
イタリア・ドロミテ山脈
ミラノ・コルティナ五輪はこのドロミテの麓で開催されている。
アルプス・ヒマラヤ造山運動
アルプス・ヒマラヤ造山運動は、中生代後半から新生代にかけて、地中海地域からヒマラヤにわたりユーラシアプレートと南側のプレート(アフリカ、インド等)の衝突により、急峻な新期褶曲山脈を形成した運動。環太平洋造山帯と並ぶ二大造山帯の一つで、地震・火山活動が活発な地形を形成した。
アルプス・ヒマラヤ造山運動は、中生代後半(約1億年前~)から新生代にかけて、ゴンドワナ大陸から分裂したインド・プレートやアフリカ・プレートが北上し、ユーラシア・プレートに衝突することで始まった、大陸の衝突型造山運動です。


アルプス・ヒマラヤ造山運動のはじまりと大陸移動
この造山運動は一連の動きですが、地域によって衝突の主体が異なります。
ヒマラヤ山脈の形成 (約5,500万~4,500万年前~現在):
約1億年前に南極付近(ゴンドワナ大陸)から分離したインド・プレートが高速で北上。
約5,500万~4,500万年前にユーラシア・プレートと衝突。
現在も年間約5cmの速さで北進を続けており、ヒマラヤ山脈は今も隆起し続けています。
アルプス山脈の形成 (約8,000万年前~現在):
アフリカ・プレートが北上し、ユーラシア・プレートに衝突・沈み込むことで開始。
主に4,000万~2,000万年前に激しい隆起が起こりました。
テチス海の消滅:
これらの衝突の結果、北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸の間に存在した「テチス海(古地中海)」の堆積物が陸化しました。ヒマラヤ山脈で海の生物(アンモナイトなど)の化石が出るのは、このためです。


造山運動の背景
パンゲアの分裂と北上: 中生代に超大陸「パンゲア」が分裂し、インドやアフリカが北上しました。
大陸衝突 (衝突型造山帯): プレート同士が衝突した際、密度が低い大陸地殻は沈み込みにくいため、地表で巨大な折り畳み構造(褶曲)や断層が形成されました。
特徴
新期造山帯: 地質学的に新しい時代(新生代)に形成された活動的な造山帯です。
継続する活動: ヒマラヤ山脈は現在も年数ミリのペースで高くなっています。
この造山運動により、地球の地表が大きく書き換えられ、現在のユーラシア大陸の地形や気候(モンスーンなど)が形成されました。

1. ドロミテ山脈の完成:海から隆起した珊瑚礁
ドロミテ山脈(北イタリア)の誕生は、約2億4000万年前(三畳紀)にさかのぼります。
起源(熱帯の海): 当初、この地域はテチス海という浅い熱帯の海でした。ここで堆積した石灰質の珊瑚礁や泥が、後のドロミテの基盤となります。
山へ(アルプス造山運動): 衝突したプレートの圧力により、この海底の珊瑚礁が極めて高い位置まで隆起しました。
浸食(尖った岩峰の形成): 隆起後、雨や氷河の浸食作用を受け、硬い「ドロマイト(苦灰石)」の地層が残り、現在のような独特な切り立った岩峰(タワー、ピナクル)が形成されました。
世界遺産へ: ドロミテの山々は「地質学的価値、多様な景観、生物多様性」が評価され、2009年に世界自然遺産に登録されました。


2. イタリア半島の形成と構造
アペニン山脈の誕生: アルプス造山運動は、イタリアを縦断するアペニン山脈の形成にも関与しており、半島全体の形を作りました。
地震と活火山: 現在も続いているプレート衝突運動の影響で、イタリア半島周辺は地中海地域の中でも地震が多く、また火山が点在する地域となっています。
3. アルプス造山運動と人類の関わり
人類の生存と文化: 隆起した山々は、氷河によって削られ、険しい岩壁と緑豊かな谷が交互に現れる地形を創り出しました。この地には太古から人々が暮らし、現代ではアルプス文化が根付いています。
歴史の傷跡(ドロミテ): 第一次世界大戦中、ドロミテはイタリア軍とオーストリア=ハンガリー帝国軍の激しい戦場となり、現在も岩壁にトンネルや要塞の痕跡が残っています。
現代のクライミング: 岩の多さからロッククライミングの聖地として知られ、ヴィア・フェラータ(鉄の道)という登山法が生まれました。
アルプス造山運動は、単なる地形の形成にとどまらず、ドロミテの絶景やイタリアの地質学的リスク、そして人々が自然と共に生きる場所を生み出した、ダイナミックな歴史と言えます。
2. ドロミテ山脈の完成
起源: ドロミテ(ドロミーティ)の地層は、約2億5000万年前(三畳紀)のテチス海(熱帯の浅海)に堆積したサンゴ礁やプランクトンが、その後のアルプス造山運動によって海面高く押し上げられたものです。
特殊な岩質:
18世紀のフランス人地質学者デオダ・ドゥ・ドロミューがこの地で「ドロマイト(苦灰石)」を発見したことに由来し、その硬い岩石が氷河の浸食に耐えて、塔のようにそびえる垂直な岩壁や独特の尖った峰が形成されました。
18世紀のフランス人地質学者デオダ・ドゥ・ドロミューがこの地で「ドロマイト(苦灰石)」を発見したことに由来し、その硬い岩石が氷河の浸食に耐えて、塔のようにそびえる垂直な岩壁や独特の尖った峰が形成されました。
完成時期: 隆起自体はアルプス造山運動の一環ですが、現在の岩肌がむき出しの美しい山容が形成されたのは、2000万年ほど前の地殻変動とその後の氷河による浸食が主因です。
3. 人類とドロミテ・イタリア半島の歴史
初期の定住: ドロミテ地域での人類の活動は、青銅器時代(約6000 BC)にはすでに始まっていました。
レティ人とラディン語: 紀元前5世紀頃、ドロミテ周辺にはラディン語の起源となる言語を話す古レティ人が住んでいました。
人類の移動: 氷河の減少に伴い、狩猟・採集グループがアルプス地域へ入り、紀元前15年頃にはローマ帝国の支配下に入りました。
産業と文化: 峻険なドロミテの地形は、中世には外部の影響から住民の文化を守り、現在は世界自然遺産として、ハイキングやクライミングの場となっています。
アルプス造山運動によってできたドロミテの独特な岩の塔は、人類にとって初期には生活の場、そして後世にはロッククライミングの聖地として、地質的な進化と人類の歴史が深く結びついた場所と言えます。
ドロマイト(苦灰土)は植物の生育をよくするため苦灰土とか苦土石灰して売られている。
日本の産地は栃木県佐野の葛生(くずう)などが有名


ドロマイト(苦灰石)は、カルシウムとマグネシウムを含む炭酸塩鉱物(\(CaMg(CO_{3})_{2}\))です。白色や灰色で石灰岩に似ており、製鉄、ガラス、肥料、サプリメントの原料として活用されます。日本国内では栃木県佐野市などが主産地で、酸性土壌の改良やカルシウム・マグネシウムの補給に有効な天然の鉱石です(酸性土を中性にする効能がある)。

イタリアのドロミテ山脈の語源もドロマイトで、山脈は、約2億5000万年前のテチス海の珊瑚礁が地殻変動で隆起し、氷河や雨風の浸食で削られて形成されました。サンゴやプランクトンの死骸が堆積して硬いドロマイト(苦灰岩)となり、その後のアルプス造山運動で突出した、特異な灰白色の岩山です。

イタリアのドロミテ山脈の語源もドロマイトで、山脈は、約2億5000万年前のテチス海の珊瑚礁が地殻変動で隆起し、氷河や雨風の浸食で削られて形成されました。サンゴやプランクトンの死骸が堆積して硬いドロマイト(苦灰岩)となり、その後のアルプス造山運動で突出した、特異な灰白色の岩山です。
アルプスを越えてローマに攻め込んだハンニバル
ハンニバルのアルプス越え(ハンニバルのアルプスごえ、紀元前218年)は、第二次ポエニ戦争における重要な事件の一つであり、同戦争の代表的な出来事として後世によってしばしば語られる[1]。強力なローマ海軍を避け、共和政ローマおよびその同盟国の防衛線を迂回するために、ハンニバル率いるカルタゴ軍はアルプス山脈を越えてイタリア半島に侵入し、ローマとの直接戦争を開始した。

ローマ最大の敵と言われたためか、近代まで恐怖の対象となり、同名の残虐者イメージが作られた人。
ミラノ・コルティナ五輪はこのドロミテの麓で開催されている。
なお
Cortina」はイタリア語で「幕」「カーテン」のほか、古語では農家の「中庭」や「囲まれた場所」を指します。「d'Ampezzo」は「アンペッツォ地方の」という意味で、この地域が山に囲まれた「中庭」のような地形であることに由来
ミラノ(Milano)の地名は、紀元前600年頃にケルト人が名付けたラテン語の「メディオラヌム(Mediolanum)」に由来します。この言葉は「平野の真ん中」や「真ん中の土地」を意味し、ロンバルディア平原の中心に位置する地理的特徴から名付けられた

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