土師氏(はじ・うじ)というのはのちの菅原道真公の祖先で、四腹あったとされ、菅原・大江・秋篠・土師の四つの姓がある。
九州では、ほとんどは道真に関わる菅原を冠する神社や地域が多い。
では道真さんに関わって一族が来ただけなのかとなると、やや解釈が難しいが、考古学的には、土師氏というのは、古墳造営、埴輪造成、火葬などに関わった、半島から招請された氏族だと記録は言うだけで、つまりは技術者集団だったとしかわからない。
ところが京都の桂の北部高野では、土師氏にとついだのは今の天皇家の母方になる朝鮮王家の、娘であった新笠であった。「たかののにいがさ」高野新笠。今の天皇家の母方になる人である。
では父方はというと、息長氏ということになっている。
「おきなが」というのは氏族として現在ないと言っていい氏族だ。
というのも、「おきなが」は継体天皇系譜の正統性のために神功皇后、天日矛を権威とするがための創作氏族だったからで、実際は藤原氏だったのだと思うことで、書記の筋が通ることに気づく。
天智と天武は兄弟かという意見は、もう何十年も問われてきた課題だが、二人が息長=藤原の血統だと考えると、つながねばならぬから彼らはいたんだと気が付くのだ。
藤原=息長=鴨=秦
婚姻関係がすべてをつなぐのが古代だという方程式がある。
今の天皇が全部、継体からつながっているというのが、藤原氏正当化のための方程式だと、文系学者たちは気が付かない。
ばかな話だ。それが100年以上も続き、戦争まで起こした。
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