日本史のどの時代は暖かく、どの時代は寒かったかの一覧表とグラフ。
時代区分別の気候変動一覧表(金子好伸2020ほか)
(時代区分も気候周期も時代できちっと切り替わるわけではなく、ややグラデーションする。おおむねの傾向)
赤字=温暖期 青字=寒冷期 黒字=推移する時期
旧石器時代 氷期
縄文時代 草創期~早期 温暖期
同 前期~中期 温暖期
同 後期~晩期 寒冷期
弥生時代 前期 寒冷期
同 中期~後期 温暖期
古墳時代 寒冷期
飛鳥~奈良時代 温暖期
平安時代 温暖~寒冷期へ推移
鎌倉時代 寒冷期
室町時代 寒冷から温暖へ推移
戦国時代 温暖期
江戸時代 温暖から寒冷へ
明治時代・大正・昭和 寒冷期から温暖へ推移
平成・令和3 温暖期
縄文時代~平安時代の気温変動グラフ

周期的な気候変動 (hi-ho.ne.jp)
阪口豊
時代区分別の気候変動一覧表(金子好伸2020ほか)
(時代区分も気候周期も時代できちっと切り替わるわけではなく、ややグラデーションする。おおむねの傾向)
赤字=温暖期 青字=寒冷期 黒字=推移する時期
旧石器時代 氷期
縄文時代 草創期~早期 温暖期
同 前期~中期 温暖期
同 後期~晩期 寒冷期
弥生時代 前期 寒冷期
同 中期~後期 温暖期
古墳時代 寒冷期
飛鳥~奈良時代 温暖期
平安時代 温暖~寒冷期へ推移
鎌倉時代 寒冷期
室町時代 寒冷から温暖へ推移
戦国時代 温暖期
江戸時代 温暖から寒冷へ
明治時代・大正・昭和 寒冷期から温暖へ推移
平成・令和3 温暖期
縄文時代~平安時代の気温変動グラフ

周期的な気候変動 (hi-ho.ne.jp)
阪口豊
気温の変化は主として地中の特定植物の種子(ハイマツ)の量=年縞分析で測る。
温暖期は主としてCO2の増加で起こり、その原因は還暦晩年に起こった火山爆発、隕石落下などなどに起因する。人為的な温暖化もあり、現代以外でも、森林伐採や農地の新田開発、建築ラッシュによる森林弱体化、山火事なども因果関係がある。直接的には氷床の溶解、海水の蒸発によるCO2の大量噴出が関係する。
昭和後半から現代までの温暖化は、そうした人為的影響と、自然の大気変化の双方が同時に起こってはじまった。CO2は海中に多く還元するのと、植物による酸素変換が考えられる。結果として温暖化がさらに海水の蒸散や氷床、氷河の溶解を引き起こし複合的に悪循環を起こす。したがってすべてを人為とは言えないまでも、産業革命以後の気温上昇は否定しがたく、自然による気温上昇と決めつけることは不可能になっていると、近年特に科学者は考えざるをえなくなったと言う。
気候変動は、しかし突如として切り替わるとも考えられており、恐竜時代からスノーボールアース期へ一気に切り替わったとされる。またシベリアツンドラの溶解による完全体のマンモスの遺骸も出てくるので、あっという間の気候変動は起こったと推定されている。多くが隕石落下や火山の煤煙と大量の粉じんなどが太陽熱を遮断して、季節風が大寒波となったこともあるとしか考えられない事象もある。
逆に乾燥した灼熱の熱波が山岳に当たって逆転し、アフリカを砂漠化したりもする。人類祖先の出森林による進化もこれに起因したと言われる。
熱波は乾燥を生み出し、人は移動拡散する。また乾季は大国を一気に消すような侵略も起こす。中国が騎馬民族の強度やスキタイ民族に簡単に滅びたこともある。
関裕二によれば、中国は全面が平たんなために国家の、外敵の侵略による興亡がいちじるしいが、日本は地形が複雑なために小国乱立し、なかなか集権国家になれないため、小国家が共立し、常に一国一王による天下統一は起こりにくいと言う。平坦な中国は森林も消えていくので、隠れ場がなく統一国家になりやすいが、そのためにまた、侵略によって隠れ場がないので、簡単に転覆したりした。
地形や気候はこのようにその国の衰退・繁栄に大きくかかわった。つまり地形からも歴史は読み解けると関は言う。
日本史のどの時代が暖かく、どの時代が寒かったかでも、同じく戦争が起こりやすいとか、稲作に向いているとかが推察できるわけである。農耕民族になった理由も湿潤温暖な気候にあったともいえるだろう。それが日本人の気質を作り出し、温暖な縄文時代には狩猟採集が向いていたのが、やがて弥生の寒冷化が安定した農耕を求めさせ、争いよりも共立国家へと変貌したと考えることも可能だろう。これは日本人気質をも決定づけたと言える。国民性すら地形・気候は変えるのだ。しかし明治期の富国強兵による西欧列強に近づこうと言う政府の目論見は、大陸的侵略思想であったがゆえに、結果として統一国家づくりに不向きな日本人を太平洋戦争の大敗北へと導いたと言っても過言ではあるまい。
そういう意味で温暖化はいくさへ向かうきっかけにもなりうると言っておきたい。そして温暖化は大災害の連鎖にも深くかかわるのだ。

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温暖期は主としてCO2の増加で起こり、その原因は還暦晩年に起こった火山爆発、隕石落下などなどに起因する。人為的な温暖化もあり、現代以外でも、森林伐採や農地の新田開発、建築ラッシュによる森林弱体化、山火事なども因果関係がある。直接的には氷床の溶解、海水の蒸発によるCO2の大量噴出が関係する。
昭和後半から現代までの温暖化は、そうした人為的影響と、自然の大気変化の双方が同時に起こってはじまった。CO2は海中に多く還元するのと、植物による酸素変換が考えられる。結果として温暖化がさらに海水の蒸散や氷床、氷河の溶解を引き起こし複合的に悪循環を起こす。したがってすべてを人為とは言えないまでも、産業革命以後の気温上昇は否定しがたく、自然による気温上昇と決めつけることは不可能になっていると、近年特に科学者は考えざるをえなくなったと言う。
気候変動は、しかし突如として切り替わるとも考えられており、恐竜時代からスノーボールアース期へ一気に切り替わったとされる。またシベリアツンドラの溶解による完全体のマンモスの遺骸も出てくるので、あっという間の気候変動は起こったと推定されている。多くが隕石落下や火山の煤煙と大量の粉じんなどが太陽熱を遮断して、季節風が大寒波となったこともあるとしか考えられない事象もある。
逆に乾燥した灼熱の熱波が山岳に当たって逆転し、アフリカを砂漠化したりもする。人類祖先の出森林による進化もこれに起因したと言われる。
熱波は乾燥を生み出し、人は移動拡散する。また乾季は大国を一気に消すような侵略も起こす。中国が騎馬民族の強度やスキタイ民族に簡単に滅びたこともある。
関裕二によれば、中国は全面が平たんなために国家の、外敵の侵略による興亡がいちじるしいが、日本は地形が複雑なために小国乱立し、なかなか集権国家になれないため、小国家が共立し、常に一国一王による天下統一は起こりにくいと言う。平坦な中国は森林も消えていくので、隠れ場がなく統一国家になりやすいが、そのためにまた、侵略によって隠れ場がないので、簡単に転覆したりした。
地形や気候はこのようにその国の衰退・繁栄に大きくかかわった。つまり地形からも歴史は読み解けると関は言う。
日本史のどの時代が暖かく、どの時代が寒かったかでも、同じく戦争が起こりやすいとか、稲作に向いているとかが推察できるわけである。農耕民族になった理由も湿潤温暖な気候にあったともいえるだろう。それが日本人の気質を作り出し、温暖な縄文時代には狩猟採集が向いていたのが、やがて弥生の寒冷化が安定した農耕を求めさせ、争いよりも共立国家へと変貌したと考えることも可能だろう。これは日本人気質をも決定づけたと言える。国民性すら地形・気候は変えるのだ。しかし明治期の富国強兵による西欧列強に近づこうと言う政府の目論見は、大陸的侵略思想であったがゆえに、結果として統一国家づくりに不向きな日本人を太平洋戦争の大敗北へと導いたと言っても過言ではあるまい。
そういう意味で温暖化はいくさへ向かうきっかけにもなりうると言っておきたい。そして温暖化は大災害の連鎖にも深くかかわるのだ。
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