先に申し上げておかねばならないのは、被差別民とアパルトヘイトヘイト などの人種差別は意味が違う。
差別と言う英語にはヘイトとディスクリミネーションがあるが、ヘイトとは憎むという元来の意味があり、ディスクリミネーションは差別・区別である。日本語ではヘイトを差別と訳したが、実際は憎悪を含んだ見下げた区別であり、被差別とはある小集団への不可触(触らない)な見方で、多少意味を異にする。

ここでは民俗学的な用語や違いを簡便に解説する。間違いがあればご指摘を。


常民・・・柳田國男の使った山人を意味するが、現代民俗学では庶民。

賤民・・・卑しい身分の人たち

漂泊民・・・山人であり阿弥や乞食坊主、ほがい人のような家を持たずに各地を歩き回る集団や個人。

山人・・・明治期にサンカやセブリと呼ばれた小集団。山を徘徊し、職業は持たない。一方同じ漂泊民でも職業を持ち金をひさぐのは阿弥や旅人(たびにん)にはなりわいがある。

被差別民・・・上記も含め、さらに他国から漂流や逃亡で入国し、言葉の違い、民族の違いから区別された人(過去の在日朝鮮人の下層民など)まで。もっとも広義に使う言葉。「ブラク」とも言う対象も。

ほがい人・・・祝言人と書く。まれびと、漂泊民とも言うケースあり。全国を祝い・祓いなどしながらめぐる人たち。獅子舞、萬歳、芸人、猿回し、しめ縄行商、箕作りなど職種はたくさんあった。中世職業用語。

こつじき・・・古代の呼び名で乞食と書く。

セブリ・・・犯と書き、乞食のこと。山人でもある漂泊民。

ポン・・・サンカなど


言葉は錯綜して使われた。被差別でひとからげにしたり、特に区分がはっきりとしなかった。
例えば平家落人のような歴史の敗残者も山に住むので漂泊民ではないが、そこへ落ち着くまでは漂泊民であり、定住すれば落人、山人、隠遁者、被差別者となる。

これは過去、敗者などたくさんいて蘇我氏の配下などもそれにあたっただろうか。
つまり歴史上の敗者ものちには上記の集団に入ったものもいるわけだろう。

そもそも中世武家の多くが、前身はそうだったものが多かったはずである。くいっぱぐれればやくざにも地回りにも犬神人にも芸能民にもなり得るわけだ。

現代では、コロナで会社から首になるとか、会社がつぶれるとか、お店が倒産とかで、そういう漂泊せねばならなくなった人も多かろう。ネットカフェに仮住まいや、浮浪者や、乞食や、ホームレスになった人もいるはずだ。定住先があれば生活保護、年金への補助金、医療保護などが受けられるが、住所不定では認可不可能である。さすらうかのたれ死ぬか・・・運よくアルバイトになれるか。犯罪者の可能性もあるし、詐欺やネット詐欺になっるやも知れぬ。人は食わねば生きられない悲しき存在だ。


上記の人々は、それでもなんとか犯罪者にはなるまいとしており、どこが差別に値するのかの一線は誰にでもある。

しかし浪人について、差別用語があったという例証はあまり記録がない。儒教のもとの武家階層だからだろうか?やくざになるとか、その用心棒とか、手内職とか収入があったからか?

日本には、民族が混ざりがちな大陸諸国とは違って、あまり異種民族がいないので、明治以前から自然な同化が見られる。明治の同化策は主にサンカが対象で、これは犯罪の巣窟となっては困ると言うことだろう。西欧式の法治国家では、埒外の人がいることは絶対許さない。往古は心情にゆとりがあったのだろう。


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