久々に邪馬台国関連記事を書く。例によってアイデアに過ぎないが。昨日22日に再啓上した記事「古代日本と東アジア交流史 3 漢から魏へ 女王卑弥呼の登場 歴史本義」をくまなく読まれた方は、いくらかは卑弥呼は公孫氏の血縁者だった可能性はないか?と感じられた方がい ...
2022年06月
1 大分県竹田市城原周辺の職能地名と 十一地名の謎
<地形> 久住連山から南東へゆっくりと降りてゆく稜線上の国道沿線。両側は谷になっており、西側は「川床」地区で大きな川・玉来川(たまらいがわ)が流れる。この川はやがて県下最大の大野川に合流。合流地点から竹田市市街地、豊後大野市、県都大分市丹生地区へ流れ出す。 ...
古代日本と東アジア交流史 3 漢から魏へ 女王卑弥呼の登場 歴史本義
古代日本と東アジア交流史 3 漢から魏へ 女王卑弥呼の登場 歴史本義2017年10月12日 11:47本論に入る前に、まず中国の1~2世紀、「光武帝」「桓霊時代」「中平」年について解説しておく。前置き、中国のここまでの流れ(光武帝時代)と韓地名の初出「新(8~23)代からの ...
日本神話の源流を探る2・死体から食物が生まれる話
死体から食物が生まれる話2006年04月13日 01:39食物の始まりは、殺された女神から? ―古事記の穀物起源神話を知る― – 國學院大學 (kokugakuin.ac.jp)ジャワの言い伝えジャワでは食物が少女の死体の各部から生じた神話がある。ヘソから陸稲、頭からココヤシ、性器からサト ...
日本神話の源流を探す1・石とバナナ・岩と花
石とバナナ・岩と花2006年04月12日 23:46東南アジアセレベス地方のトラジャ族の伝承 大林太良・ミシェル・パノフ他『無文字民族の神話』所収大林太良「東南アジアの神話」より昔、天地の間は近く、神が縄に結んで贈り物を降ろしてくれていた。ある日、神は石を降ろしてきた ...
山下達郎から作曲法の変わったこと
ときには更新記事を書いておかないと。山下達郎の作曲法はそれまでのメロディや作詞から作り始める作曲法を度外視したやり方。彼はいかにかっこいいリズムとビートを作るかから始める。69歳の山下がもう何十年も前からそうやっていた。これは日本の音楽史では特筆すべき変 ...
最新考古学と考古理化学からわかる 前方後円墳起源と国家成立過程 ついでに邪馬台国所在地
以上でHPで掲示板を使って書いた記事の移動は終了です。ここからは、HPに直接書いた論説集も移動します。つまりいずれ近々、HPを閉じようと思ってやっているわけです。それらは終活の一環で、複数ある自サイトの断捨離作業だということです。筆者サイトのシンプル化なわ ...
朝鮮海峡の済州島(チェジュド)は流刑地だった
過去記事の移動作業中です。これらの記事は大昔に書いたもので、まだ稚拙なものばかりです。ご了承ください。朝鮮海峡の済州島は流刑地だった 投稿日:2007年12月21日(金)13時30分25秒 NHKテレビの『大長今』(邦題『宮廷女官チャングムの誓い』)、私大好きなの ...
四天王寺に祭られた守屋の霊魂は今どこに?
四天王寺に祭られた守屋の霊魂は今どこに? 投稿日:2007年12月21日(金)13時31分31秒 谷川健一氏は四天王寺は守屋の霊が祭られたと書いています。私もその意見を読む前からそう思っていました。そして本当に守屋はいたのか?と書いてきました。守屋の死こそが日本書 ...
蘇我入鹿の「林太郎」について
しばらく法事やら雑事で忙殺されて久々の記事である。蘇我林大郎(太郎)は蘇我入鹿の別名。古代氏姓(うじ・かばね)制度によった書き方である。氏姓制度では、貴族・武家はこれに従って名のるのを旨とした。読みは「そがの・はやしの・たろう・いるか」。つまり「りんたろう」 ...
人物画像鏡、初期国宝指定の問題点
2008年11月23日 09:19「「国宝」という語の指す意味は文化財保護法施行(1950年(昭和25年))以前と以後とでは異なっている。文化財保護法施行以前の旧法では「国宝」と「重要文化財」の区別はなく、国指定の有形文化財(美術工芸品および建造物)はすべて「国宝」と称され ...
諏訪の風祝の真の意味はなにか?
現在、掲示板サービス終了にともなうHPからの古い記事の引っ越し作業中です。昨日から作業しているこれらの転載記事は筆者が歴史記事を書き始めた初期の推理推測がほとんどで、あまり信ぴょう性のない稚拙な文章ばかりです。ヒントにはなっても参考にはなりえないものですか ...
大化の改新と摂津三嶋の有力者
6 大化の改新と摂津三嶋の有力者 2007年12月21日(金)13時33分47秒編集済 藤原鎌足が乙巳の変(大化の改新前の事件)を実行する前に摂津の三島郡に隠棲していたことは前にも書きましたが、鎌足は以前から入鹿誅殺を画策していたらしく、三島隠棲の間に実に様々な人物と ...
土蜘蛛・国樔・井光など
土蜘蛛・国樔・井光など 以前ブログでも書きましたが、吉野の井光(いひか)ですが、あれは朱沙採集民だったと思います。井戸の中から出て来たところをやられちゃいますが、おしりに尻尾があったと言います。 ブログでは尻尾とは、犬祖伝説の民族衣装ではないかと書いてお ...
民俗学の現在と問題点
民俗学の現在と問題点 2007年12月21日(金)13時35分57秒 日本の民俗学は柳田國男が創始し、折口信夫が引き継ぎ、その後、規定の決まり事のように創始者・柳田自身の研究史を追いかけていきました。 その柳田國男は天皇家にも関わる明治の国家公務員でした。 当初、 ...
滋賀県永源寺木地師と御所地名について
滋賀県永源寺木地師と御所地名について 投稿日:2007年12月21日(金)13時40分15秒おもに谷川健一氏『日本の地名』からの着想です。 本当は実際に行ってフィールドワークすべきなのですが、財政難のためと年末のあわただしさで仕方なくここに書くことにしました。 親王 ...
1 序論 東アジアの始祖系譜は中国古代系譜のコピー
HPから移動した記事2006年というネットを始めたばかりの頃の、ごく初期作品なので稚拙な内容である。ご容赦ください。現在最も納得している天孫降臨ルートのひとつ 投稿日:2007年12月21日(金)13時41分40秒今年(2006年)8月の朝日新聞掲載記事より。現代の密入国 ...
人を食う神全文一挙掲載 障碍神を理解する
人を食う神カテゴリーボトムページついでのおまけに首狩り研究カテゴリーボトムページはこちらからボトムページとはトップページの反対語。最新記事のあるページです。さかのぼって読むにはページ最下段の「次の10件へ」をクリックします。ただし次も前もない場合は、そのカ ...
蕨手刀を使うオホーツク人=蝦夷=東北縄文人ひいては日本人祖先か
街道をゆくスペシャルオホーツク街道によれば、北海道の常呂町モヨロ貝塚から発掘された人骨には蕨手刀が副葬されていたと聴いた。この人々はアイヌより大きく、オホーツク人と呼ばれているが、そのルーツはサハリンと大陸の間にある韃靼だったん海峡(間宮海峡)をはさむアム ...
厭魅・呪詛
2012年02月27日 18:54◆厭魅 えんみアジア全体に広がっていた先史時代からの原始的信仰の一要素である「森羅万象に神(精霊)が宿る」という思想が基。そこから「人型(ひとがた)の物には魂が宿る」へと変化発展。「念を込めた人形(ひとがた)には魂が宿る」が曲解されて→「 ...
暗殺の歴史に関する記事一覧
暗殺 を含む記事 : 民族学伝承ひろいあげ辞典 (blog.jp)ここからいくつかの古い問題作記事をピックアップして。いろは歌と柿本人麻呂・百人一首と天智天皇はリンクしている2012年04月27日 18:55◆いろは歌の暗号いろはにほへ とちりぬるをわ かよたれそつね ならむうゐのお ...
源頼朝大姫入内計画/信長は「敦盛」を舞わない/エンタシスはヘレニズム文化ではない
源頼朝大姫入内計画/信長は「敦盛」を舞わない/エンタシスはヘレニズム文化ではない2012年10月19日 19:59軽いけれど意味深い話題三題。1 頼朝の大姫入内構想の意味は源頼朝といえば、日本全国の人が、武家社会を初めて現実化した英雄であると思い込んでいる人物で、そう ...
曾我兄弟と工藤氏・伊東氏 頼朝暗殺と一番得したのは誰か
歌川国芳 曽我五郎仇討ち図曽我五郎時宗曾我十郎・五郎 なぜ兄が十郎で弟が五郎?2011年08月15日 12:05曾我十郎・五郎 話の顛末カワヅザクラの名所にいた父 「源頼朝公は流人となって、伊豆伊東祐親(いとう・すけちか)の館に居た。其徒然を慰めんと安元二年(一一七六) ...
スマトラ・バタク族呪術師仮面と遮光器土偶の類似
ただいま、過去記事見直しの最中です。過去書いた意見を20年ぶりに見返し、新しい見方を提示していく作業中であります。Kawakatuスマトラ・バタク族呪術師仮面と遮光器土偶の類似に関して過去記事を再掲載する。スマトラの呪術と仮面/カニバリズムと戦争食人の本義の違い201 ...
鉱物・修験道・鉱脈・植物・動物関連シリーズ
内母神社・面足神 おもたる2021年04月03日 09:45 内母神社 ないも・じんじゃ三重県桑名市多度町香取 2216-2主祭神 面足神(おもたるのかみ) 加茂別雷神(かもわけいかづちのかみ) 弥都波能売神 (みつはのめのかみ)内母神社の由緒は、永禄(一五五八~一五 ...
地名由来 佐賀と嵯峨野・葛野、滋賀と志賀島
さがは逆流する川を意味する「逆川」に由来する?佐賀県の地名由来 | 全国地名大辞典 (chimei-jiten.com)佐賀県の「さが」は「逆」で往古の佐嘉(現・嘉瀬川)が逆流する川だったことからだと言う。 嵯峨野は険しい由来。嵯峨野 - Wikipedia京都市の嵯峨野はもともとは葛野( ...
あくつ、あくと地名由来 地形地名、災害地名とは
あくつ阿久津、圷、安久津、明津など表記は様々。あくと阿久戸、肥土、安久戸などこれも表記は様々。あくた、あくたがわなども含めてこれらは地形地名である。窪地、低地、低湿地を表す地名。言い換えると窪んだ原因には大地震、地盤沈下などの過去の事故があった地名である ...
太鼓埴輪田原本、宮古平塚古墳でほぼ完形出土・太鼓の歴史
田原本町の古墳から 太鼓形埴輪/奈良田原本町の古墳から 太鼓形埴輪/奈良(奈良テレビ放送) - Yahoo!ニュース5/31(火) 9:37配信出土状況田原本町宮古 宮古平塚古墳出土太鼓埴輪6世紀前半の田原本・宮古平塚古墳 最古級の太鼓形埴輪|奈良新聞デジタル (nara-np.co.jp) ...
ロシア軍のZ=7+7か
「米誌デイリー・ビーストの記者で、ロシアウォッチャーでもあるジュリア・デイビスのツイートによれば、エリセーエフは番組内で、なぜ「Z」なのかを説明した。「Z」は数字の7を2つ、1つを逆さまにして重ねたものだという。つまり、77回目の戦勝記念日を意味し、それがウクラ ...






















