Map_of_Okushiri_Island_in_Hiyama_subpref


北海道南部の奥尻島には青苗遺跡があり、その年代は本土の縄文時代から北海道の擦文文化時代まで幅広い遺跡が点在する。青苗は奥尻島の南端にあって、出土した勾玉は1300年ほど前に糸魚川産ヒスイを加工したものだという。
北海道・奥尻島になぜ勾玉が!? 「オーパーツ」の謎解明へ 考古学者に鑑定依頼(北海道新聞) - Yahoo!ニュース

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1泊2日の奥尻行き 2日目 <Part-3> | 宝の島 北海道をもっと楽しもう! (h-takarajima.com)


擦文文化の源泉はサハリン島に求められている。
ちょうど例の観光船事故のあった知床半島のすぐそばだ。
海流図を見るとここが古代から本土日本海や大陸と、十分交流が続けられた島だったということがわかる。北海道南部地域は単独で中国とも交流があったし、弥生時代にはいち早く稲作も入ったと考えられるので、勾玉が出てもさほど驚く事態とは思えない。

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