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若狭湾敦賀半島には敦賀・美浜原発ともんじゅがある。
その周辺に、たくさんの古代遺跡と神社、歴史的遺物がちらばっている。
また若狭町以西にも多くの原発と貝塚・弥生遺跡・神社仏閣が並ぶ。そこには三方五湖があり、東尋坊のような奇怪な地形、三方断層があるリアス式海岸だ。

日本の中で若狭湾は特異な地域である。
なぜ国はここに多くの原子力施設を置いたのだろうか? 

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美浜原発のある敦賀半島西岸部に向かうように若狭町があり、鳥浜貝塚遺跡がある。


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鳥浜貝塚のある丹生の海岸から見た美浜原発『縄文聖地巡礼』より









私が敦賀を訪問したのはもうずいぶん前。都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)に出会うために敦賀市の気比(けひ)神宮を旅した時だ。あのとき私はタクシー運転手の勧めるままに気比対岸にある敦賀半島東岸部・常宮神社までいき、その先に敦賀原発があるからこれ以上行けないと言われ、ひっかえしてしまった。

しかしあとから常宮の浜には、かつて海人族がいて産屋(うぶや・さんや)もあったということを谷川健一の著書で知る。それから何度かここにも産屋・海人・原発の因果関係について言及した。

今回、中沢新一・坂本龍一の対談紀行『縄文聖地巡礼』を読み、再びそのことを書きたくなった。鳥浜貝塚遺跡という縄文遺跡を西岸部に持ちながら、突端から東岸部にかけては海の民の痕跡、敦賀市には渡来人の痕跡を擁するこの複雑な湾・・・しかもお水取りの水=丹生の水を産したという遠敷製鉄遺跡とか東大寺初代別当良弁(ろうべん)の生誕地でもある。良弁はわが故郷の宇佐神宮にも深く関わった人物だ。宇佐神宮に宇佐氏や辛島氏のあとに入った大三輪氏出身の大神(おおが)氏は良弁とのえにし深く、のちに東大寺境内に手向山八幡宮を建立させている。そこには良弁が故郷若狭遠敷(おにゅう)から引いたという遠敷の井戸も存在するのである。

なぜ三方断層が走るこの地にあえて原発を作る必要があったかと言えば、敦賀半島・美浜に住まっていた海士たちの存在が大きい。彼ら海士、海人族は久しく朝廷から不遇の扱いで、差別された特別な神人(じにん)でもあった。独特の互助組織=結は有名だが、そういうものは部落として長く近代まで差別された歴史がある。

神人は神のために産物を差し出し奉仕して税を免除されていたにも関わらず、人として扱われてはいなかった。それは全国でそうである。しかたなく彼らは漂泊や芸能の民にな、阿弥になり、乞食坊主になるなどして四散していった者もあるのだった。福井が中世武士団の織田や豊臣や徳川などの源郷であった可能性もある。彼らも祖先は阿弥であった。

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シンプルな鳥浜遺跡の縄文土器



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鳥浜から出た丸木舟
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ここは縄文と弥生と渡来のすみ分けと同居がみられる。
鳥浜の弥生的なシンプルな土器や、縄文的な絵柄、色、そして漆という渡来文化の融合はそれを物語る。三者はあきらかに古代には共存できていた。しかし大和朝廷成立以降、どうやら彼らは棲み分けをはじめ、身分に上下関係が生じていったようなのだ。そのことは『古事記』『日本書紀』からもどこでも起きたことが見て取れる。出雲や南北九州に限った話ではない。


明治になっても彼らはひどく貧しい暮らしを強いられ、狭い半島の突端などに押し込められていた。戦後、社会主義の影響、民主主義の影響から彼らは被差別から解放されねばならなくなるが、しかし食えないことに変わりはなかった。昭和の政府は彼らに与えられてきた神人・奉仕者・海人としての役割にかえて原発施設での高額なしかし危険な仕事を与えることになった。


谷川も中沢も坂本も、そこに民俗学的・人類学的・また文学的「哀れ」を観ている気がする。

常宮神社という神功皇后を祭る宮前の砂浜にあった産屋には、白砂の「うぶすな」が敷かれ、そこで女たちは籠って出産した。著名な白砂青松の地・気比の松原の松は、松をステータスとする半島渡来人を意味しており、そこには都怒我阿羅斯等を祭ってあり、松原にはそうした意味合いのほかに製鉄用の火力としての意味合いもあるだろう。全国に松原はあるが広島東部~岡山西部つまり備後の松原や、静岡の三保の松原、九州唐津の虹の松原は、みな渡来人の製鉄に関わって生まれたのだろう。



古墳時代以降、この三者は分断される。ヒエラルキー時代が、階級を生み、棲み分けと差別を生んだ。天皇を頂点とするピラミッド型文明こそは、まさに差別の開始でもあったのだ。

新型コロナでタバコ好きだった志村けんが死んだことで、今や喫煙もタバコもかつての男のし好品から差別されるようになっていく。喫煙者は差別され
生み分けさせられ始めた。まさに古代の再現を見せられる思いだ。
今や喫煙者は重病人であり、被差別民なのだ。

日本文化の隅々にまで、こうした差別の残存と継続が見え隠れする。
それは貧富を作り、環境破壊を作るモノ。皮肉なことにそのコロナウイルスは、そんな人間の都合には無関係に、老いも若いも、男も女も、聖人も穢人も、身分の上下も、無関係に感染してゆく。むしろウイルスのほうがよほど平等である。そして平等に、人類を蝕み、成長し、やがてサピエンス・サピエンスを滅ぼして、新人類を生み出すのかもしれない。ちょうど殺虫剤では死ななくなってゆくゴキブリやハエや蚊のようにしぶとい新人類に。そして彼らウイルスもまたそう進化するだろう。

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