『「おふくろの味」幻想 誰が郷愁の味をつくったのか』
「日本では昔から「お母さんがごはんをつくってきた」。そんな「おふくろの味」という概念が意外にも新しいものであることを、湯澤規子『「おふくろの味」幻想 誰が郷愁の味をつくったのか』(光文社新書・1034円)は丁寧に検証する。歴史地理学を専門とする著者は、人々が都市へ移り住み、地方の料理が「郷土料理」として再編され、都市の食堂が擬似的な故郷となった高度成長期に着目する。料理本のタイトルとしては1960年代にはじめて「おふくろの味」と冠され、わずか40年の間に広まり消えていった。肉じゃががその代表格という世界観を創ったのは80年代のメディアだという。「おふくろの味」神話を鮮やかに解体するお薦めの良書だ。」
★湯澤規子著 光文社新書・1034円



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男が肉じゃがをおふくろの味として大いに好むというのは「幻想「都市伝説」だった。


確かに筆者自身も、地方から出て、70年代に関西に住んでから初めてこの言葉を聞くようになった。昭和60~70年代の高度成長期に、人々が都心や関西圏に移住する頻度が高くなってから、なぜか飲み屋などで「おふくろの味」と書かれた看板が登場した。それはつまりは、地方から出てきた人たちが、職場が戦場だった成長期に、家に帰らず飲み屋で心を癒していた時代に、男たちの間で、故郷の母親が作ってくれていた料理への郷愁から出てきた言葉だったのだろう。それは裏を返せば女房の料理じゃあうまくない・・・のであり、女房の側から言わせれば、あんたたち、そういいながら家に帰って、家族と一緒に飯を食べてないじゃないの。要するに、飲み屋で満腹になって帰ってきて、あたしの冷めた料理がおいしくないのはあったりまえじゃないの!!となるわけである。

まことに昭和経済成長期のモーレツ社員たちは、家庭に帰らず、職場滞在時間が長い。それを慰めるために仲間と帰路に飲み屋でうっぷんを晴らすというガス抜きをせねばならなかった。それが仲間意識として暗黙の了解事になっていったのだ。そしてちょっと贅沢な、こぎれいな着物のおかみなどのいる小料理屋に行くには、あまりに少ないサラリーであったために、小料理につきものの肉じゃがなどの料理を夢見ることになってゆくのであろう。

するとどこがおふくろの味なのか、小股の切れた美人女将の味が欲しかっただけじゃないか?となってしまうのである。

あはれ秋風よ こころあらばつたえてよ 男一人ありて 今宵も汚き飲み屋でいじましき酒呑むわびしさを

てなところか。

肉じゃがなんか、奥さん、作らなくてよかよ。令和では、もっともっとうまいもんが食えるんだから。
ワインにキャビアでも食わせてやんなさい。
なに、亭主はハンバーグにから揚げにケーキが好物?
子ども舌の、酒も飲めないとっちゃんぼうやになっているか、令和男子は。

こりゃあ日本は近いうちに中国に占領されるな。お子様じゃ戦争はできまい。

かあちゃんが戦うほうが強いかも。

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