民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2013年08月

 阿蘇山麓中通古墳群    ◆阿蘇神社 名神大社、888年以後は大神宝使発遣対象社。 第7代孝霊天皇御代 孝霊9年(紀元前281年)6月勅命により、神武天皇の御子である神八井耳命 (カムヤイミミノミコト)のまた御子である健磐龍命(タケイワタツノミコト) ...

 阿蘇氏と一言で言っても、鷹の羽紋を調べれば山ほど出てくる。類似家紋が多いのは、それだけ古代以後に阿蘇氏とのえにしを結んだ無縁氏族が多かった、つまりそれだけ阿蘇氏が往古から有力豪族だったということの証明になる。       もういちど前章の氏族分析の ...

  「一般論としていえば、系図は、①長い年代・期間に何度かにわたり書き継がれたか、②長い年代に活動した多くの人々の人間関係を所伝史料を基にしてある一時期にまとめて書き表されたか、さらには①②併せた事情がある、というものである。そのため、どの家、どの社 ...

 <遺跡>ローマガラスに似たガラス玉出土 福岡 福岡県宗像市は26日、同市田久の田久瓜ケ坂(たくうりがさか)遺跡の円墳(6世紀中ごろ)から出土したガラス玉(直径5ミリ)を分析した結果、古代ローマ帝国領内で製造されたローマガラスの特徴を持つことが分かっ ...

 筆者の出身地である大分県は「おおいた」と読むが、『豊後國風土記』では景行天皇が訪問して「よろしく碩田国(おおきた)と名づくべし」とあって、もとは「おほきだ」であったらしい。 「おおきた」が訓である。 「おお=きた」に分解すると、おお=大、きた=分と ...

 野津古墳群にほど近いところにこの古墳はある。その大きさは128メートルで熊本県最大だったことがわかり、肥後国司クラスの墓だといよいよわかってきた。残念なことだが、戦前、この石室はオープンで、森に囲まれていたために、浮浪者?たちが住処にし、中で火を使 ...

   青●=地下式板石石室墓  ピンク●=免田式土器      熊本県の南部地区を代表する弥生土器の型式に『免田式土器(めんだしきどき)』がある。大正7(1918)年、免田西下乙字本目の源ヶ屋敷(げんがやしき)から出土し、町名が命名された。免田式土器(めんだしき ...

          高島市安曇川町上御殿遺跡出土鋳型によるレプリカhttp://uminohakata.at.webry.info/201308/article_5.html         慶応大学所蔵伝中国製触角付有柄式銅剣            佐賀県柏崎遺跡出土          韓国ソウル市中 ...

 別府の古墳だからサルと温泉タグだよ  大分県別府市上人鬼ノ岩屋古墳2号墳石室 推定編年6世紀後半 小田富士夫『古代九州と東アジア』より  この部分が奥室?    蕨手氏撮影  円紋   蕨手氏撮影           奥壁の唐草?絵柄はすっかり退色し ...

 奈良県飛鳥で発見された亀石遺物などを含む飛鳥遺構は導水施設であり、その高台に置かれた酒船石は、導水施設模型であることはもう明白となったと言っていいだろう。              飛鳥酒船石遺跡の導水施設 素材は花崗岩               ...

                        ◆肥君猪手(ひのきみいで)の家系図大宝二年・正倉院文書戸籍・筑紫國嶋郡川邊里戸籍・大領「戸主・追正八位上勲十等肥君猪手」総数124人古墳時代終末期702年(飛鳥時代)の九州の父性制度の代表パターンである ...

 不老長生という言葉が中国にある。養生という言葉もある。 スポーツ活動と心筋症(突然死を含む)http://www.tanabe-clinic.or.jp/archives/250「重量挙げ、レスリング、砲丸投げなどの静的運動(等尺運動ともいいます。いわゆる筋肉トレーニングが主体の運動です。) ...

    勝川俊雄 公式サイト漁業について語ります。Home > 特集 > 水産物の放射能汚染から身を守るために、消費者が知っておくべきこと(一部は紙面の容量のつごうで割愛しています。原典にあたってください)水産物の放射能汚染から身を守るために、消費者が知っておく ...

                       封泥            出展 「邪馬台国九州と近畿」 2010年平成22年 九州国立博物館トピック展・大阪府立弥生文化博物館共通資料   Kawakatu’s HP マジカルミステリーコレクション渡来と ...

「敏達十三年(584)秋九月 百済より鹿深臣きたり、弥勒石仏一躯あり」『日本書紀』敏達天皇13年(584年)百済から来た鹿深臣が石像一体、佐伯連が仏像一体を持っていた。それを馬子が請うてもらい受け、司馬達等と池邊氷田を派遣して修行者を探させたところ、播磨国 ...

ナイスよりランキング   すべて古代史に関係する重要資料であるが、ほとんどの歴史好きと自称する人種が、まったく省みようとしない地図あれこれ  あなたのひまな時間をうっちゃるための楽しい地図各種 じっと見ていれば古代史ヒントが「あっ!」と見えてくること ...

ランキングタグを押さないで帰る人は来なくていいです。ファンからも友だちからも切り捨てます。      物部氏の痕跡は生駒山山麓に、南北に長く広がる。南は八尾市・堺市といういわゆる南河内一帯~北は枚方市・交野市にまで連なる。 南の核は石切剣矢神社である ...

 日下部氏は、9代開化天皇の皇子・彦坐命の子、狭穂彦命の後(日下部連・甲斐国造)とも、吉備氏の大吉備津彦命の子の大屋田根子命の後とも、16代仁徳天皇の皇子、大草香・若草香王の御名代部ともいわれ、各地に存在するのだが、実態のつかめない謎の氏族である。しかし ...

 香春岳右手前から奥へ一の岳・二の岳・三の岳三の岳には採銅所と豊比売を祀る古宮八幡がある鷹巣の森が見える一の岳は石灰岩を切り出されて半分以下になっているがこの麓には香春神社と鏡山・河内王古墳が存在する秦氏の新羅神である息長帯大姫大目命を祀る。  九州 ...

ネックレスに鉄隕石ビーズ=古代エジプト遺跡で発掘-ロンドン大     1911年に古代エジプト遺跡から発掘されたネックレス。金やめのうなどのビーズのほか、腐食した鉄のビーズ(写真中央)が含まれていたが、材料は鉄隕石(いんせき)だったと英ロンドン大チーム ...

  ◆大阪府八尾市弓削神社「本日訪れたのは、弓の制作を専業とする弓削部(ゆげべ)を統括していた古代氏族・弓削氏(ゆげうじ)が氏神を祀ったとされる弓削神社である。さらに足をのばして、称徳天皇・弓削道鏡時代に平城京に対する西の京として造営された旧蹟の跡に ...

  転載不可  免田(あさぎり町)には金鍍金鏡が出た才園古墳(さいぞんこふん)があり、熊襲が決して記紀が書くような蛮族だったわけではないことを森浩一も口を酸っぱくして書いている。同様に、日田だんわら古墳では、日本に一枚しかない金銀鉄鏡が。その理由はこ ...

  福岡県朝倉の高木神社群のひとつ http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/kyusyu1201.htmこのサイトは渡来人研究会。かわかつ、くくち、わらびて、とらいじんの四人で一昨年いった九州紀行の記事である。 「なるほど英彦山も高木神なのですね。実は昨年、朝倉の旧 ...

 『日本書紀』には出てこずに『古事記』にだけ高木神という神が出てくる。別名は高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、『日本書紀』では高皇産霊神と書かれる。 『日本書紀』は高木神がタカミムスヒであるとは書いていない。書いていないということは『古事記』は中国 ...

   播磨平野印南野の麦秋    いなみの【印南野】  「兵庫県南部,明石川,加古川,美囊(みのう)川に囲まれた三角形状の台地で,東西約20km,南北約15kmにわたって広がっている。〈いんなみの〉とも呼び,かつては伊奈美野,稲日野とも書いた。播磨町の大中遺跡 ...

 「古くから京の北部(現在の北区)に広がる7カ所の野をいった。内野、北野、平野、点野、紫野、蓮台野、上野の7カ所だが、うち現在も地名として残っているのは5カ所。もともと七野という地名はないが、七野の神を集め祭った総社として、紫野の近くに櫟谷七野神社がある ...

 ◆渡来遺伝子分布地参考資料1「酒豪遺伝子」アセトアルデヒド分解酵素遺伝子の分布 アセトアルデヒド分解酵素活性型遺伝子を両親から受け継いだ人(酒豪遺伝子)の割合が多い県民順位 1 秋田     11 山形    20 山梨    31 佐賀    41 広島 2 岩手   ...

 日本の、大半の神とは祟り神である。敗北者の霊魂こそが地祇である。それを祟らぬように社に封じ込めることを「鎮魂」と言う。しかるに、靖国の後戸に納められている戦犯の霊魂もまた祟り神だ。それが「二度と出てこぬように祀る」ことは、そもそも祭りの本義であり、 ...

 米の文字は「コメ」よりも古くは「ヨネ」。コメとは「小芽」。クメールとは無関係。http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/55118104.html?vitality 長江上流域の舟形木棺と日本の舟形木棺は同根。   禾偏は最初はアワのこと。「禾」は今は「コメ」を示すと多くの ...

 これまで書いてきたことの復習である。思いつくままにいくつかをまとめておきたい。肉体が衰弱する前に。^m^;  古代中国の印鑑は陰刻である。金印・王璽などすべて陰刻になっている。現在の判子のほとんどは陽刻になっている。陰刻とは文字そのものを彫ってある ...

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