音韻から地名を見分けようと言う論説の代表を貼り付けよう。《続・「真説古代史」拾遺篇》(118) 「倭人伝」中の倭語の読み方(61)「21国」の比定:(27)支惟国(その二) 「支惟国」の候補地として上がっている比定地のうち、「吉備国」は私の立場からは除外することになる ...
2015年04月
武内宿禰と山下影姫 伽耶王とアカル姫を反映か? 紀伊の大本は佐賀県
なにはともあれランクリを!!武内宿禰{紀}(たけしうちの・すくね 建内宿禰{記})「彦太忍信(ひこ・ふつ・おし)命が木の国造(紀氏・倭国造・大倭氏の祖)の祖である珍彦(うづひこ・椎根津彦=倭直・倭国造・大倭氏の祖)の妹、山下影姫(やまと・かげ・ひめ)を娶って生 ...
豊田トンド山古墳巨大石室と物部太媛とそして道鏡事件 おまけは京都大内裏裏話と河勝登場の裏
この記事の考古学部分を本日2015・5・2付で訂正しました。なお、宮地嶽神社古墳被葬者についてもあらたな発見があり、それも追加。この古墳についてはまた別途、記事にする予定。豊田トンド山被葬者については年代観では7初頭の人になり、さらに検証が必要としておきた ...
聖武と光明子・光明皇后の策謀 聖徳太子夢殿幽閉
参考文献 河内祥輔『古代政治史における天皇制の論理』増訂版 吉川弘文館 2014より聖武天皇といえば大仏建立であるが、皇位継承の特筆すべき改革秘話の持ち主でもある。それまで、記紀の記事から想定できる皇位継承条件には、1 天皇は死ぬまで皇位にある2 禅定は ...
秀吉の職能民優遇の裏側の歴史
昨夜はBS・TBSで「秀吉の巨石切り出し実験」番組があって、それから寝ようとしたら面白いのが続き(ブラタモリ金沢など)、最後は延々と大英博物館のエジプトミイラの話が始まってしまい、朝五時半から起きて、もう眠くてしょうがないのに、観てしまった。で、今朝は6時に ...
越えなければならないもの 民族の壁
歴史を知るために、ぼくたちが越えなければならない大きな壁がある。https://youtu.be/XquKlpYWPnUhttps://youtu.be/W6mI1xcfRtw?list=PL6Eo3XrDMBaEtuAu-JYHdmPL8H-NTqzQR客観でありながら、同時に主観を愛することである。両極を同じ次元で見ようとする努力と発想であ ...
コルカタ・インド博物館 欄楯(らんじゅん)
コルカタ・インド博物館 欄楯(らんじゅん)「らんじゅん」とは日本の座敷の欄間彫刻のようにレリーフをほどこした垣根。仏教寺院のストゥーパ(仏塔)の周囲に張り巡らせた垣根のこと。画像はコルカタ(かつてカルカッタと)の欄楯にある本生譚(ジャーカタ)をレリーフに彫っ ...
天孫降臨の地はどこだったか 神武東征と応神・ヤマトタケル東征の謎
天孫降臨の地として記紀は筑紫の日向の高千穂のくしふる峰と書く。その場所については諸説あり、九州王朝説は福岡県の日向峠をそれに当てる。しかしここは「ひゅうが」でも「ひむか」でもなく「ひなた」峠と呼ばれている。日向峠 ひなた・とうげ宇土庚申神社http://sora ...
小山田古墳・菖蒲池古墳 蘇我蝦夷墓か? 持統女帝の陰謀 和歌から見えるすべての謎 豪華おまけつき
当ブログ「大内陵墓盗人の記録「明月記」「実身+弓(さねみ)卿記」1」よりなぜ持統女帝の遺灰は盗掘時打ち捨てられたのか?再論天武棺と持統遺灰銀容器 飛鳥大内陵■持統の遺灰は捨てられた!藤原定家「明月記 めいげつき」に曰く。●「文暦二年(1235年)、三月 ...
欠史八代(けっしはちだい)・聖徳太子・煬帝 国家の立場から
書き忘れ。欠史八代(けっしはちだい、かつては闕史八代または缺史八代とも書いた)綏靖天皇 - 神渟名川耳天皇(かむぬなかわみみのすめらみこと)安寧天皇 - 磯城津彦玉手看天皇(しきつひこたまてみのすめらみこと)懿徳天皇 - 大日本彦耜友天皇(おおやまとひこすきと ...
地名「ひそ」と天武の吉野比曽寺と地名と水銀
『日本書紀』分析していた中で気になった地名がある。 奈良県吉野郡大淀町比曾(ひそ)である。天武天皇吉野隠棲の際、比曽寺に立ち寄っている。地名ひそ比曽樋曽ヒソ桧曽根ヒソネひそと言えば砒素であるが、もちろん当時、水銀の有毒成分である砒素という名前が知られて ...
神武天皇はアレクサンダー大王から作られた/日本神話の虚構と構造
神武天皇諡号 神倭伊波礼琵古命 かんやまと・いわれひこ・の・みこと始馭天下之天皇 はつくにしらす・すめらみこと生前名 若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、狹野尊(さの(ぬ)のみこと)、彦火火出見(ひこほほでみ)出身地 不明渡来地 北西九州中継地1肥後人吉 ...
神武東征記事の前にこれらを
この記事の前に過去記事を二つ転載してあります。そちらを読んでおいてください。また以下の過去記事もお読みください。心構えをしていただくためです。セルクナム(オナ)族 日本人にDNA類似の南米最南端民族5http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/55073807.html黒 ...
今月の気になった考古学ニュース・神武とニギハヤヒに関与するか?
神楽で霊慰める 高鍋・持田古墳群で厳粛に神事宮崎日日新聞 11月5日(火)12時12分配信 http://amd.c.yimg.jp/im_sigg5tCQgDLXSovMVeI3ci39_w---x133-y200-q90/amd/20131105-00001473-miyazaki-000-1-view.jpg ...
アレクサンダーと神武・奇妙な一致
※これは決して興味本位な内容ではありません。日本の神話に反映された西洋の伝説を誰が持ち込んだかの分析です。西欧の伝承としては聖徳太子伝説にキリストの聖書伝承がどうやらいくらか紛れ込んでいる可能性が高い。すると神武やツヌガアラシトなどの説話にアレクサンダー ...
あま 天・海 /邪馬台国などなかった
あま海・天・空海人・海士・海部・海女・白水郎・蜑尼亜麻甘雨あまのはら(天空)⇔わたのはら(海原) もろこしにて月を見てよみける 安 倍 仲 麿 あまの原ふりさけみれば かすがなるみかさの山にいでし月かも間人宿祢大浦の初月の歌二 ...
隅田八幡鏡偽物、継体虚構、日十王複製、上宮紀大嘘 ばらしたら国賊ですか?
本論の前に、先に蘇我氏の滅ぼしたという上宮という言葉について解説する。「上宮 かみつみや」とは厩戸の一家という意味である。蘇我馬子の妻は物部守屋の妹・大姫である。この女性は大変欲が強かったと思われる。守屋惨殺の背景に彼女が優柔不断な夫馬子をそそのかし ...
蘇我氏と八佾(やつら)の儛(まい) 禅定 草壁皇子は天智の私生児
『日本書紀』皇極元年是歳「蘇我大臣蝦夷、己が祖廟(おやのまつりや)を葛城の高宮に立てて、八佾の儛(やつらのまい)をす。遂に歌を作りて曰はく、 大和の 忍の広瀬を 渡らむと 足結手作り(あよひたづくり) 腰作らふも又、尽に国挙る(ふつくにこぞる)民、併て百八十 ...
三橋貴明の経済の考え方は古代史にも転用できそう?
【日本経済】戦後日本の情報の歪み(情報提供:三橋貴明) 期間限定放映 https://youtu.be/EHanBHr1kh0筆者は現代経済には興味はない。ただここで言っていることを「経済」を「古代史」に置き換えた場合、ほとんどぼくがやっている発想法と同じものであ ...
2015年春福岡県遠賀川流域古墳一般公開案内
福岡の装飾古墳専門家・蕨手さんのブログから転載します。2015年春福岡県遠賀川流域古墳一般公開案内http://blog.livedoor.jp/warabite/archives/cat_10003824.html熊本県の公開予定http://www.kofunkan.pref.kumamoto.jp/info/福岡県の公開予定http://www.crossroadfuku ...
水野祐王朝交替説から見えること
文献史学の偉大な先人・水野祐の王朝交替説は知らない人はいない斬新な説だった。あらましは、『日本書紀』皇統の中に和風諡号で「イリ」「ネコ」「ワケ」の三種類が大別でき、それぞれ別の王朝で、順じ豪族たちが交替して大王となってきたのであるという説である。もち ...
古代皇統・皇后の形成原理 だまされない古代史
Q; 先生は古代の天皇制について皇統の形成原理があるとして提示されておられます。簡単にご説明ください。 A;あくまでも『日本書紀』の話ですが、仁徳以降の古代天皇には明確な三つの皇統論理が描かれています。簡単に申せば、1 天皇や皇太子は20歳以上の成人が原 ...
白い雀 王 莽と蘇我氏
皇極元年(642)七月丙子「蘇我臣蝦夷がしとべ、白雀(しらすずめ)の子を獲(え)たり。是の日の同じ時に人有りて、白雀を以て籠(こ)に納れて蘇我大臣に送る」天武の時代には瑞祥は赤であるが、それは『日本書紀』では天武の一時期に限られ、常はほぼ白い動物が瑞祥とされてい ...
史書が虚構ならではあなたは何を頼りに過去を知る?
史書が虚構であることにあなたはいま、ようやく気づきました。では、果たして、日本古代の真実とはどうやって探し当てればいいのか?それは土の中にあります。細胞の中にあります。気の遠くなるような発掘と分析が、すでにこの国の先人先達の人々によって発見されて、研 ...
藤原宮子
●藤原宮子から見た、文武天皇との関係697(文武1)年8月20日 文武天皇の夫人となる。(文武天皇15才のときです)701(大宝1)年、首皇子(後の聖武天皇)を出産。出産後首皇子と面会することは無し。723(養老7)年、従二位。724(神亀1)年2月4日、子の首が即位(聖武天皇)。2月6 ...
応神~武烈・継体系譜の捏造
倉本一宏 『平安朝 皇位継承の闇』2014 角川選書よりさらに発展させて。●暴虐王記事という『日本書紀』天皇交代パターンについてこれは『日本書紀』だけには限らず、中国やローマ帝国ではいくらでも存在する定型パターンであるが、雄略紀の後半や武烈全般で、この天 ...
天武と劉邦 天智と項羽 赤色エレジー
天武と赤色、劉邦と赤色(項羽の白、天智の白)1 壬申の乱秋七月庚寅朔辛卯、「其の衆の近江の師と別け難きを恐りて、赤色を以て衣の上に着く」天武軍は近江軍と区別するために赤い衣を羽織った。このいくさのときから染色集団の長であろう置(染)始菟が参加している。三 ...
天武紀の「大納言」
恥ずかしながらこの数日間、辞書にいれている「にほんしょき」表記が『日本書記』に、何者かによって「改変されていた」ことに気がつかずにいた。『日本書紀』である。申し訳ない。恥ずかしい。大納言(だいなごん)は、「太政官に置かれた官職のひとつ。太政官において ...
壬申の乱戦場遺跡はない 初代天皇は持統 合言葉は金だった
●壬申の乱までのあらまし乙巳の変で蘇我氏本宗家を滅ぼした中大兄皇子はすぐには即位していない。即位したのは伯父の軽皇子(孝徳大王)であった。孝徳は、蘇我馬子らが形を作ったそれまでの倭国にはなかったグローバルな対外交易を簒奪するかっこうでこれを継承し、河内 ...
チェロキー族の早期帰順について
日本の古代史の隼人や蝦夷の帰順について、知っておくほうがいい事例として北米のチェロキー族のことは知っていたほうがいい。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%82%AD%E3%83%BCチェロキー族はネイティブアメリカン、つまりインディアンの中 ...

























