◆四天王寺建立縁起以下の記事の「聖徳太子」部分はすべて「蘇我馬子」に置き換えて読んでみてほしい。●守屋死後6年、推古天皇元年(593年)、聖徳太子は摂津難波の荒陵(あらはか)で四天王寺の建立に取りかかった。寺の基盤を支えるためには、物部氏から没収した奴婢と ...
2021年03月
なぜ神話と天孫を創らねばならなかったか 3
御間城入彥五十瓊殖天皇(みまきいりびこ・いにえのすめらみこと) 崇神天皇紀五年、國內多疾疫、民有死亡者、且大半矣。六年、百姓流離、或有背叛、其勢難以德治之。是以、晨興夕惕、請罪神祇。先是、天照大神・倭大國魂二神、並祭於天皇大殿之內。然畏其神勢、共住不安。故、 ...
なぜ神話と天孫を創らねばならなかったか2 出雲大社御客座五神と和加布都努志命
出雲大社HP本殿図から消された一柱の神があることをご存じだろうか?出雲大社御客座五神のこと 「御内殿の前室には板壁に接して御客座があり、天之常立神・宇麻志阿斯訶備比古遅神・神産巣日神・高御産巣日神・天之御中主神の別天神5柱の神をお祀りしており、 又、中心の柱 ...
九州から纒向に人は行ったか?
奈良の纒向遺跡からは九州の土器は0.1パ~しか出なかったという報告があまりにも広まっている。これが意図的なウソであろうと筆者は考え続けている。なぜならば、纒向が邪馬台国であったなら、当然、魏志に書かれたように出先機関を九州に持っているわけだから、人の往来がな ...
なぜ神話と天孫を創らねばならなかったか
1 日本古代史にはなぜ神話が前置きとして存在するのか?2 天孫神話はなぜ必要だったか?この二つについて考えたい。さして大変な作業ではない。『日本書紀』は天皇という最高機関を必要とした。その理由は、その天皇を擁立して、支える摂政家そのものが正統であることを ...
サクラにまつわる奇怪な話いくつか
桜奇譚2017年04月08日 17:51桜にまつわる奇妙な話を少々・・・。地主神社「御車返しの桜」「時は平安の世、嵯峨天皇を乗せた牛車は地主神社へと向かっていた。天皇が皇居からお出ましになることは国の一大事であり、もちろん多くのお伴を従えての「行幸」である。では、なぜ ...
サクラ用語の基礎知識
◆桜のつく言葉総ざらい●季語・装飾語など・桜色(さくらいろ)/桜の花のような、ほんのり赤い色・花冷え(はなびえ)/桜が咲く頃に冷え込むこと・初桜(はつざくら)/その年に初めて咲く桜お花、咲いて間もない桜の花・桜雨(さくらあめ)/桜が咲く頃に降る雨のこと・ ...
別府ー島原地溝帯と大地震と、野上ノジュール化石群、古墳群の因果関係
熊本県には河川が山ほどある。熊本県ハザードマップより九電が管理する水力発電所のある河川(つまり一級河川)だけでこれだけあり、熊本県を横に分断している。九州電力 熊本県の水系マップ (kyuden.co.jp)古代人にとって河川は歩く時の最大の障害だっただろう。これらの川は ...
地名「くくち」・菊池はくぼ地。地溝帯地名久々知・鞠智、海女地名ククリ、菊理
尼崎市に久々知須佐男神社があり、中世は久々智氏が住んだと由来にある。菊池家文書館~久々知須佐之男神社 (itscom.net)しかしKawakatuの地名の法則では、氏族からついた地名はちょっと考えづらいというのが持論。もし氏族からついた地名なら、その氏族が出てきたところの地 ...
バイデンはAI=人工頭脳?虚々実々の大嘘も方便番組流行は?
ウソかホントかわからない やりすぎコージーで■がいろいろ言うことって、「うそかほんとか」と聞かれれば全部うそ。昨夜、は、は、だ」と言った。確かに★の先日のタラップでのこけ姿からはぎこちない機械人形的印象を受けた。いやその前から、選挙でのの姿はサンダーバー ...
Kawakatu厳選・桜の和歌極めつけ30(番外付き) 付録梅から桜へ、いつ切り替わるのか?
さくらの和歌80撰 : 民族学伝承ひろいあげ辞典 (blog.jp)2018年最新80撰が更新されています。さくらの和歌80撰 : 民族学伝承ひろいあげ辞典 (blog.jp)ただ、ベストとなると、やはりここにあるものにつきるかも知れません。数よりもやはり秀歌を集めること、選定することにこ ...
ジオジャパン 三波川変成帯の緑色の石材と中央構造線と九州別府~八代構造線の地溝帯
NHK「ジオ・ジャパン第二集」を視聴して、そのほとんどはもう民族学伝承ひろいあげ辞典が書いてきたことの集約、再編集であると感じた。では民族学伝承ひろいあげ辞典が過去、三波川(さんばがわ)変成帯に多い青い石(緑色結晶片岩、緑泥変成片岩)について一体何がわかるのかの ...
聖獣 すべての源流はどこから?1~3まとめて
聖獣 すべての源流はどこから?2012年07月17日 14:16人類が猿人から原人そして新人へと進化しながら東西世界へ広がっていく過程で、さまざまな文化・文明が形になって伝わっていったことは、すでに間違いのない事実であろうと、このごろ筆者は確信しはじめているが、その道 ...
ハリハラ
ハリハラ(Harihara)は、「インド神話のシヴァとヴィシュヌの合体神。別名アイヤッパン。右半身がシヴァで、左半身がヴィシュヌ。ハリがヴィシュヌを意味し、ハラがシヴァを意味する。つまり、創造と破壊を象徴している」ハリハラ - Wikipedia創造と破壊の象徴・カンボジ ...
図説・西新町遺跡と吉備型甕と山陰・畿内式土器 邪馬台国論争は朱儒の喧騒
図説・西新町遺跡と吉備型甕と山陰・畿内式土器 邪馬台国論争は朱儒の喧騒 : 民族学伝承ひろいあげ辞典 (blog.jp)■福岡市西新町遺跡おおまかに言うと朝鮮渡来人が作って畿内人、山陰人、吉備人たちがやってきた3世紀の遺跡博多湾に面し、那珂川河口部の西側に位置する。■ ...
邪馬台国?女王国のことか?伽耶から出雲そして吉備
筆者はずいぶん久しく世間が邪馬台国と呼んでいる女王国の首都は纒向だと考えていたが、途中から九州説に戻り、その後松木武彦の言う吉備に変化、今は伽耶からいずもを経てやってきた葛城と伽耶王家が吉備に王家を打ち立てて近畿に入ったのが邪馬台国を作ったと考え始めてい ...
一言主は高鴨神の後戸神とは?
後ろ戸(うしろど、うらど)とは、どの辞書も言わない筆者独特の考えでは「ある氏族の裏側(家臣のまた家臣の末端にいた被差別の民人)が祭った神で、氏族の祖人とも言うべき主祭神の裏側にあって、主祭神を護る守護神となりつつ、氏族の敵となった神と人を恨み、祟り、食らう ...
なぜ奴国を狗奴国と書いたのか?
魏志倭人伝は奴国が二回出てくるが、そのどれかは狗奴国だとなる。しかしそうかどうかもう一度考えたい。魏にとって有利になるように、まず倭人伝は倭を会稽東治の目の前にあると書いた。呉をけん制するためだ。しかしそう書いたのは魏ではなく、魏から政権を奪った西晋の人 ...
ニギハヤヒを神武が倒したのなら物部氏を倒したのは蘇我氏なんだから?
正史の天孫の子孫である初代人皇・神武(かむやまといわれひこ)は、先進地北部九州じゃなく、熊襲の土地鹿児島の霧島の嫁をもらって宮崎県から出舟 する。そして宮崎の美々津から太平洋を、豊予海峡を抜けた宇佐にいき、次に穴門を抜けて、なぜか知らんが一旦瀬戸内から外へ出 ...
神武がどっちの王かを考えることは
神武が邪馬台国・狗奴国、どっちから来た王か、それをまず自分で決めねば何も前に進まない。自分で考えないでどうするねん。以上。動画リンクを全部ここに貼っておく。これでおしまい。もう動画はやらない。人気がないから。kawakatu4 - YouTubekawakatu5 - YouTubekawakatu6 ...
脛巾=「はばき」の服飾史 始まりは?
三省堂・全訳読解古語辞典より脛巾 はばきは「脛巾裳」の省略語で、その歴史は平安時代~室町。その後脚絆 きゃはんに変化した。にわばニッカ―ポッカ―だが、飛鳥時代以前はない。飛鳥以前男子のズボンは、褌=はかまのひざの部分をしばった。だから脛巾が語源のアラハバ ...
なまずを喰うか、それともトーテムにするかで大違い
阿蘇国造神社の鯰。Kawakatu撮影漢書にある「東鯷人」という記事だが・・・。鯷は中国ではなまずで、日本の方言ではイワシだとこのサイトが書いている。東鯷人(とうていじん)って?(^^)/ - 刮目天(かつもくてん)の ブログだ! (goo.ne.jp)で、筆者の過去記事も引用してあ ...
アラハバキ神
あらはばき 荒覇吐、荒吐、荒脛巾意味・・・客神、荒神、道祖神、猿田彦、庚申。転じて腰の神、旅の神、脚の神。あら=新しくはばき=脛布=脚絆で旅するもの=まれびと合わせて新来の客で客神(まろうど・がみ)。民俗学(全国)では来訪神のこと。最初はこれだけのものだ ...
土佐大神と鴨氏と居徳(戦争・食人?)遺跡
高知県はこれまでほとんど遺跡や歴史が好事家に触られていない土地である。しかし昨今、多くの先土器~縄文遺跡が発見されている。ただ、詳しく調査された遺跡は数か所にとどまっていて、先が楽しみな場所でもある。縄文遺跡となると戦争遺跡が多く、まずは居徳遺跡はよく知 ...
朝ドラ千代モデル浪花千栄子と南口氏姓分布と葛城一言主神社と楠木正成
夕餉の支度をしながらひらめいたことなので、確信も信ぴょう性も自信はないが・・・。朝ドラの主人公千代のモデルが松竹新喜劇の看板女優だった浪花千栄子(なにわ・ちえこ)だということはご存じと思う。この人、本名は「なんこう・きくの」と言う。子供の頃、彼女はこの本名 ...
甲賀三郎伝承と諏訪の龍蛇信仰とタケミナカタ=宗像氏
諏訪の龍蛇信仰手水(諏訪大社上社本宮)「国史では諏訪大社に祀られている神は「建御名方神」と「八坂刀売神」という名前で登場しており、『古事記』や『先代旧事本紀』ではこの建御名方神が建御雷神との力比べに敗れてしまう大国主神の次男として描かれている。諏訪では諏 ...
持統の諏訪遷都計画の意味再論
信濃とは科野で、読みは「し・な・の」。「し」は古語の風。「しな」で風の、である。つまり科野は「かぜの野」である。なぜ風なのかというと、持統年間に大風が多く、時の女帝持統さんは、風は諏訪湖から吹いてくると信じたようで、諏訪に大祝(おおはふり)を送り込んだ記事 ...
大島、大八嶋と紀氏と神武と天武と蘇我氏と柿本氏全ての謎が見えてくる地名
大島と言えばよく知られているのは伊豆大島、奄美大島だろうか。それ以外にもおおしまはたくさんある。「おおしま」は単なる大きな嶋で、その地域で一番大きいので大島なのだから。https://uub.jp/arc/arc293.htmlこのサイトで「おおしま」と名前がついている場所を探したら ...
甲斐源氏藤澤氏が逃げ込んだ秘境が山梨にあるとか敗者の隠棲
早川町だったか、茂倉という隔絶されたかつての鉱山町に藤澤という人々がいた。これは武田信玄の家臣群。で長野の南信地帯にも、負けた武田の配下があちこち逃げ込んでいて部落がある。土田さんの土の字には右肩に点が付いていて、これなに?と聞くと、時計屋のおやじさんが ...
記紀が書いたからこそ守屋も蘇我氏も祀られた
各地に残された敗北氏族追悼のやしろや祠は、もちろん後から残党が祀るのであり、最初からあったものではない。ここが伝承・伝説研究の肝になる。当然、旧事本紀とか津軽外、富士、なんぞの学者が偽書と決めつけてしまう理由もそこにある。『古事記』『日本書紀』が前者は天 ...




















