように扱う性癖も意味する。なお、「ピグマリオンコンプレックス」という呼び名は、学術的に認識されている専門用語ではなく、流行語的ニュアンスで広まった和製英語の一種である点に注意を要する。


関連用語
→江戸川乱歩の短編小説『人でなしの恋』
→業田良家漫画、是枝裕和監督で映画化されたラブドールが動く『空気人形』
→星新一のショートショート「ボッコちゃん」

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自分で創り上げた偶像であるにもかかわらず、それを偏愛するようになる・・・。
そういうことがあるからこそ、名作と言われる銅像や仏像も生まれたとも考え得るか?
一言で「偏愛」「変質者」「へんたい」などでくくってしまえるかどうか意見は分かれそうだ。
むしろあまりに人間的な哲学のひとつとでもしたらよいか?
人類の根源的テーマでもあるか?

細かく言うと土偶や埴輪や現代のフィギュア愛とはやや異なる感情のようだ。
土偶は偏愛対象ではなく妻や子供の病気回復祈願などの復活願望の表れであったろうし、埴輪は死者の権力の象徴で始皇帝の兵馬俑と同義の威信材である。
一方、フィギュア愛にはそうれらとは無関係で生活感に関わらない・・・むしろノット生活常識的な、偏愛が垣間見える。ただこの三つの中では最もピグマリオンコンプレックスに近いのはフィギュア偏愛か。人により意見は異なるだろうが。

ミュージカル映画のマイフェアレディやプリティウーマンなどは原作を舞台劇ピグマリオンを基にしている。

違うのはピグマリオンが、創り上げた偶像に愛されないという悲劇をそのまま使ったのに対して、マイフェアレディとプリティウーマンはハッピーエンドに結ばれるという、悪く言えばありきたりで俗っぽい終わり方にしてあって、そのおかげで大ヒットしたという皮肉だろう。

悲劇で終わらせれば問題定義、話題作となるが、幸せな終焉にすれば重苦しさがなくなり大受けするという代表なのである。ことほど左様に大衆(マス)とは気楽を好むのんき者という見方もできる。

歴史とか民俗学と言う視点でピグマリオンを考えるなら、偶像、土偶、埴輪となりがちだが、ここにあるのは偶像崇拝といった宗教の問題ではないし、土偶と言った弊害や災害の代理人的人身御供の代物でもなく、埴輪のような威信材でもないわけで、まったく同様な概念を探すとなると、はて、何があてはまるかと思いを巡らすのも面白いかもしれない。

さて、あなたは手塩にかけて創り上げていった結果が悲劇がよいか、ハッピーエンドな結ばれ方がよいか、どちらでしょうか?それがあなたの偏愛度のバロメーターになるかも知れませんよ。


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