日本でロックが始まったのは1960年代。しかしまったくロックは受け入れられず、グループサウンズとかいうえせロックがアイドルで受け入れられた。ビートルズのロック革命、音楽革命など無視されて、アイドル性だけが重視されてしまう。

いくつかのコピーバンドが生き残り、本格派を目指すが、コピーで英語なら、本物を聴くのだから、むなしいことに気づくまで10年かかった。


1974年、ぼくは大学2年生。

東京じゃあ、まだメジャーな歌謡曲が全盛期だった時代、関西ではこのようなバンドが個性を競い合っていた。その頃の東京発バンドというと、はっぴいえんど、サディスティックミカバンド、ハプニングス・フォー、モップスくらいだったか。しかし全部日本語で歌うバンド。東京では本格ロックはなかなか流行らず、その代わりに日本語フォークに一直線。それもやはり関西フォークや広島の拓郎の流れだった。はっぴいえんどやモップスのすごさは日本語で歌うことの重要さに早くから気付いていることだった。関西ではあくまで硬派で、英語にこだわり、世界にこだわるが、当時の日本なんか世界はほぼ何も知らない極東の敗戦国なのだ。

なぜ東京はいつも遅いのかというと、メジャーだったからだ。地方はマイナーでも受け入れられた。中でも大阪は、コピー、英語で歌うであり、今から言えばそれはオリジナリティとは言えない、そこで日本語で、大阪弁で歌った憂歌団や上田正樹は東京でも受け入れられたのだ。

その後、ようやく東京にチャーが登場する。こうしてロックはやっとメジャーな場所へ出て行けた。

1970年代中盤の関西BIG4
上田正樹 & サウス・トゥ・サウス/1974 ONE STEP FESTIVAL - YouTube
上田正樹&サウス・トゥ・サウス (R.I.P.藤井裕) - YouTube



ウエストロードBB WEST ROAD BLUES BAND ,SweetAngel 近藤房之助 - YouTube


ソーバッドレビュー「最後の本音」 - YouTube


憂歌団 シカゴバウンド - YouTube




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真理ちゃんのチキンバスケット。