みなさんのおうちでも炬燵を使う人は多いことでしょう。
うちも先月末くらいから簡易な、独自の炬燵を使っています。
腰かけて使う炬燵ですが、中は電気製品としての炬燵ではありません。
下にホットカーペットを敷いて、スツールを置き、その上に布団や毛布を掛けただけという、苦肉の策です。ほかには暖房器具を使いません。
それじゃあ寒いだろうと思うかもしれませんが、横にある簡易コンロが乗っている下は火鉢になっていて、炭火を使ったり、上のコンロを使えば朝や夜はしのげています。日中は九州は温かいし、窓を開けばサンルームですから、晴れた日は、外がいくら寒風でも室内は20度近くになります。
なぜほかの暖房器具を使わないかと言いますと、エアコンやファンヒーターは、ほこりが舞うし、電気代が高い。電気ストーブも電気代が高い。灯油ストーブは空気が汚れるし、昨今は灯油もバカにならないほど高くなり、おまけに換気扇も必要になります。だからホットカーペットが一番です。
じゃあ、火鉢は炭が高いし、空気も汚すって?まあ、それはその通りですが、なにしろ簡単な焼き物をすると肉や餅や干物が格段に香ばしくておいしいのです。炭は正月しか使いませんしね。炭の熾火は夜中でも部屋を暖めてくれるんです。灰をかけておけば火事にもならない。
さて、そんな私的なことより江戸時代の浮世絵にも炬燵が描かれています。
でも炬燵はこの女性の後ろにあって、彼女は火鉢で調理中です。江戸時代には炬燵に天板がなく、もっぱら食事は火鉢だったようです。
Wiki炬燵によると、江戸時代に天板を使ったのは宿屋だけで、家庭ではつかわなかったそうです。
炬燵が広まったのが室町時代くらいで、それまでは火鉢だけでした。貴族や武家の家はほとんど開けっ放しですから換気もよかったでしょうが、はだしですから寒かったでしょうね。
江戸時代に宿屋では、天板と言うよりも四角いお盆に食事を乗せて運んできて、炬燵の上に乗せたようです。
浮世絵は二枚とも 寒~い江戸の必需品「こたつ」の歴史を大解剖! | 和樂web 美の国ニッポンをもっと知る! (intojapanwaraku.com)
なかなかおつです。でも炬燵では文字もかけないし、仕事は無理でしょうね。
じゃあ天板はいつごろから一般でも使われだしたかと言うと、1950年代、つまり戦後からだそうです。東芝電気が電気炬燵に専用天板をつけて売り出したのが1961年です。当時は裏側にグリーンのフェルトが張ってあり、麻雀やトランプ遊びに使っていました。今はもうフェルト張り天板は売られなくなったようです。麻雀に便利だった縁もありません。生活スタイルがファッショナブルになったためです。
そして同時にイスとテーブル生活に合わせて、背の高い炬燵が今の主流になったようです。
再び私的な話ですが、私はパソコンを使うとき、PC机の下に差し込んあるPC専用板を引き出して、炬燵の天板の端っこに乗せて使います。
使わない時は格納できて邪魔になりません。これらは自分で工夫したことです。
というわけで、江戸時代まで炬燵の歴史を遡りました。
しかし炬燵がない時代、例えば弥生時代や縄文時代は暖房はもっぱら炉やカマドだったでしょう。
円座になって土間にあるカマドの周りで家族は暖と食をまかなったわけですね。
縄文時代の竪穴住居の炉
その文化の名残が農家などに多い囲炉裏だろうと思えます。こういうのもなかなかほっこりしますよねえ。
弥生時代から奈良時代の平民は竪穴住居にかまども作ったようです。

上・弥生時代の竪穴住居とかまどと炉の併用、下・奈良時代の竪穴住居のかまど
ちなみに「円座」という地名が各地に散見できますが、おそらくこうした炉があって、人々が集まった場所の地名でしょう。冬場の林業従事者がいたり、外で働く人が集まって火をくべて暖を取りながら情報交換したので、だいたい場所は交差点や三叉路などに多いような。そういえば昭和の半場、ドヤ街なんかでもドラム缶で火を焚いて暖まる人々をよく見かけたものです。東京でもやってましたよ。
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うちも先月末くらいから簡易な、独自の炬燵を使っています。
腰かけて使う炬燵ですが、中は電気製品としての炬燵ではありません。
下にホットカーペットを敷いて、スツールを置き、その上に布団や毛布を掛けただけという、苦肉の策です。ほかには暖房器具を使いません。
それじゃあ寒いだろうと思うかもしれませんが、横にある簡易コンロが乗っている下は火鉢になっていて、炭火を使ったり、上のコンロを使えば朝や夜はしのげています。日中は九州は温かいし、窓を開けばサンルームですから、晴れた日は、外がいくら寒風でも室内は20度近くになります。
なぜほかの暖房器具を使わないかと言いますと、エアコンやファンヒーターは、ほこりが舞うし、電気代が高い。電気ストーブも電気代が高い。灯油ストーブは空気が汚れるし、昨今は灯油もバカにならないほど高くなり、おまけに換気扇も必要になります。だからホットカーペットが一番です。
じゃあ、火鉢は炭が高いし、空気も汚すって?まあ、それはその通りですが、なにしろ簡単な焼き物をすると肉や餅や干物が格段に香ばしくておいしいのです。炭は正月しか使いませんしね。炭の熾火は夜中でも部屋を暖めてくれるんです。灰をかけておけば火事にもならない。
さて、そんな私的なことより江戸時代の浮世絵にも炬燵が描かれています。
でも炬燵はこの女性の後ろにあって、彼女は火鉢で調理中です。江戸時代には炬燵に天板がなく、もっぱら食事は火鉢だったようです。
Wiki炬燵によると、江戸時代に天板を使ったのは宿屋だけで、家庭ではつかわなかったそうです。
炬燵が広まったのが室町時代くらいで、それまでは火鉢だけでした。貴族や武家の家はほとんど開けっ放しですから換気もよかったでしょうが、はだしですから寒かったでしょうね。
江戸時代に宿屋では、天板と言うよりも四角いお盆に食事を乗せて運んできて、炬燵の上に乗せたようです。
浮世絵は二枚とも 寒~い江戸の必需品「こたつ」の歴史を大解剖! | 和樂web 美の国ニッポンをもっと知る! (intojapanwaraku.com)
なかなかおつです。でも炬燵では文字もかけないし、仕事は無理でしょうね。
じゃあ天板はいつごろから一般でも使われだしたかと言うと、1950年代、つまり戦後からだそうです。東芝電気が電気炬燵に専用天板をつけて売り出したのが1961年です。当時は裏側にグリーンのフェルトが張ってあり、麻雀やトランプ遊びに使っていました。今はもうフェルト張り天板は売られなくなったようです。麻雀に便利だった縁もありません。生活スタイルがファッショナブルになったためです。
そして同時にイスとテーブル生活に合わせて、背の高い炬燵が今の主流になったようです。
再び私的な話ですが、私はパソコンを使うとき、PC机の下に差し込んあるPC専用板を引き出して、炬燵の天板の端っこに乗せて使います。
使わない時は格納できて邪魔になりません。これらは自分で工夫したことです。
というわけで、江戸時代まで炬燵の歴史を遡りました。
しかし炬燵がない時代、例えば弥生時代や縄文時代は暖房はもっぱら炉やカマドだったでしょう。
円座になって土間にあるカマドの周りで家族は暖と食をまかなったわけですね。

その文化の名残が農家などに多い囲炉裏だろうと思えます。こういうのもなかなかほっこりしますよねえ。
弥生時代から奈良時代の平民は竪穴住居にかまども作ったようです。

ちなみに「円座」という地名が各地に散見できますが、おそらくこうした炉があって、人々が集まった場所の地名でしょう。冬場の林業従事者がいたり、外で働く人が集まって火をくべて暖を取りながら情報交換したので、だいたい場所は交差点や三叉路などに多いような。そういえば昭和の半場、ドヤ街なんかでもドラム缶で火を焚いて暖まる人々をよく見かけたものです。東京でもやってましたよ。

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