民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2010年12月

年内は書かないつもりだったが、時間が開いたので。持統天皇紀に云わく「、『日本書紀』に、持統天皇の五年(691年)八月、長雨が続いたため使者を遣わして、龍田の風神、信濃の須波・水内等の神を祭らせたとあり、『日本書紀』における諏訪大社初見の記事である。」http://m ...

本年は多くの皆様にご愛顧しただいたこと、感謝もうしあげます。本日は「つごもり」、明日は「大ツゴモリ」であります。ずぼらなKawakatu、これより迎春の準備をいたさねばなりません。今年の記事更新はここまでとさせていただきたく。「承知だね!?」最後に故郷豊 ...

天孫降臨神話とは何か?古代日本がまだ有機的連合体の多くを同時存在させていられた時代、初めて「国家」を意識し、それまでの部族連合体でしかなかった状況を「ひとりの王」=「ひとりのシャーマン」に統一させようという意思が出現したことを告げる国家開闢エピソード。こ ...

   Fx(a):Fy(b)=Fx(b)-1(y)この数式はクロード・レヴィ・ストロースの考え出した「神話の普遍公式」というものである。さて、その深い意味合いは彼の著作を読んでいただくとして、一言で説明すると・・・。「神話が話の進行につれて、登場人物の機能や性 ...

With2ブログランキングへクリッククリクリ!↓↓       ↓          ↓        ↓With2ブログランキングへ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Kawakatu’s HP マジカルミステリーコレクショ ...

With2ブログランキングへ旧紀伊国は名草・那賀(なが)・伊都(伊都国とは無関係)・海部(あま)・在田・日高・牟婁(むろ)の七郡からできていた。名草の古墳群と言えばまず岩橋千塚(いわせせんづか)古墳群である。しかしながら100mを超えるほどの大前方後円墳 ...

With2ブログランキングへ古い教科書では九州は銅鐸分布圏ではないことになっていた。しかし吉野ヶ里などから銅鐸ばかりか、鋳型まで出土し、今では銅鐸も九州で作られて広められたという説が出るようになった。確かに同じ青銅器であるものが九州では銅矛・銅剣だけが来 ...

With2ブログランキングへ■ウズヒコ伝承各種1 『日本書紀』神武東征速吸之門(はやすいのと)2 同じく神武東征天香山(あめのかぐやま)3 『古事記』孝元天皇条   「また木国造の祖、宇豆比古の妹、山下影日売を娶して生める子、建内宿禰(たけしうちのすくね ...

With2ブログランキングへ尾張氏=葛城氏=海部氏=紀氏=日下部氏=草部吉見系阿蘇氏=多氏=熊襲=狗奴国■『日本書紀』神武戊午(ぼご)年条「高尾張邑(或る本に云わく葛城邑という)」■同書己未(きび)年条「又、高尾張邑に土蜘蛛有り。又高尾張邑に土蜘蛛有り。其 ...

だんだん歴史から遠ざかってしまうが、面白いから載せておこう!With2ブログランキングへ■ほとんどのヘビはヒトを恐れるが・・・しかし、大型ヘビといわれる六種類だけは例外である。ボア・コンストリクターとかニシキヘビのことだ。前回まではネコ科動物や猛禽類の話 ...

キリスト教世界においては、今日は冬至祭である。その本義は・・・ 「ヨーロッパの暦は古代ローマ帝国の暦が元になっている。その古代ローマ暦はメソポタミア暦の影響を受けていると考えられる。というわけで、 ヨーロッパの暦の起源は古代メソポタミアである....と言われる ...

まずはクリック願います ↓With2ブログランキングへ写真の人物は後頭部に仮面をつけている。よく日本人がお祭で買ったお面を後ろ前にかぶることがあるが、この人物にはちゃんとした理由があってこうしている。理由がわかりますか?場所はインド、スンダーバンス・デル ...

With2ブログランキングへ■『長野県考古学会誌』107号の「尖頭器石材の色」論攷「次に尖頭器の石材の色に注目してみたい。 色彩は、人類学者、心理学者、美術史学者など、他の研究分野の研究者にとっては重要な分野である。彼らの研究によれば、伝統社会では白と黒 ...

With2ブログランキングへ■オーカー=酸化鉄のナゲットナゲット(塊)状のオーカー(酸化鉄塊)が先土器時代の旧石器時代の遺跡から出て来ることがある。そればかりか現生人類から進化したばかりのネアンデルタール人の遺骨の顔にも、酸化鉄の鉄粉(赤色オーカー粉)が ...

With2ブログランキングへ■藤ノ木古墳の紅花「藤ノ木古墳の石棺から出土した大量の紅花花粉の研究で、この古墳の石棺に納められた2体の被葬者が、穴穂部皇子と宅部皇子の可能性が高いことが分かった、と報じられている(産経新聞081101)。藤ノ木古墳は、奈良県生駒郡斑 ...

With2ブログランキングへ■「縄文ランドスケープ論」「縄文人の居住地にとってまず欠かせないのは、ランドマークとなる富士山のような神奈備(コニーデ)型の山容である。次に集落のつくりそのものや、広場に置かれたモニュメントにも着目してほしい。集落内の中央広場 ...

With2ブログランキングへ■日本の古墳は規格化が遅い「つまりこの時代(古墳)の特徴は、地域ごとに広域に連合というか、ある種のまとまりが形成されているらしいことが分かるのだが、一方でそれらを越えた一つの集団にはなっていなかったことが見えてくるそうだ。」htt ...

ここまで来たらもうクリクリ~~~!↓With2ブログランキングへ画像に訂正があったため訂正図に差し替えました。2九州の旧石器時代人と縄文人■南九州縄文人のルーツは?最初に考えつくのは先に書いておいた現生人類の出アフリカから東西拡散が二度あったことである。 ...

1北方系旧石器時代人■バイカル湖のマリタ遺跡「マリタ遺跡はシベリアのバイカル湖近くに発見された遺跡で、その歴史は2万3000年前(縄文時代よりも一万年以上前)までさかのぼると言われています。その子孫と考えられるブリヤート人と日本の縄文人とのDNAを比べてみた ...

まずはクリクリクリック↓With2ブログランキングへ森浩一『倭人伝を読みなおす』から諸情報を加味して新規Kawakatu製作■魏志倭人伝にある東夷伝・倭人条が「倭国」と記載しなかった理由そこが倭と狗邪韓国双方の海人族の共栄圏だったから。「倭の北岸」とは共栄圏の北 ...

まずはクリック↓With2ブログランキングへ■ここ10万年の気候変動グラフこのグラフはここ10万年間の気候変動グラフと人類文明のおおまかな拡散、定住への道程を示している。基礎画像は安斎正人『日本人とは何か』柏書房 2010から図の下段に筆者が書き込んだ部 ...

先に押すか、あとで押すかは人それぞれ。押せば元気の泉湧く。ダーーーー!!With2ブログランキングへ大分県由布市湯布院町のシンボル・由布岳(由布山)。「ゆふ」の由来は「木綿」である「柚富」から。『柚富郷(ゆふのさと)郡の西に在り。この郷の中に𣑥(たく)の ...

With2ブログランキングへ■サタワル島民の「サイパン島へ行く詩」「星の詩」南方にある珊瑚の島 その先のリーフの先にいるものどもおんなたちは悲嘆にくれる男の仕事は海だった手力男は空に舞い 大鳥の群れかきわけてポナペの小鳥のこのわたし悲しみのあまり胸痛む貴 ...

■追儺の本義「追儺(ついな)とは、大晦日(12月30日 (旧暦))の宮中の年中行事であり、平安時代の初期頃から行われている鬼払いの儀式。「鬼やらい」(鬼遣らい、鬼儺などとも表記)、「儺(な)やらい」とも呼ばれる。追儺はもとは中国の行事であり、宮廷の年中行事となり ...

With2ブログランキングへ 方天地初發之時,於高天原成一神,其名「天之御中主神」;次現神,名呼「高御產巢日神」;又現神,名曰「神產巢日神」。此上三柱神者,皆獨神成坐而隱其身也。時國稚如浮脂而若水母漂於水中之狀。方時,若葦牙因萌騰之物而成神,名為「宇摩志 ...

以前書いた記事の中から、ちょっとズルするわけではないけれどいくつか再掲載。別のブログに書いたので未読の人がいるかも知れない。今、あまりにも難しい山本ひろ子女史の神話学の本を読んでいて、頭が混乱しているので、頭に窓を開け風を入れている。つまり気分転換と過去 ...

新しい大和説を読みなさい。そうすれば九州説も、従来の権威が書いてきたカビの生えた説も、学者の中ではもう終っていることを理解できる。勉強しないで邪馬台国を語らないで欲しい。 ...

With2ブログランキングへ『三国志』魏書東夷伝倭人の条「正始六年(245)五月。魏の母丘倹(かんきゅうけん)、高句麗に侵攻。楽浪郡の軍隊とあわせる。詔して倭の難升米(なしめ)に黄幢を賜い、郡に付して假授せしむ。正始八年(247)太守王斤頁(おうき)、官に ...

With2ブログランキングへ何をしているところでしょう?で、これはなんでしょう?JA大分竹田→http://www.ja-oitamidori.jp/sahuran/index.html2006年10月のKawakatuのホームページ記事から抜粋紹介■紫草(むらさき)の里「佐土知 しとち」「久住連山から南東へ ...

With2ブログランキングへ木樋:水落・石神両遺跡結ぶ水道管跡を確認--明日香 /奈良http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101203-00000224-mailo-l29斉明天皇(在位655~661年)の時代に皇太子の中大兄(なかのおおえ)皇子(後の天智天皇)が造ったとされる日 ...

↑このページのトップヘ