民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2012年06月

『日本書紀』大化元年 六月乙卯With2ブログランキングへ皇極四年(六四五)六月乙卯一九・乙卯 天皇・皇祖母尊・皇太子於大槻樹之下召・集羣臣、盟曰告天神・地祇曰「天覆、地載。帝道唯一。而末代澆薄、君臣失序。皇天假手於我、誅・殄暴逆。今共瀝心血。而自今以後 ...

秦氏を研究して見えてきたことは、「氏族」というものの姿だった。それは血縁的な集団ではないのであり、縦型の階級世界だということ。氏を名乗る支配者層がいて、その下に部民がおり、その部民を管理する「おさ」・・・「人」と言う・・・が中間にいる。秦氏ならば、秦氏・ ...

夏休みなので、既存の解読記事をお子様向け・初心者向けにしてみたい。With2ブログランキングへ●ヒントはおおさき・おおさけ各地にある「大崎地名は「おおさけ」でオオカミ、犬、キツネを表す。つまり稲荷信仰の民間伝説地名である。またそれは「大辟」でもあって、秦 ...

ウイグルには今と昔がある。今、中国最西端を新疆ウイグル自治区と呼ぶが、そもそも彼らには自分たちを呼ぶ呼称がなかった。それで西欧の学者の銘銘である「ウイグル」を取り入れた経緯がある。古きウイグル民族ははるかカスピ海周辺にいた民族である。今の新疆には彼らの子 ...

With2ブログランキングへ◆蘇我氏1 武内宿禰子孫(内臣(うちつおみ))の系譜2 その居住地3 蘇我氏系図参考資料 黛 弘道編 『古代を考える 蘇我氏と古代国家』吉川弘文館 2012・・・・・・・・・・・・・・・筆者の考え1 葛城一族の祖・武内宿禰は祖 ...

With2ブログランキングへ「皇学館大学の田中卓教授は、「田中卓著作集2」所収「古代出雲攷:日本国家の成立と諸氏族」で、出雲族の根拠地はかって大和であり、出雲は、出雲族が追われた場所である、とする説を述べている。又、梅原猛氏は集英社刊「神々の流竄(るざん ...

       ◆竹にまつわるお話 ●まずは入りやすい「竹山の神様は女」から始めよう。 「竹細工の先生によると山に入ってはいけない日があるそうです。それは十六夜(イザヨイ=満月の翌日)です。何故かというとその日は山の神様が降りてくる日だからだそうです。 ...

かつて住んでいた京都市南部から綴喜郡・相楽郡を、遠くから眺めつつ、大阪府に住む代行者ダダさんに巡っていただいた。    筒木の「つつき」は筒状の木だから「竹」由来地名であろう。竹が繁茂していたので筒木。それが宮ができてから筒城に変化。その地名を名にし ...

With2ブログランキングへ●黄文画師本実と法隆寺壁画・高松塚・キトラ壁画は同系統 「飛鳥時代、朝鮮半島出身の渡来系絵師集団が数多く活躍していた。日本書紀によると、「黄文画師(きぶみのえし)」と「山背画師」があったという。◆檜隈(前)と渡来人●東漢氏(や ...

With2ブログランキングへ歴史から隠された渤海使と新羅使1 渤海使●渤海国「渤海(ぼっかい、698年[1] - 926年)は、満洲から朝鮮半島北部、現ロシアの沿海地方にかけて、かつて存在した国家。大祚栄により建国され、周囲との交易で栄え、唐からは「海東の盛国」(『 ...

With2ブログランキングへ◆東南陸行五百里到伊都国の謎「磁石のない時代、これらの方角は何によって決めたのであろうか。「北極星が北を指す」、北極星は日中の旅程の方角としては役に立たない。「日の出る方向が東、日の沈む方向が西」、日の出、日の入りの方向が日中 ...

かさぶたぶろぐ http://blogs.yahoo.co.jp/hopi519/MYBLOG/yblog.htmlこの管理者はもともと貝の専門家ですが、筆者が葛城記事をしきりに書くため、ついに感化されて?奈良県葛城まで行ってしまった・・・熱心なファンです。しかし直接行ってきてのふんだんな画像は迫力と臨 ...

「奈良県御所市室の宮山古墳(前方後円墳・全長238m)は古来「室大墓」と称され、武内宿禰の墳墓とする伝承があるが、その子の葛城襲津彦の墓とも言われ、その場合は宮山古墳より少し前に造られた巣山古墳が武内宿禰の墓の可能性が高くなる。『因幡国風土記』逸文には、360歳 ...

With2ブログランキングへ日本人には出アフリカ三大遺伝子のすべてが混在している。http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/50526243.html日本人は地域によっても、遺伝子DNAの割合が全部違う。http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/51860966.html?type=folderlist日 ...

With2ブログランキングへ前の記事の支石墓派生地について、では世界に広がるこの海洋民的な墓制は、白水郎の本拠地だった中国南部海岸地域には本当にあるのか?を検証したい。世界の支石墓(ドルメン)分布図◆支石墓とは、その分布域は?「支石墓(しせきぼ)は、ドル ...

With2ブログランキングへ◆1 甕棺発生地を特定する北部九州の「西側」つまり北西九州に多い甕棺埋葬。その風習は弥生時代以前から来ている人々がいて、佐賀県や長崎県、そして福岡県の「那珂川の西側(最近東側奴国でもいくらか見つかった)を中心に、その世界的な派 ...

With2ブログランキングへ◆北部九州と近畿の地形の類似邪馬台国九州説で一貫してきた安本美典(みのり)氏は、ずいぶん前に、北部九州と畿内大和周辺の地名と位置関係がリンクしているとして、一時センセーションを巻き起こしたことは記憶に新しい。そしてこれこそが邪 ...

With2ブログランキングへ◆『日本書紀』神功皇后摂政紀にある倭の女王朝貢記事 ●1 己未239神功39年、是歳也大歳己未。(魏志云。明帝景初三年六 月。倭女王遣二大夫難斗米等一詣レ郡。求下詣二天子一朝獻上。太守劉夏遣レ使將送詣 二京都一也。)  ●2 庚申 ...

With2ブログランキングへ●では全国宇智地名とその子孫である山代内臣について調査してみよう。この探索の大元である森浩一氏の一文から再検証しよう。「ぼくが関心を持つのは、山城の大住郷の北に隣接して有智(内)郷があり、大和の阿陁郷は宇智(内、有智)郡内にあ ...

With2ブログランキングへ◆氏族「うち」(内・有智・宇智)●甘美内宿禰  味師内宿禰  うましうちの・すくね 甘美内(『日本書紀』)「・第8代と伝えられる孝元天皇の皇子である比古布都押之信命を父とし,葛城之高千那毘売を母とすると伝える。 ・景行天皇から仁 ...

With2ブログランキングへ答えは「ない」だろう。全国各地の前方後円墳のレイアウトはばらばらで、どう見てもその向きに何かの意味があったとはいえないのが現状である。ただし石室はとなると、多くが古墳自体の向きや、前方や後円部にはこだわらずに、北西へ頭部を向け ...

With2ブログランキングへ1 纒向型前方後円墳の大和中央政権による全国許可説は、かつての小林行雄神獣鏡分配説の形を変えた踏襲でしかないのではないか?神獣鏡同笵鏡理論は破綻していることを纒向発掘者はちゃんと述べている。にも関わらず、あいかわらず三角縁獣神 ...

With2ブログランキングへ◆日本人ルーツ全候補地序論日本列島にやってきた人々の現代における考察可能な全ての候補地を時代を追って総覧する。日本列島に初めて人類が登場したのは、今から4~3万年前頃だと言われている。最初の「日本人」がどこから来たかについては ...

With2ブログランキングへ●灰吹き法「灰吹法の技術の歴史は非常に古く、西アジアでおよそ紀元前2000年くらいからあるとされているが、この技術が日本に伝えられたのはなぜか非常に遅く、記録によると戦国時代の1533年に博多の豪商である神谷寿禎が朝鮮の桂寿、宗丹を日 ...

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