「おい、これいくらになる?」百姓秀治と喜平はミズノミであったが、食えないご時世ゆえに仕方なく古墳の盗掘を得意にした。いつものように奴の津界隈をうろついていたが、ふらふらと志賀島まで舟で渡ってしまったのだ。「なにしろ黒田の殿様のところの儒学者さまが金印っち ...
2011年10月
学問を滅ぼす学者馬鹿考
押せば順位がひとつあがります ↓ ↓With2ブログランキングへ↑ ↑ ↑blogramランキング参加中!歴史好事家・考古学好事家諸氏の中には、博物館や埋蔵物センターなどに出向いたときに、そこの学芸員や研究者、あるいはときに大学教授先生さまたちの、あま ...
ついでに卑弥呼の金印・銀印はなぜ出てこないのか
押せば順位がひとつあがります ↓ ↓With2ブログランキングへ↑ ↑ ↑blogramランキング参加中!最初に申しておかねばならないが、この記事は推理推測に過ぎない。Kawakatu考古学の発達によってさまざまの驚愕する遺物と事実が明らかになりつつある昨今、 ...
金印真偽・漢委奴国王印の真贋
With2ブログランキングへ◆漢委奴国王印について論じている文献1 三宅米吉「漢委奴国王印考」『史学雑誌』、1892年(明治25年)。三宅米吉は「奴」は儺津(なのつ)・那珂川の「ナ」で、倭の奴国を現在の那珂川を中心とする福岡地方に比定した。2 『藤貞幹考』、1784 ...
古墳時代の洞穴埋葬遺跡 東京湾・和歌山・出雲
押せば順位がひとつあがります ↓ ↓With2ブログランキングへ↑ ↑ ↑blogramランキング参加中!古墳時代と言えば前方後円墳。そういう常識を覆す洞穴に埋葬された人々。「洞穴古墳」と言っていいかどうか?しかし間違いなく古墳時代。続々と出てきた。ど ...
ゆりあげ・ふきあげ・ゆるぎ 地名と災害と製鉄と横穴古墳のリンク
With2ブログランキングへ◆閖上(ゆりあげ)「古来この地は,「浜にいかだに乗った観音像が揺り上げられた」との伝説から,「ゆりあげ浜」と呼ばれていました」http://blog.goo.ne.jp/amachan_001/e/8aa4401d43753f297d0581b929248201それが・・・「昔、何代目かの殿様 ...
九州の旅3 阿蘇の鉄・宇佐の鉄 リモナイトと真薦(まこも)
この紀行シリーズは書庫「九州の旅 蛇と鉄と海と太陽」カテゴリーにまとめた。都合4日間のガイド旅行であった。初日・・・宇佐の真薦と米神山ドルメンの旅二日目・・英彦山修験道と王塚古墳・遠賀川から遡上した渡来人たちと日田三日目・四日目・・・阿蘇の鉄とうなりと生 ...
九州の旅・阿蘇の神事 御田祭のうなりと田歌解説
With2ブログランキングへ◆阿蘇の田歌 ひとつ歌いてこの田の神に参らせう 神も歓ぶ 田主も 植えて歓ぶ 吹けや浜風 なびけやササの若立て ササの若立て枝うちはえて雑々めく 枝は雑々めく殿ばら心雑々めく ...
蛇と的・私の九州 私の旅
With2ブログランキングへ↑ ↑ ↑blogramランキング参加中!ここ数日の旅を画像のみで。蛇の民族と出会う旅。祟られた旅である。ランキングクリックにご協力ください!!m_ _m↓押せば順位がひとつあがります ↓ ↓With2ブログランキングへ↑ ...
邪馬台国同時代年表・東アジア動向と遺跡と土器編年を一括で
土器編年年表は石野博信作成近畿・九州の環濠集落遺跡と当時の出来事と、同時代の中国・半島の動向を同時に見る年表ランキングクリックにご協力ください!!m_ _m↓押せば順位がひとつあがります ↓ ↓With2ブログランキングへ↑ ↑ ↑blogramランキ ...
災害地名・危険地帯地名のヒント一覧
With2ブログランキングへ過去災害などが起きた地名・起き易い地勢をつけた地名(必ずしもすべてがそうだとは言わない。文字によって別の意味のところもある)ホキ・ホケ・ハカ・・・川の岸などの崖状に崩壊するところ、歩くのが危ない。歩危。タキ・タケ・タキリ・タッ ...
長柄豊崎(ながらとよさき)
With2ブログランキングへ長柄・豊崎上町台地上の地名豊崎は現在豊崎神社が建つ北区周辺の地名で、記録の言う上町台地とはかけ離れた場所であるとする地元の説がかなり強い。難波長柄豊崎宮(豊碕(埼)宮)・・・なにわながらのとよさきのみや・・・飛鳥時代後期の孝徳 ...
封泥(ふうでい)
「封泥(ふうでい)とは古代の西アジアや中国において、重要物品を入れた容器や公的内容を記した木簡・竹簡の束を封緘するとともに、責任の所在を示す証明書として用いられた粘土の塊のこと。封緘、保管、輸送などを担当する責任者を記す記号や文字が刻まれたり、印が押捺さ ...
日田市ガランドヤ古墳装飾ん十年ぶりの公開!
押せば順位がひとつあがります ↓ ↓With2ブログランキングへ↑ ↑ ↑blogramランキング参加中!去る10月16日にン十年ぶりに公開された大分県日田市のガランドヤ古墳。現地説明会へ行った蕨手氏ブログから画像をいくつか・・・。http://blog.livedoor ...
破鏡(はきょう) 再生拒否 邪馬台国は平原からヤマトへ?
With2ブログランキングへ◆九州の破鏡「弥生時代後期後半(つまり邪馬台国の時代)、糸島市の平原遺跡のように、多量の破鏡で封じ込められる霊力をもつ、卓越した巫女王が出現しています。割れた鏡であれば破鏡と考古学者はいいますが、中国でいう破鏡とは元へ返らないと ...
狗奴国からの視点
With2ブログランキングへ九州の考古学者が最近一様に言っているのは、たとえ纒向が邪馬台国だったとしても、狗奴国は熊本以南の九州で間違いない、ということである。狗古智卑狗の限りなく菊池に近い役職名の存在はやはり大きい。◆くくち菊花の渡来は奈良時代以降であ ...
最新資料で倭人伝、吉野ヶ里を見直す・狗奴国からのアプローチなど
With2ブログランキングへ◆卑弥呼がもらった五尺の刀「汝が来使難升米・牛利、遠きを渉り、道路勤労す。今、難升米を以て率善中郎将となし、牛利を率善校尉となし、銀印青綬を仮し、引見労賜し遣わし還す。今、絳地交竜錦五匹・絳地スウ粟ケイ十張・セン絳五十匹・紺青 ...
真薦と鉄と秦氏と倭直氏・「うず」考 宇佐八幡考
With2ブログランキングへ薦(こも)八幡宮(大貞神社)(大分県中津市大貞9-1)・別名:大貞薦神社・祭神:応神天皇・神功皇后・三女神・行幸会:辛島一族の神事。三角池に生えている真薦で枕を作りこれを神験として宇佐宮に納めること。・宇佐の祖宮・元宮。宇佐氏 ...
スズ・褐鉄鉱・高師小僧再論
With2ブログランキングへ「銅鐸が姿を消して弥生時代が終焉し、古墳時代がはじまったのは、スズを採取しての原始的鉄生産から、砂鉄を採取する方法を会得したことによる、と謂われている。その後のいっそう大規模な製鉄技術は、天日槍などの神の名で語られる帰化系の技 ...
大和は國のまほろばならぬ国の引きこもり
With2ブログランキングへ継体大王にせよ、信長にせよ、河内王朝歴代倭王にせよ、物部本宗家にせよ、紀氏にせよ、軽皇子にせよ、なにゆえに堺や難波や紀ノ川河口や淀川沿線に都や本拠を置くかと言えば、これはもう東シナ海でつながる対外貿易のためであり、それは国益に ...
織田信長と福井追補・忌部出自と劔神社
With2ブログランキングへ◆劔(つるぎ)神社(福井県丹生郡織田町) 織田一族発祥地の碑(劔神社) 現在の本能寺(京都市) 「 織田家の歴史を遡るときに必ず出てくるのがこの福井県丹生郡越前町織田(おたと読む)である。織田家の先祖はこの越前織田庄で1800年の歴史 ...
福井と愛知・織田信長と継体大王・スサノヲ
押せば順位がひとつあがります ↓ ↓With2ブログランキングへ↑ ↑ ↑blogramランキング参加中!門脇禎二などの文献史学者の多くは継体大王という「新王朝」(水野祐)の福井から出てくる大豪族大王の妃となった尾張目子媛(おわりの・まなこひめ)ともう ...
ハミ・アブミ・クツワは騎馬初心者が使う馬具
森浩一は江上波男の騎馬民族来訪説を擁護しながらも考古学と文献史学の水野祐や井上光貞などの王朝交代説を引用しながら、基本的に大和などの古墳から馬具が出てくる時期は、江上が言うような応神・仁徳の4世紀ではないのだと書いている。 馬具は5世紀中盤から6世 ...
倭人の秘密・なぜ小さい?
With2ブログランキングへぼくは「倭人=日本(列島)人」だとは考えていない。倭人とは広く東アジアからインドシナ半島の海岸部にすだく、”鴨のような一族”だと思っていて、おかに定着せず、常に(主に男どもは)舟を棲家にした人々の総称だろうと思っている。なぜ「 ...
木と漆の古代史 図説顕微と俯瞰の視線2 巨木と漆1万年の流れ図説
次は一転してはるかなる高みの鷹の目による一万2千年前から飛鳥時代へと続く巨木と漆の”縄文倭人の東シナ海文化交流”である。With2ブログランキングへ先に「縄文倭人」という筆者の新しい言葉を簡単に説明すると、丸木舟での外洋進出を怖がらなかった人々であり、そ ...
木と漆の古代史 顕微と俯瞰の視線
With2ブログランキングへ民俗考古学の視点で自然素材の古代人応用方のいくつかを検証するまずはインナートリップ(顕微鏡的なズームイン検証)から◆古代からのコケの利用 http://www.digital-museum.hiroshima-u.ac.jp/~museum/kokeworld/poster08/poster08b.html「ヨ ...
日本最古1万年超前ウルシと判明 鳥浜貝塚
日本最古1万年超前ウルシと判明 鳥浜貝塚から出土http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/society/30856.html福井県若狭町鳥浜の鳥浜貝塚植物学上、日本のウルシは中国大陸から持ち込まれたと考えられてきた。国内で見つかったウルシは、青森市の三内丸山遺跡や山形県の ...















