このふたつの京都の町は一度は行ってみたほうがいい。与謝は与謝鉄幹の故郷である。大江町と合わせて古代史が好きなら、一回は行っておきたい渡来の地域である。http://www.geocities.jp/k_saito_site/doc/yosa.html ...
2017年03月
ヒスイと殷文化と縄文時代
青森の縄文時代の三内丸山遺跡から日本海のヒスイや、殷(商)時代の青銅器時代の絵柄が出る。といったらあなたは「まさか」だろうか?でもそれらが発掘されてもう何十年も経った。「ちなみに、山形県遊佐(ゆざ)町の縄文後期の三崎山(みさきやま)A遺跡からは、殷(い ...
籠池さんと大宇部多
大宇部多(おおうべのおう)は古代の静岡富士川あたりにいた「土建屋的な」土着の人である。それが、仏教が中央に伝来したころに、古い民間信仰である霊魂の再生をうながすある種の虫を神と言い出し、山城の秦河勝に叩かれる。この構図はまさに森友学園理事長・籠池さんの ...
「わかたける」が中国ではどうして「武」となるのか?
雄略までの河内の大王を、史学者たちはどうした理由なのか、倭王武であるとしている。その理由が「たける」が「武」とされたからだとする。それでいいのかどうか理解不能で困っている。「たける」という日本語の意味を、どうして中国の王たちは「武」だと考えられたのだ ...
皇統譜の断絶
記紀では第21代雄略天皇のあとの22代清寧天皇に男子の継嗣がなく、継体大王まで、以下の諸天皇を挟んでその系譜を飛鳥王家につないである。これは、ある意味、飛鳥以後の奈良天皇家とのあいだの断絶を想像させる記事になっている。継体大王も、同じく、外からの人である ...
京都学・平安京千本六角堂へそ石の謎・秦河勝邸宅はいずこ
◆京都の要石「六角堂へそ石」 「多くの人や車が行き交う烏丸通から六角通を東に入る。間もなく現れる山門の奥に、静かな境内が広がる。ハトが群れをなし、せせらぎの音が心地よく響く。中央に建つ重厚な六角形の本堂が六角堂で、そのまま寺の愛称になった。 正式な名称は ...
もっとも近い国から古代史を観るのは当たり前の科学的手法
ポピュリスト、民族主義者でない限り、朝鮮とか中国といった隣国を大元として古代日本の源流を求めていくのは、当然の科学である。そこに、現在のその国が好きだとか嫌いだとはあってはならない。人類はアフリカで生まれ、中東を経て拡散し、10万年前に中国、6万年真に ...
熊本地震被災古墳一覧
被災直後の釜尾古墳 熊本地震で被災した熊本県内の古墳の状況を把握し、初期対応について話し合う有識者による検討委員会の第2回会合が昨年15日、県庁で開かれた。委員らは、比較検討に必要な過去のデータの集約と経過観察の重要性を確認した。その結果は以下の通り ...
南海トラフ大地震発生時の世帯数変化シュミレーション
東京大学と名古屋大学の研究グループは、東海沖を震源とする南海トラフの巨大地震が発生したあと、人口にどのような変動があるか、国の被害想定に加えて、各地の賃貸住宅の空き部屋の数、それに仮設住宅の供給予測などのデータを元に一時的に避難する世帯をシミュレーシ ...
お知らせ
ここに「友だち依頼」された方へ。一旦、依頼を削除してください。あなたがヤフー以外のサイト管理をしている場合、そこへのリンクを添えたメッセージを送ってください。もし管理サイトがない場合は、残念ながら友だちになはなれません。これはこのブログの方向性なので ...
地名と地形 神戸市わだみさき 兵庫の中の兵庫
和田岬は神戸港のある場所にある瀬戸内海に突き出す岬。対岸は淡路島。「わだ」は平安末期には「輪田」で、海岸線の地形が輪のように婉曲した場所だからと言うが、さて、そうした沿岸の婉曲した地形なら全国にあり、ここだけを輪田とするには少々弱い気がする。縄文海進 ...
人名考察「籠」のつく名前 かごは竹、海人、隼人、船乗り ある学園問題からの推論 産廃業と政治の古い癒着
最初に申し上げておくが、この記事は筆者の推理推測でしかなく、一般性は低い。感化されぬよう願う。筆者だけの、古代史から見えてくる、ある話題の土地問題解釈の一例でしかない。だれもこの視点で森友問題を解析していないので。●籠のつく人名一覧葛籠貫 つずらぬき t ...
生物考古学 『ムシの考古学』
考古学とはWikiによれば「考古学(こうこがく、英語:archaeology)は、人類が残した痕跡(例えば、遺物、遺構など)の研究を通し、人類の活動とその変化を研究する学問である。文字による記録以前(有史以前)の人類についての研究が注目されるが、文字による記録のある ...
江戸時代の西洋式火消しはさみと判明 160年不明だった道具
江戸時代の医師・緒方洪庵も分からなかった謎の物体の正体が明らかになった正体は、ろうそくの火を消すための「キャンドルスナッファー」だった全長18.5cm×幅3cmの金属製で先端がはさみのように開閉できる仕組みという(大分県日田市発西日本新聞)ちょっとコネタだが・・ ...
葛野大堰のあった位置とその構造
定説では葛野大堰のあった場所は桂川の渡月橋の東側沿岸だろうとされている。しかし筆者は最近、近所の大分川に作られている堰を歩いてみた。上流部分に段差堰があり、これで水流を弱め、川の真ん中の埋め立てた大きな洲によって水を二つに分け、手前の支流へ弱めた水を ...
京都 地名と歴史2 一口から観月橋・桃山御陵
八幡市から向島、桃山御陵へ行くには、京阪国道(旧国道1号線、現在は国道13号線)の八幡御幸橋を渡って桜の名所・背割堤(せわりてい)を左に見て木津川、あるいは少し先の宇治川の土手を右折し、土手を東へ進めば東一口(ひがしいもあらい)に達する。そこはかつての巨椋池( ...
やっぱり来ました地震
福島で大きな揺れが来たので、こっちにも来るなと昨日思っていたら、やはり来た。どうやらやはり、地震の揺れは一定の法則で玉突き現象を起こすようだ。我が意を得たりだった。震度4~3日向灘沖。 ...
ずぼらを決め込んでいたら宿題が山ほどできてしまった・金正男事件の真相、日本史最大のスキャンダル平安時代の『日本書紀』改ざん
京都の地名と歴史をたどっていこうと、じっくり長考に入り、まあ、そのうち書けばいいか、春だもの・・・なんてずぼらかっこいていたら、この二週間で、いろいろな興味深い、推理趣味をくすぐる大きな問題が現代、古代、日常の季節の移り代わり、さらに著名人の死などの ...









