理由は二つあるだろう。彼は高級官僚だった。そして彼は家族を持っていた。柳田の始めた民俗学は、被差別を冷徹に分析しつつも、いつも被差別を敬愛し、うらやむ自由人だととらえるところにあった。しかしいつの時代も、そのことそのものをとりあげることを、当事者は嫌 ...