Kawakatuが考える古代学の基礎はやはり森浩一氏の古代学を手本にしているけれど、それ以前は、もっと科学する方向に向いていた。例えば地質・地形・鉱物分布・鉄の歴史・海流などなどの理科系分析表(そのほとんどは古代の資料ではなく現代の、古くともせいぜい明治時 ...
2013年04月
ユネスコ登録か!記念 来訪神・まれびとの祭り一覧・改訂版・パーントゥ・シロマタ・シラヤマなど
南島的来訪神(精霊信仰)の祭り琉球諸島●マユンガナシ(川平島・石垣島群星御嶽)https://kotobank.jp/word/%E3%83%9E%E3%83%A6%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%8A%E3%82%B7-1420568●アカマタ・クロマタ・シロマタ(八重山諸島)http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/506 ...
息長氏異聞その3南山城・播磨・科長
http://music.geocities.jp/mtaketoshijp/newpage9.htm◆南山代(みなみやましろ)の息長伝承 古代の南山代(みなみやましろ/山背)の息長伝承について京田辺市の普賢寺に(1441)嘉吉元年の普賢寺補略録から、その息長関連要旨のみを抽出してみました。 普賢寺 在ニ同州綴 ...
息長氏異聞その2 筑紫と日本海と神功皇后
●九州の伝承地と伝承 ・ 豊前国鹿春郷(とよくにの・みちのくち・かはら(かわら)のさと)(『豊前国風土記』逸文) ・ 豊前国鏡山(豊前国風土記逸文) 上に同じ ・ 穴門ノ豊浦ノ津(あなとの・とゆらの・つ) 山口県下関市長府宮の内町1-18 式内忌宮(いみのみや)神 ...
息長氏異聞その1オシサカ
伝承地の息長氏サイトから転載 ●忍坂の息長伝承 奈良縣櫻井市忍坂の初見記事は「記紀」の神武東征神話の舞台として語られ、神武天皇が九州より東征のおり生駒越を那賀須泥毗古(ながすねひこ)に阻まれ、熊野からの迂回路を取ったとき宇陀から、現在の忍坂街道(伊勢街 ...
木の下に家があったから姓名にした氏族というルール
木下藤吉郎(豊臣秀吉)・・・『太閤素性記』によると、尾張国愛知(えち)郡中村郷中中村(現在の名古屋市中村区)で、足軽と伝えられる木下弥右衛門・なか(のちの大政所)の子として生まれた。弥右衛門の素性には諸説がある。竹中重門の『豊鑑』では、中村郷の下層 ...
大和と九州・そもそも出自が別・ついでになぜ今靖国にこだわるのか?
そもそもから始まりの出自が違っていたものを、記紀はひとつの系譜で一本だと強引につなぎ合わせた。 日本海には筑紫、豊、出雲、丹後、若狭、気比、越・・・瀬戸内には吉備・播磨・讃岐・淡路・紀伊とそれぞれ特徴的物産と祭祀様式を独自に持って海外とつきあって ...
前方後円墳の源流はスキタイ・匈奴・高句麗の積石塚にあり ノイン・ウラ古墳群
◆四隅突出型墳丘墓と高句麗積石塚内モンゴルウランバートル オラーン・オーシング遺跡に見られる「1号ヘレクスルKh-1」 「日本海沿岸の出雲や越を中心に、弥生時代から古墳時代にかけて見られる四隅突出(しぐうとっしゅつ)墳も、朝鮮半島をはじめとして ...
驚天動地の天皇系図その2
ええか、おぬしら、天皇系図は歴史上の断裂を無理やりつないであるのだぞ。 前回は大きく三段階に切り分けて、初代から貫通する大和での二大家系・・・葛城系譜と息長系譜の合体による大王家持ち上げ系図の構造を見てもらった。しかし記紀に書いている大王の系譜とは、 ...
古代史がひっくり返る大どんでん返し息長天皇系図
驚天動地の解説継体天皇諱はヲホド。『日本書紀』では男大迹王(をほどのおおきみ)、『古事記』では袁本杼命(をほどのみこと)と記される。また、『筑後国風土記』逸文に「雄大迹天皇(をほどのすめらみこと)」、『上宮記』逸文に乎富等大公王(をほどの ...
神武天皇陵決定の裏話
そもそも神武天皇陵はどこにあるか、諸氏はご存知であろうか?実は筆者はそんなものなど存在しないとずっと思っていた。なぜなら想像の人物に墓などあるはずがないからだが、考えてみたら神功皇后でさえちゃんと古墳がある(五社神古墳)。ならば無内相・・・じゃなく ...
狗奴国東遷説・応神天皇東遷説
◆狗奴国東遷説「(『三国志』の)『魏志』東夷伝倭人条(講談社学術文庫)によれば、狗奴国は国王・卑弥弓呼(ひみここ)を擁し、その北にあって邪馬台国の女王・卑弥呼を盟主とする三十ヶ国連合と対峙していた。正始八年(248)狗奴国と邪馬台国とは戦闘状態に ...
神武天皇卑弥弓呼説・応神天皇卑弥弓呼説その1
「次に筑紫島を生みき。此の島も亦、身一つにして面四つ有り。面毎に名有り。故、筑紫国は白日別(しらひわけ)と謂ひ、豊国(とよくに)は豊日別(とよひわけ)と謂ひ、肥国(ひのくに)は建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)と謂ひ、熊曽国( ...
日本列島人の来訪
「人骨の研究に関しては、一九二四年に京都大学教授の清野謙次が、サハリンにある鈴谷貝塚を調査し、出土した人骨について『日本原人の研究」に記しているのが最初である(清野、一九二五)。 第二次世界大戦後、網走のモヨロ貝塚から出土した多数の人骨を北海道 ...
ナスカの新たな地上絵?どう見てもゆるキャラ、大丈夫か?山形大
◆新たに二つの地上絵=ナスカ、人物か―山形大時事通信 4月12日(金)16時23分配信 ペルー南部の世界遺産「ナスカの地上絵」で知られるナスカ台地で、新たに人物とみられる二つの地上絵を発見したと山形大人文学部の坂井正人教授(文化人類学・アンデス考古学)ら ...
最古の煮炊き使用の縄文土器 北海道で ネイチャー電子版も
画像出展写真ニュース http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0411/7202569034/jj_expansion_photo.html◆縄文人がサケ煮炊きか 「世界最古の調理の跡」TBS系(JNN) 4月11日(木)19時15分配信 縄文時代のごく初期、今から1万5000年前に作られた土器から、「 ...
聖地、そしてへたをうったと思った瞬間
40代中盤からぼくは持っている金のほとんどを”聖地”めぐりに費やした。沖縄を除く多くの禁則地、うらどをへ巡った。 例えば奈良県の大神神社、宮崎県の銀鏡神社・西都原古墳群、京都の稲荷山の裏側、福井県の気比神宮、島根県の加賀のくげど、岐阜県境の白山神宮 ...
特集7 邪馬台国決定の邪魔になる「伝世」
考古学資料で一番困るものは「伝世品」である。何世代か経った後に埋蔵されるものは、いったいどの時代の製造品に指定すればいいのか、常に意見が分かれる。 中でも鉄製品は腐食もはげしく、年代扱いでは難しい。 しかし紀年銘文が入った伝世品は、ある程度その製 ...
特集6 卑弥呼は曹操を知っていた!割れない鏡に卑弥呼大いに悩む 日本の三国志ファンは三国志のファンではない 東大寺山鉄剣の重大さ
さて、前回は倭人伝の道程距離が政治的な理由から書き換えられたことを論じた。 その理由とは、大陸の政治事情である。曹操死後、魏が最終的に勝利し、正統王朝漢の後継者に決まったことで東アジアの政情は一旦落ち着くことになる。そこで邪馬台国を初めとする数ある ...
Kawakatu プロフィール
Kawakatuのプロフィール 大分舞鶴高校卒龍谷大学文学部文学科国文学専攻卒1955年大分市生まれ20年間京都・大阪で生活・車での出張で日本各地を巡る父母の老衰で大分へUターンし、その後自営業(店舗経営と歴史ガイド)全国史跡の要所を巡る著書『秦氏が祭る神の ...
特集5 邪馬台国が生まれるまでに何種類もの渡来があった
「西日本の縄文晩期後半の突帯文土器を出土する遺跡(縄文系)と、朝鮮系無紋土器や初期の遠賀川系土器を出土する遺跡(弥生系)をみると、 ・まったく棲み分けている場合と、・圧倒的に多量の縄文系に少数の弥生系がともなう遺跡、・圧倒的に多量の弥生系に少量の ...
特集4 邪馬台国道程記事の解き方/遠賀川式土器と海人の道/投馬国=富山説
◆方向がおかしいのか、距離がおかしいのか?倭人伝の道程記事は大和説では宇美からの方向が書き間違い、九州説では距離が書き間違いだと、それぞれ水掛論している。これではいっこうに答えが出るはずはない。双方が納得しているのは伊都国・奴国までで、あとは ...
天逆鉾・征服者勝利の印
今月の言葉「夜中に来る奴はほんとにクリックしやがらねえ。夜討ち朝駆けだよまったく・・・」某ブロガー 鹿児島県高千穂峰頂上の天逆鉾 古代~中世神話における「剣を逆さまに突き立てる行為」とは征服するぞの意思表示●武甕槌 たけみかづち(藤原氏の ...
特集3・墓制から邪馬台国を考える
50万アクセス感謝シリーズの3であります。墓制から考える邪馬台国・・・弥生時代 これまで約八年間の調査では、いくつかのこれまでの弥生時代に関するコモンセンス(常識・定説)はかなり覆されていることは、まじめな古代史ファンなら誰だって知っている。 例え ...
「末の松山波越さじ」とはそうだったのか
契りきな かたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは 清原元輔 後拾遺 珍しく夜中に起きている。昨夜のNHKで上の百人一首の和歌のことをやっていた。地震予知に関する番組である。 この和歌は清少納言の父親である清原元輔(きよはら ...
象嵌銘文入り鉄剣出土地一覧
古墳様式の分析の前に、鉄剣を忘れないように書いておく。 邪馬台国を銅鏡から考察する研究は山ほどあるが、「魏志」倭人伝が一緒にもらったと書いてある鉄剣二口から考察する人はまれである。鉄剣はさびやすく、伝世も多い品なので、これがと特定するのが難しいから ...
遠賀川式土器の移動と早期水田伝播から見えるもの・50万アクセス感謝記事
50万アクセスにぽちっとな! ◆遠賀川式土器の移動と早期水田伝播から見えるもの「遠賀川式土器(おんががわしきどき)は、西日本に分布する弥生時代前期の土器の総称。九州から西日本に広く分布し、それが初期の水田稲作の西から東への伝播(でんぱ)の指標とされ、西 ...
謎の多氏は秦氏か?邪馬台国を解明する唯一画期的理論
「『日本書紀』のツヌガアラシト説話の直後には天日槍(天日矛)なる人物が半島のもう一つの国・新羅から渡来した話が載せられているが、『古事記』のなかでヒボコはなぜか『日本書紀』のツヌガアラシトと同一視されている。通説でも、伽耶王子ツヌガアラシト ...




























