ひすいは蛇紋岩が持ち上げて露頭する
糸魚川ユネスコ世界ジオパーク「5億年前に生まれたヒスイと出会う旅」 | JHS LIBRARY - ジャパンホームシールド株式会社 (j-shield.co.jp)
翡翠(ひすい)は忘れられていた宝石である。
縄文の16000年前から弥生・古墳そして飛鳥・奈良時代まで、翡翠は中国との公益の貴重な交換品であり、呪術の道具でもあった。しかし継体大王の時代を過ぎたころから翡翠は次第に歴史から消えていった。翡翠製品である勾玉の埋葬がなくなるのが雄略~継体時代なのだ。最後まで玉造を続けた出雲地方も7世紀には製造をやめてしまう。需要がなくなれば生産はなくなるのは必然だ。つまり大古墳時代も衰退してゆくこの時代は、古墳祭祀、対外的ヒエラルキー文化そのものが意味をなくし、国内型の内向きな政治に切り替わったのだろう。

また最大の理由には、中国の混乱期が続いたことにあるとも観ている。翡翠を最も愛した中華皇室が戦乱で変わり続けたことで、日本など外国との交易が切れ切れになったことが翡翠も忘れさせたか、あるいは唐のあたりからフィリピンやベトナムの翡翠が発見されたのかも知れない。なぜか国内でも翡翠の需要はなくなっていき、昭和まで糸魚川や姫川の翡翠は、まったく価値があるとは考えられなくなっていたという。

参考サイト
日本翡翠情報センター:翡翠の古代史(ANCIENT HISTORY):神秘が一杯! 翡翠テーマの書籍の群れに眠れなくなる (japanjade-center.jp)
file-3 翡翠を探せ|特集|新潟の地域文化を紡ぎ繋げる 新潟文化物語 (n-story.jp)


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