今はブログ以外のショート動画や、いまこの瞬間を伝えるSNSの時代。
長文を書き並べても、ノット活字世代のZ君たちじゃあ読んではくれない。
だからこそ、ぼくはいまだにブログを書き続けている。

先日、ブログ村からメールがあり、ブログランキングサイト自体が存続できるかどうかわからない、だから広告を載せるしかない、広告を見たくないなら500円出して、広告のないブログ村を見てくれと言ってきた。本末転倒なほとんど金の無心だと思えたから無視した。

ブログがなくなれば、Tickにでもいくさ、だし、長文を書くなら、HP復活させる手もある。

あるいは長文記事専門のログサイトを買えばいい。

最終的に、所詮、日記なのだ。

最後は原稿用紙に、あるいは日記帳に、はたまた100万もだして本にすればいいのだ。

そもそも、長文が読めない世代を、ぼくは対象にしてはいないのだから。

そしてなにより、だったら書かないよを選択すればいいだけのこと。

じゃあ、どこに思いを?

思いなんて、ぼくが死んだら消えてなくなるものさ。

受け入れられたいなんか、そもそも意味がないのだから。

これからは、むしろ、受けいれられない、ことこそが最重要の価値観になるだろう。

だってそれは個性だから。

フォローになんの個性があるのだろう?フォローされることになんの価値がある?

所詮人はひとりじゃねえかい?


30年、ぼくはひとり。ひとりで書くことこそを美だと思って生きてきた。

100年後でいい評価なぞ。

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