こういう現代ならではの水掛け論が生まれたのは、ひとえに人類が暇で平和になったためだろう。
そもそもそれが食うための殺害の時代なら、愛玩動物とか動物愛護などという観念すら存在しない。つまり今は平和な暇人たちがいることを許された時代。だからこそクマを殺すなという意見が出てくることを可能にしたわけだ。

今年、にわかに野生のクマが都市に現れ、アーバンベアとか冬眠しないクマとか言われて畏れられ始めた。だがこの状況はすでに何年も前から起こっていたのであり、それが表面化しなかったのはSNSでの動物愛好家たちによる非難が猟友会に及ぶので、現地があまり表ざたにしたくなかったからだ。

SNSの声はつねに少数派の意見であり、それゆえに激しく、またひとりが何人にも化けて投稿したりもあって、そもそも信ぴょう性があるのかどうかすら怪しい物すらあるのは知っていた方がいい。

つまり極端な例では、行政などがたったひとりの意見で事業を中止するなどはもってのほおかだったと言えるだろう。たったひとりがの野良犬を殺すな、公園の子供がうるさいと書いただけで行政が委縮し、公園を閉鎖したりなどあってはならぬのである。SNSにはこうした弊害が多すぎる。

SNS、いやインターネット全般は有料免許制にする時期が近くなったと思う。無料だから無責任な使用者が増えるのだ。運転免許のような試験性にすべきである。

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さて、クマは殺すべきかだが、殺すべきである。
ある程度まで、頭数を減らすまでだが。半減させるまでか。
とにかく冬眠できないほど冬が暖かくなっていくのは自明の理で避けられないのだから、クマはどうしても眠れないので出てくるが自然界に冬場は餌はない。しかたなく人の生ごみや農産物をねらう。いたしかたがなく止められないのだ。ならば減らすしかない。

今の野生動物は人間が保護してきたので人間を怖がらない。怖がるようにせねば野生と人工物との境目がなくなってしまうのだ。縄張りが交差して、交差部がどんどん大きく重なって行っている。

この交差点と言うのが里山であったが、今はもう里山から都市部にまで広がっている。

まず行政は交差部の隠れられるものをなくさねばならない。ブッシュをなくし、林や森をなくすしかない。まさか都市全体をカプセルにするわけにはいかないから、クマやイノシシが身を隠して近づける要素を少なくするしかない。それでも入ってきたら銃猟しかあるまい。

弥生時代ならV字型の濠を周囲に掘ってコメを食いに来るケダモノを防いだものだ。あの堀を敵のために作ったと往古は考えてきたが、どうも動物除けにも役立ったと思われるようになっている。つまりお城の堀だ。だが村ならいざ知らず大都市は広い。経費が掛かりすぎる。だから殺傷が手っ取り早く安上がりだ。

クマは手が高く中華料理では取引される。中国に安く売ってやればよかろう。ふかひれだって大半は日本のサメである。で、仲が悪くなって輸入規制したので、うまいものがまったく食えなくなった中国は、実は早く日本と取引がしたかったのだ。ところが高市発言でまた延ばすしかなくなり、ほとんど中国人は日本の食材に「飢えている」のである。このままだと奴らは日本に隠れてやってきて倉庫から盗んでいくだろう。中華Sが旅行者に交じって山ほど来ているはずだ。

奴らにクマノテとフカヒレを食わせるには、奴らにクマやフカを殺させればいい。

何もSNSでたたかれるより、中華どもにやらせるのだ。

冗談だが。


とにかくクマは森に帰してはならぬ。完膚なきまでに殺傷。子供も殺傷。
殺すな?かわいそう?


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じゃあおまえらは牛も豚も鳥も羊も、いやさ生きとし生けるものとしての野菜や果物もまったく食わずに生きてきたというのか?食うことそのものが原罪ではないか。なにをえらそうにいいヒトぶっているのか?いったい動物の一匹二匹助けたところで、どれほどの彼らの助けになるのか?

環境問題のあのバカ娘を見なさい。
学校へ行くのが嫌で、なんとか働かずに食う方法をガキの頃から考えた挙句の環境保護への「おちこぼれ」ではないか。

動物保護なんぞも金になるから言い始めたことだ。
最初に言い出したのはフランス女優のブリジット・バルドーだった。
彼女こそが動物愛護運動が金になることに気づいた最初の人。
金になったのは彼女が有名女優で、彼女のファンが献金したからだった。
やがて保護運動は企業献金のターゲットになり、企業が裏の悪さを隠すための隠れ蓑に利用されたのだ。愛護が金になっているのではない、企業に利用されているだけの汚い金で彼らは仕事もせずに、税金も払わず、ずるがしこく生きているのだ。

そしていまやその利用度の高さに気づいたのは政治家・カルト宗教家である。運動に献金すれば票が取れたり、信者にいいイメージを与えて信者と献金が増えるという相互効果が愛護運動を生かしている。

野生にえさを与えてはいけない。ペットにしてもいけない。一番いいのは見るだけにすること。手は出さないこと。確かに殺さずに済めばこしたことはない。

しかし猛獣は困る。
増えては困る。
調整できるのは人間だけだ。
生態系?九州にはクマがいなくなったがなにひとつ生態系に問題は起きていない。
まあ、スズメバチが若干増える程度だ。
そもそも鮭がいない暖地ではクマは住めない。
クマは山でシカを喰えばよいものを、シカはすばやいから、どんくさい人間をねらうことになった。
クマにとっては動物愛護家だって餌のひとつに過ぎない。

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