これはもう今となっては当たり前になっていることだが、簡明にまとめておく。

日本上古の歴史はつまりは日本史の始まりだが、蘇我氏を滅ぼした藤原不比等が、蘇我氏の史書を焚書して、にもかかわらずそれを参考書として、改変して作ったのが『日本書紀』である。

ゆえに『日本書紀』は偽書と言ってよい。

藤原氏は蘇我氏のようにはなりとうはなかったのじゃ。
独裁政治で短命にはのう。
よって不比等は表には出ずに裏から初代天皇持統さんを手繰ろうとするのじゃよ。

第一は天皇家・・・と見せつつ実はわが藤原家のために古事記を改変するのじゃ。

天皇は女帝持統から始まるのジャガ、それ以前も天皇の祖先がおったように描いたんじゃなあ。

すべてはうそじゃよ。

その証拠が天皇家の始祖が太陽神アマテラスに変わった(古事記以前は五柱の男神じゃった)ことじゃな

女帝を担いだからこそ女神出なければならんかったんじゃよ。
そしてそのやり方は持統とは別系統の女帝を担いだ蘇我馬子の真似なのじゃ。
また律令制も同じく蘇我馬子がやろうとしていて入鹿が大成させようとしていたものだったのじゃが、これを殺すことで不比等は自分の手柄にしてしまうのじゃ。

馬子の担いだ王家と不比等が担ぎたかった女帝王家との争奪戦として壬申の乱を創作したんじゃよ。
わかっとるかいのう?

天智と天武は兄弟ではないのじゃ。
だから年齢記事がまちまちになった。

天智・天武は息長王家としておるが、天智は確かにそうじゃろうが、天武は大海人皇子と言うように海部王家なのじゃった。そもそも息長という氏族は三国出身の母方関係で、神功皇后のために作られた氏族じゃし、それで応仁大王も継体大王も書く必要があったのじゃ。ないものをあるように見せるにはのう、手練手管がいるでのう、うっふっふ・・・

また気が向いたら続きを書くかのう。わからんわい。

いつまで生きとるかわしも歳だでのう。


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