民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2013年09月

  雑能・三輪(みわ) されどもこの人。夜は来れども昼見えず。ある夜の睦言に。御身いかなる故により。かく年月を送る身の。昼をば何と烏羽玉の.夜ならで通い給わぬは.いと不審多き事なり。ただ同じくはとこしなえに。契りをこむべしとありしかば。彼の人答えいうよ ...

  ■「天網恢恢疎にして失わず」である老子曰く 「天網恢恢疎而不失」 てんもうかいかい、そにしてもらさず正しくは「疎にして漏らさず」ではなく「疎にして失わず」だったことが考古学で証明されている。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ●湖北 ...

 A 最新版考古学発掘による弥生時代のツクシ型送風管出土地から判断できる最古の製鉄遺跡分布図   ランクリ!    B 古代日本の炉型とその分布図C 日本古代の高炉様式       日本古代の製鉄工房遺跡1 鉱物石成分は花崗岩(みかげ石)中に存在する ...

   明治政府宮内省が陵墓、陵墓参考地だとしている日本の都府県である。古代史愛好家諸氏は、この分布図を見てどう思われただろうか?ちょっとおかしいのじゃないか?と感じなかっただろうか?天皇とは大和あるいは近畿地方に墓があるはずではないのか?そういう素朴 ...

  「「仏」をホトケと呼び始めたのは、どうやら物部守屋(もののべのもりや 弓削守屋とも ?~587)という人であったという。この人は神道派であり、政治的に対立していたのが、仏教擁護派の蘇我馬子(そがのうまこ=?~626?)や厩戸皇子(うまやとのみこ 後に聖徳 ...

 筑紫これを最古では「つくし」と読む。というのがこれまでの常識で、本当はどう読むのかについて言及した真摯な研究が無い。  筑紫の最古の文献登場は、『隋書』東夷伝の「俀」国伝である。ここには「竹斯国」とあり、これを「つくしのくに」と読むように日本の研究 ...

 日本酒のふるさと「はりま」の酒蔵を巡るツアーが好評  姫路市をはじめ21市町からなる「播磨広域連携協議会」は、観光施策の連携を大きな柱の一つとしています。 そこで注目したのが、共通の地域資源である「日本酒」だったのです。 日本には各地に酒処があります ...

  ●和歌山県隅田八幡人物画像鏡銘文癸未年八月日十大王年男弟王在意柴沙加宮時斯麻念長寿遣開中費直穢人今州利二人等取白上同二百旱作此竟  大意癸未(きび、みずのとひつじ)の年八月十日大王年、孚弟王(男弟王か?)が意柴沙加(おしさか)の宮におられる時、斯 ...

  風土記とは和銅六年(713・元明朝)五月に当時の国内各国にその地方の様子を詳細に記録し、天皇に差し出すように発令されて、各地で編纂された地誌、日本志・日本書。『古事記』成立翌年に発布された。(続日本紀)一般的に「播磨風土記」「出雲風土記」などと「 ...

 これは橋本雅之も書いていることだが、『播磨国風土記』には写本がひとつしかないという点である。これを「孤本」という。古代の記録や史書はすべてが原本が消失し、あるのはすべて写本であるが、いずれも複数写本があって、比較検討が可能である。しかし播磨国の古風 ...

   石川県能美市の能美古墳群にある国指定史跡「和田山・末寺(まつじ)山古墳群」から出土した古墳時代中期(5世紀末)の須恵器2個に、「未」「二年」の文字が刻まれていたことが分かり、同市教育委員会が19日、発表した。文字が確認できた須恵器では国内最古と ...

    月夜よし 川音さやけし いざここに                          行くも行かぬも 遊びて行かむ                                    (万4-571) 大伴四綱か?  つくよよし かほとさやけし  ...

 石の宝殿のある高砂市を含む印南郡はもと「いなびのこほり」である。「いなび」がつづまって「いなみ」「いんなみ」。そのいなびとは「稲日」である。芦屋道満・宮本武蔵・山片蟠桃出身地。稲日野(いなびぬ)も行き過ぎかてに思へれば心恋しき加古の島見ゆ  柿本人麻 ...

  播磨国風土記印南郡「原南有作石 形如屋 長二丈 廣一丈五尺 高亦如之 名號曰 大石 傳云 聖徳王御世 廄戶 弓削大連 守屋 所造之石也」 原の南に作り石あり。形、屋の如し。長さ二丈(つえ)、廣さ一丈五尺(さか、尺または咫)、高さもかくの如し。名號を大石といふ ...

   『常陸国風土記』だけはヤマトタケルを天皇として数々のエピソードを記録している。 「倭武天皇の威武に人々が服したので天皇と称した」(西野宣明)「多くの東国来訪したタケル=勇者をひとりの天皇として擬人化した」「常陸国の壬生氏が自前の皇子をヤマトタケ ...

 http://youtu.be/mVw5HKanadw 縄文海進を観た  このアイロニーに富んだ世界  人の英知などと「軽口」だと知った。  しかし日本人は笑い    福島に比べれば、がんばれば元に戻せると     けなげにもまた立ち上がる      人 いとおしきもの  が ...

 Yahoo公開ファイルに装飾古墳コレクションが復活しました。以前までYahooフォトアルバムで公開していたファイルですが、一年間ほど移動するのを忘れておりましたら、ヤフーさんが自動的に別アカウントの未使用公開ファイルの方へフォトアルバム終了で自動移 ...

  ナイスもいいけどランクリを!ランクリタグ各種歴史カテゴリー3位から11位に急降下していますご協力を!!                ...

 ランキング大幅ダウンしてますナイスよりランキングクリックを!↓  ↓  ↓                                        記事により各種ボタンデザインを使い分けております      「飯田武郷は,『日本書紀通釈(畝傍 ...

「生野と号(なづ)くる所以(ゆえ)は、昔、此処に荒ぶる神ありて、往来の人を半ば殺しき。此に由りて、死野(しの)と号く。以後、品太天皇、勅りたまひしく「ここは悪しき名となす」とのりたまひて、改めて生野(いくの)となせり」『播磨国風土記』神前郡地名の悪名 ...

 このCMは頭にこびりついて困る。http://youtu.be/V0O5R_wJKTg   史上、頸を切られた叛逆人と断罪された蘇我入鹿を、CMに使ったというのが、まず肯首に値する。 素晴らしい快挙と言える。     ま、とにかくおもろい。     そんなのいるか~~~?この ...

 さて、このように見てくるとわれわれ日本人の霊的観念の造り上げ方には、ひとつのパターンがあることに気がつくはずだ。  日本人の矛盾にあふれる生き方の答えがここにある。     残虐無道に蘇我入鹿は斬首された。その断罪には冷酷で、科学性がある選択だった ...

    立春から数えて二百十日めである。 二百十日は台風襲来の特異日とされ、奈良県大和神社で二百 十日前3日に行う「風鎮祭」、富山県富山市の「おわら風の盆」など、各地で風鎮めの祭りが執り行われる。  持統天皇紀「「五年(691年)八月、長雨が続いたため使者 ...

  東遷に随行した従者名「先代旧事本紀」による。●三十二人をして、並びに防衛と為し天降し供へ奉らしむ ○天香語山命:尾張連等祖=饒速日尊の御子○天鈿売命:猿女君等祖○天太王命:忌部首等祖○天児屋命:中臣連等祖○天櫛玉命:鴨県主等祖○天道根命:川瀬造等 ...

 森浩一著『敗者の古代史』記紀を読み直し、地域の歴史を掘り起こす中経出版2013年6月  目次 ①饒速日命②タケハヤニス王③狭穂姫④熊襲の八十梟帥⑤忍熊王(劔御子)⑥市辺忍齒王⑦菟道稚郎子⑧両面宿儺⑨墨江中王⑩大日下王⑪市辺忍齒別王⑫筑紫君岩井⑬物部守 ...

 天照御魂信仰が太陽光を意識していることを図説する。「あまてるみたま」とは神格であって人格ではなく、それは客観的科学観を踏まえた信仰である。その共通性は海洋民族に独自のものであろう。                             http://luna ...

 全国に天照御魂神社というのものがある。 「あまてるみたま」とは一体なんだろうか?  溝口という女性学者はアマテラス神とは当初から女神だったのが、政治的に男神になったのfだと力説するのだが、多くの歴史学者は、太陽の陽とは中国でもどこでも男性であって、 ...

   須恵器(器・硬質土器)須恵器は朝鮮半島の陶質土器の系統に属し、その影響は初期の器形に色濃く表れている。須恵器の登場は日本陶磁史における最初の技術革新であった。すなわち、窖窯の採用、轆轤成形による量産、高火度の還元焔焼成などである。こうした朝鮮半 ...

 ちょっと尾張氏のことでいっぱいである。少し時間ちょうだい。まいね。すぐ戻る。  ...

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