ちょっと大和がひとり騒ぎしているようで、なかなかこっけいなことだが、面白いから動画をいくつかピックアップしよう。
被葬者に関しては丹後の王からナガスネヒコ、平郡氏、葛城氏、物部氏、海部勢力、隼人の首長などなど多種多様な意見が錯綜中のようだ。
【速報】富雄丸山古墳で日本最大の「蛇行剣」・前例の無い「鼉龍文(だりゅうもん)盾形銅鏡」が出土! - YouTube
富雄丸山古墳から日本最大の蛇行剣・前例のない銅鏡が出⼟! - 奈良市ホームページ (nara.lg.jp)
国内最大の鏡と剣が出土 国宝級、奈良・富雄丸山古墳 - YouTube
富雄丸山古墳第4次調査の様子を動画配信しています - 奈良市ホームページ (nara.lg.jp)
奈良 富雄丸山古墳で“湧水施設形埴輪”見つかる 国内最古か|NHK 奈良県のニュース
国内最大の円墳 富雄丸山古墳で青銅の鏡と鉄の剣見つかる 奈良 | NHK | 奈良県
富雄丸山古墳発掘調査 国内最大の鉄剣と前例のない盾形銅鏡が出土 - YouTube
類例なく「国宝級」発見 「盾形銅鏡」出土 奈良の富雄丸山古墳 - YouTube
令和考古学の幕開け!富雄丸山古墳と富王長髄彦 - YouTube
大和の古墳505 「日本最大の円墳 富雄丸山古墳現地説明会・第2次」 - YouTube
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立地は大和の西部、大和川より向こう、金剛葛城山系生駒山のふもと。
神話で言えばナガスネヒコのいたという「とみ」は鳥見ならば信貴山のふもとでここになる。鳥見から北上すると饒速日を祭る、降臨地、磐船神社に至る。神話的にはナガスネヒコ説は有力。
登弥なら郡山だし、等彌ならもっと東の桜井市である。
葛城山の東側は葛城氏支族の住処で、平郡、巨勢、葛城の墓所も近い。
葛城曾津彦の墓とされる古墳からは巨大で立派な直弧文のある盾埴輪が出ている。富雄丸山でも盾埴輪
は出ているが簡素な円筒形はにわで周囲に埋めるためのものだ。ところが鏡は立派なモノ。
蛇行剣は2mもあって実用品ではなく、埋葬用のレプリカだが、そうした埋葬形態は北部九州の様式だ。
4世紀半ばだから円墳石室は頭頂部の縦型石室で古い形式。すると曾津彦より前の世代だろう。
蛇行剣が隼人のシンボルなら、それを持てたのは海人族の管理者になるし、盾を持つのは大王の靫負だった守衛氏族だからだ。4世紀の外国資料はないから難しいが、丹波と同じ蛇行剣となれば、丹波は3世紀には吉備王管理下にあった可能性がある。かなり海を使った広範囲な交易ができた氏族だろう。するとやはり海部の管理者かかつ靫負の管理者となって、ほぼ好事家には見えてくるはずなのだが。ナガスネヒコは荒唐無稽に、今のところ見えている。まだわからんが。面白い。

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