#アジサイ、#オタクサはお滝さんじゃなかった。
「幕末に日本を訪れたドイツ人医師シーボルト(Philipp F. von Siebold; 1796-1866)はアジサイにHydrangea Otaksa Sieb. et Zucc.の学名を付けた。このOtaksaが何を意味するのか日本人植物学者にとって長年謎だったようだ。
「幕末に日本を訪れたドイツ人医師シーボルト(Philipp F. von Siebold; 1796-1866)はアジサイにHydrangea Otaksa Sieb. et Zucc.の学名を付けた。このOtaksaが何を意味するのか日本人植物学者にとって長年謎だったようだ。
牧野富太郎(1862-1957)もその一人で、最初、牧野はそれを長崎でのアジサイの地方名と考えた。シーボルトがアジサイをオタクサと呼んでいたと聞きつけたからであった。しかし、長崎に赴いて調べてもそのような証拠は見つからなかった。おそらく、この時、シーボルトと楠本滝の関係を知り、Otaksaはシーボルトの日本人妻である楠本滝(通称お滝さん)に因むとわかったようだ。
牧野は学会誌上で「シーボルトはアヂサイの和名を私に変更して我が閨で目じりを下げた女郎のお滝(源氏名は其扇(ソノギ))の名を之れに用いて大に其花の神聖を涜した、脂ぎった醜い淫売夫と艶麗な無垢のアヂサイ、此清浄な花は長へに糞汁に汚されてしまった、あ、可哀想な我がアヂサイよ」と激しく非難したと伝えられる(澤田武太郎、植物研究雑誌、第4巻第2号、43-46頁、1927年)。
シーボルトは一般名(Nomen Japon)として「オタクサ(Otaksa)」の名前を付けたことは、彼の著書「日本植物誌」(Flora Japonica)の105頁から106頁に記され、更に第52図版に美しいアジサイの挿絵があり、Hydrangea Otaksaの名前が明記されていることでわかる。」http://www2.odn.ne.jp/had26900/wild_plant/wp_irumti/topics_on_pl_names.htm
このように「オタクサ=お滝さん説」実は牧野が長崎でそう思い込んだだけの「珍定説」なのである。
果たしてそれでいいのだろうか?(以下略)」
シーボルトとアジサイ オタクサはお滝さんではなかった 再掲載 : 民族学伝承ひろいあげ辞典 (blog.jp)
牧野富太郎を来年か、朝ドラが扱うらしい。
関連してここにかつて書いたアジサイ記事を一部掲載した。
アジサイの学名、オタクサの由来は、実はお滝さん恋しさではなく、岡山にあるお滝さんにゆかりのある小田草神社(おたくさじんじゃ)のアジサイから来ていると筆者は確信を持っている。
【小田草神社】 - デジタル岡山大百科 | 郷土情報ネットワーク (pref.okayama.jp)
つまり「オタクサ=お滝さん説」実は牧野が長崎でそう思い込んだだけの「珍定説」なのである。
それだけ牧野は日本で信頼性のある植物学者だったという証明ではある。
定説にはいくらかの誤解がある。
例えば「梅に鶯」はその最たるものだ。ウグイスは梅に来ない。虫を食うウグイスは梅の密は吸わないのであれはメジロの間違いなのである。
明治はまだ科学草創期で、間違った説は山ほど生まれた。
佐伯博士らのユダヤとか秦氏の関係もそうである。
そしてそれがいつまでも信じられているのも日本人の思い込みである。
「小田草神社及び小田草城は岡山県美作地方にあり、美作国と言えばシーボルトの娘で女医の草分けである「オランダおいね」が有名であるが、いねの夫は美作国の石井宗謙というシーボルトに師事した人物である。
シーボルトは岡山県に何度か訪れているし、いねが美作の石井家に嫁に行くときに妻のお滝はわざわざあいさつに訪問し、このときに小田草に咲いていた紫陽花を持ち帰った可能性がある。」
つまりオタクサはおいねの夫の岡山美作での呼称だと考えられるのだ。
テレビがこの悲恋物語を扱えば、ますますこうした誤解は広がってしまうだろう。筆者が小学校時代から尊敬してきた牧野の名誉のために書いておきたい。
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牧野は学会誌上で「シーボルトはアヂサイの和名を私に変更して我が閨で目じりを下げた女郎のお滝(源氏名は其扇(ソノギ))の名を之れに用いて大に其花の神聖を涜した、脂ぎった醜い淫売夫と艶麗な無垢のアヂサイ、此清浄な花は長へに糞汁に汚されてしまった、あ、可哀想な我がアヂサイよ」と激しく非難したと伝えられる(澤田武太郎、植物研究雑誌、第4巻第2号、43-46頁、1927年)。
シーボルトは一般名(Nomen Japon)として「オタクサ(Otaksa)」の名前を付けたことは、彼の著書「日本植物誌」(Flora Japonica)の105頁から106頁に記され、更に第52図版に美しいアジサイの挿絵があり、Hydrangea Otaksaの名前が明記されていることでわかる。」http://www2.odn.ne.jp/had26900/wild_plant/wp_irumti/topics_on_pl_names.htm
このように「オタクサ=お滝さん説」実は牧野が長崎でそう思い込んだだけの「珍定説」なのである。
果たしてそれでいいのだろうか?(以下略)」
シーボルトとアジサイ オタクサはお滝さんではなかった 再掲載 : 民族学伝承ひろいあげ辞典 (blog.jp)
牧野富太郎を来年か、朝ドラが扱うらしい。
関連してここにかつて書いたアジサイ記事を一部掲載した。
アジサイの学名、オタクサの由来は、実はお滝さん恋しさではなく、岡山にあるお滝さんにゆかりのある小田草神社(おたくさじんじゃ)のアジサイから来ていると筆者は確信を持っている。
【小田草神社】 - デジタル岡山大百科 | 郷土情報ネットワーク (pref.okayama.jp)
つまり「オタクサ=お滝さん説」実は牧野が長崎でそう思い込んだだけの「珍定説」なのである。
それだけ牧野は日本で信頼性のある植物学者だったという証明ではある。
定説にはいくらかの誤解がある。
例えば「梅に鶯」はその最たるものだ。ウグイスは梅に来ない。虫を食うウグイスは梅の密は吸わないのであれはメジロの間違いなのである。
明治はまだ科学草創期で、間違った説は山ほど生まれた。
佐伯博士らのユダヤとか秦氏の関係もそうである。
そしてそれがいつまでも信じられているのも日本人の思い込みである。
「小田草神社及び小田草城は岡山県美作地方にあり、美作国と言えばシーボルトの娘で女医の草分けである「オランダおいね」が有名であるが、いねの夫は美作国の石井宗謙というシーボルトに師事した人物である。
シーボルトは岡山県に何度か訪れているし、いねが美作の石井家に嫁に行くときに妻のお滝はわざわざあいさつに訪問し、このときに小田草に咲いていた紫陽花を持ち帰った可能性がある。」
つまりオタクサはおいねの夫の岡山美作での呼称だと考えられるのだ。
テレビがこの悲恋物語を扱えば、ますますこうした誤解は広がってしまうだろう。筆者が小学校時代から尊敬してきた牧野の名誉のために書いておきたい。

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