いざりとはいわゆる「びっこ」である。
片足が動かない。
なお、びっこという言葉は現在は差別用語なので使えない。
反閇(へんばい・はんべ)とは相撲の「四股」である。
これらはいわゆる差別用語なのだが、説明しておかねば古代史が語れないから、覚悟をしつつ解説している。
(ちなみに過去15年、こうした用語解説でここが訴えられたことは一度もない。当然である。古代史用語の解説にいちいち差別だとか言い始めたら、学問は成り立たなくなる)
山岳を鉱山を探して歩く行為は、のちに宗教的に山岳宗教のもとになる。修験者がそうだ。そのいざりの代表が中国古代の夏王朝の禹王で、彼は片足が「びっこ」だった。ためにいざり=王の象徴だった時代が久しく続く。
「う」とはすなわちウサギの飛翔であり、聖なる、いや、尋常ではない能力と解された。
これは西欧ではカルト。
尋常ではできないことができた人=宗教王。
それで「う」は、鵜という鳥を抱くもので=カンナギであった時代があった。
時代があったとは今はそうではないということである。そんなものが文明社会にはいなくなったのである。
鳥の鵜は、あらゆるものを飲み込む。だから王なのである。
飲み込むとは、理解できると言うことであった時代があるのである。
今だって「呑み込みがいい」と言うと、理解力が高いことを言うわけである。
なぜ彼がびっこかと言えば、鉱山を探して山を漂泊するからだ。だからけがをする。
なにしろ古代では、靴やわらじがない。ゆえにはだしで山野を闊歩すればけがをする。
近世でも、鉱山師たちははだしでツルハシを使った。
この「つるはし」という道具は大きなピッケルだが、地名になった。大阪市の鶴橋がそうである。
鶴橋には玉造の工人がすまった。だから鶴橋である。彼らの大半が渡来人だった。ゆえに今でも大阪の鶴橋には在日がたくさん内緒でやってくるわけだ。
その鶴橋には渡来人の神様である赤留比売が祭られた。そして小橋命という南方の人も胞衣塚が建てられた。「えなつか」とは胎盤、へその緒を埋めた場所である。出生地だという意味である。
鶴橋は小橋だった。日本一の小さな橋。橋とは、つまり生命のかけ橋であり、どの神社に行っても、無明の太鼓橋がかかっているのは、そういう意味だ。生命力の象徴が小橋なのだった。
小橋命という神は、神武の嫁の兄である。東征に付き従い、結果として鹿児島の阿多隼人は天皇の北東を守る守護となれた。
しかしその代わりに、神武の嫁・トヨタマヒメの流れは、その子の手研耳(たぎしみみ)の殺害で消されている。
犠牲である。
代わって多氏の祖である神八井耳(かむやいみみ)子孫たちが天孫の皇族になったと書かれた。
だがその神八井耳の子孫すらその後の行く末はよくわからない。ただ綏靖という天皇がいたと書かれただけだ。神八井耳とは熊本阿蘇の神だと書かれているだけだ。
つまりこの系譜は記紀では記述されても、そのあとが不明である。

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片足が動かない。
なお、びっこという言葉は現在は差別用語なので使えない。
反閇(へんばい・はんべ)とは相撲の「四股」である。
これらはいわゆる差別用語なのだが、説明しておかねば古代史が語れないから、覚悟をしつつ解説している。
(ちなみに過去15年、こうした用語解説でここが訴えられたことは一度もない。当然である。古代史用語の解説にいちいち差別だとか言い始めたら、学問は成り立たなくなる)
山岳を鉱山を探して歩く行為は、のちに宗教的に山岳宗教のもとになる。修験者がそうだ。そのいざりの代表が中国古代の夏王朝の禹王で、彼は片足が「びっこ」だった。ためにいざり=王の象徴だった時代が久しく続く。
「う」とはすなわちウサギの飛翔であり、聖なる、いや、尋常ではない能力と解された。
これは西欧ではカルト。
尋常ではできないことができた人=宗教王。
それで「う」は、鵜という鳥を抱くもので=カンナギであった時代があった。
時代があったとは今はそうではないということである。そんなものが文明社会にはいなくなったのである。
鳥の鵜は、あらゆるものを飲み込む。だから王なのである。
飲み込むとは、理解できると言うことであった時代があるのである。
今だって「呑み込みがいい」と言うと、理解力が高いことを言うわけである。
なぜ彼がびっこかと言えば、鉱山を探して山を漂泊するからだ。だからけがをする。
なにしろ古代では、靴やわらじがない。ゆえにはだしで山野を闊歩すればけがをする。
近世でも、鉱山師たちははだしでツルハシを使った。
この「つるはし」という道具は大きなピッケルだが、地名になった。大阪市の鶴橋がそうである。
鶴橋には玉造の工人がすまった。だから鶴橋である。彼らの大半が渡来人だった。ゆえに今でも大阪の鶴橋には在日がたくさん内緒でやってくるわけだ。
その鶴橋には渡来人の神様である赤留比売が祭られた。そして小橋命という南方の人も胞衣塚が建てられた。「えなつか」とは胎盤、へその緒を埋めた場所である。出生地だという意味である。
鶴橋は小橋だった。日本一の小さな橋。橋とは、つまり生命のかけ橋であり、どの神社に行っても、無明の太鼓橋がかかっているのは、そういう意味だ。生命力の象徴が小橋なのだった。
小橋命という神は、神武の嫁の兄である。東征に付き従い、結果として鹿児島の阿多隼人は天皇の北東を守る守護となれた。
しかしその代わりに、神武の嫁・トヨタマヒメの流れは、その子の手研耳(たぎしみみ)の殺害で消されている。
犠牲である。
代わって多氏の祖である神八井耳(かむやいみみ)子孫たちが天孫の皇族になったと書かれた。
だがその神八井耳の子孫すらその後の行く末はよくわからない。ただ綏靖という天皇がいたと書かれただけだ。神八井耳とは熊本阿蘇の神だと書かれているだけだ。
つまりこの系譜は記紀では記述されても、そのあとが不明である。
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