
日本史を知ろうとおもうなら東アジア史をまなぶのはあたりまえ。
がしかし、学びすぎて中国に傾倒してしまうのもまたばか。
アイドルが好きで知ろうとするのはいいとしても、分析するのにそのアイドルを愛してしまったら分析にならぬのと似ている。
いまごろ、Yahooの古代史ニュースに、「中国史と日本史をつなげて考えロ」とかいう記事が出ていた。
なにをいまさら?と思って開いてみたら、地球温暖化について中国をまず調べろとか当たり前のことが書いてあった。なんともはや、遅れたことを・・・。
そんな数十年前からの常識をやっと今頃記事にするなんて・・・。
TVで気象予報士の宝来が、またもや竹田とやりあっていた。
両方ともに気象学には精通していない。それでは宝来はいつまでたっても竹田にはかてっこない。宝来じゃなく専門家が科学で竹田を完膚なきまでにたたかねば意味がない。宝来みたいな気象学専門家じゃない予報士などをいつまで文系の偏ったおそまつ学者などにあてているのかがあほらしい。みそとくそのあほらしい戦いなど、面白がっているのはやっぱりバカなのだってこと。
日本を知るには世界を存分に研究しておくのは当たり前になったのは、もう数十年も前の話だ。環境学でもそれは数十年前からの流れだ。
ばかみたいなことが、いまだにそうした状況でいることがおかしくってばかばかしい。
ちょっとは本を読めよと思う、
ちょっとした疑問があったら専門書から読み始めなきゃなんら意味がない。ネットで調べてなんか、サブカルチャーを調べるのならわかるが、専門知識がいることを調べるのにはなんの役にも立たない。活字が読めないやからに真実など永遠に答えはくれない。
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