民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2010年09月

■宮守村金取遺跡(みやもりむら・かねどり・いせき)岩手県遠野市宮守旧地番 岩手県上閉伊郡宮守村字達曽部22地割72番地※藤原事件旧石器捏造問題に関わらない遺跡※推定9~5万年前の地層●金取遺跡は、1984年に武田良夫氏が造成工事により露出していたローム層中から、 ...

人類だけが高い知能を持ったその理由について、今、最も多くの謎を解きあかしてくれるのがレスリー・アイエロとピーター・ウィーラーが1995年に提唱した「食事法」説である。ヒトの仲間は類人猿を筆頭に、すべての動物の中で最も大きな脳と知能を持っている。その理由に ...

■ビッグバンまで今から700万年前くらいまで、ヒトはチンパンジーやゴリラの先祖と同じ霊長類・ヒト上科・ヒト科(Hominidae)の動物であった。その後、そこから分かれてある種「脳を特化」させてホモサピエンスとなった。500万ほど年前にアフリカ東南部に隆起した山脈 ...

玦状耳飾のアジア地域における分布については、すでに2008年10月にこのブログで記事にした。http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/45858939.htmlその後の最新調査では、この耳飾についていくつかの民族学的新論攷が出ている。以前との相違点は、1 玦状耳飾の形状 ...

大秦(ローマ帝国)はどんどん版図を拡大し、南はエジプト、東はオリエント、西はイングランドと国土をどんどん拡大、侵略していった征服国家として繁栄した。一方、同時代の東アジアで、秦国は外敵を恐れ、万里に長城を張り巡らし、版図を最初からここまでと決め、城壁の中 ...

世界最古の料理の痕跡(つまり炉の跡)■■アフリカ■南アフリカ    100~150万年前 焼けた骨■ケニア   コービ・フォラ遺跡    同じく   高温で焼けた土塊(料理なのかどうかは判別不可)これらはあるいは落雷などのせいで焼けただけかもしれない。■ ...

これまでこのブログで扱った渦巻きに関する記事は以下のとおり「渦巻き」に関する記事一覧→http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%B1%B2%B4%AC%A4%AD&sk=1タイトル世界の古墳型墳丘墓一覧とリンク・世界遺産 双脚輪状文は鏡 弥生時代からなぜ ...

■AMS放射性炭素年代測定法Accelerator Mass Spectrometry の略。意味は加速器による質量分析考古学の場合、この「質量」とは放射性炭素14C(以後C14と表記)の含有率を指す。C14が、有機質遺物(炭化米や土など)そのもの、あるいは無機質遺物(土器など)に付着した ...

恒例の熊本県装飾古墳館主催の九州装飾古墳バスツアーが今年も開催。今年は去年よりも内容が充実しているようだ。■1平成22年10月17日(日)福岡県遠賀川流域古墳 予定先 竹原・川島11号・王塚・沖出集合場所 装飾古墳館 0968-36-2151時間   午 ...

犬やネコなどの家畜はイザ知らず、すべての動物は「生食」である。■生食と人間火を通さずに生の肉や木の実や果物、野草や樹木の芽、葉を食べていて、平気である。では人間の場合どうだろうか?人間が生で摂取する食品は、野菜、果物、一部の社会で生魚や生肉、そして生牡蠣 ...

 「八角形墳で斉明天皇(在位655~661年)の墓であることがほぼ確実となった奈良県明日香村の牽牛子(けんごし)塚古墳など、この地域に築かれた皇族クラスの古墳が、軒並み中世ごろの南海地震で損壊していたことが、専門家の調査でわかった。地震直前に大規模な盗掘 ...

都の西北・・・と書くと早稲田大学(バカ田大学はバカボンパパの出身校)か、と問われそうだが、記事の都とは京都のことで、その西北には愛宕山がある。低い山だが火の神カグツチが若宮に祀られている。(本宮はイザナミ命)愛宕は昔の郡名で、その場合「おたぎ・の・こおり ...

「奈良県明日香村の牽牛子塚(けんごしづか)古墳(7世紀後半)が、墳丘の周囲に敷かれた切石(きりいし)の形状から、飛鳥時代後期の天皇陵に特有の「八角形墳」であることが判明し、村教委が9日、発表した。 この古墳は、大化改新で活躍した中大兄皇子(なかのおおえのおうじ ...

民俗学者・柳田國男の代表的民話蒐集作品。そのコレクションの基盤となっているのは『宇治拾遺物語』(中世)、『御伽百物語』(近世)などの拾遺集である。したがって、この作品が柳田がそのほとんどを現地に赴いて村民・佐々木喜善(ささき・きぜん)から蒐集した民話、昔 ...

■景観考古学とは考古学的発掘から当時の景観を復元する試み。考古学と言えば発掘、遺物、遺構だけと考え勝ちで、考古学者は常に地面を這い、土にまみれる「穴掘り屋」のごとくに言われるが、1980年あたりからさまざまの分野が複雑に入り組んでくるにともない、種種雑多 ...

なんでそんなに似てくるの?■ボイン渓谷古墳群フォーノックス通路墓(アイルランド世界遺産)紀元前3000年頃(先史時代)http://naokoguide.blog33.fc2.com/blog-entry-847.html■同じくニューグレンジ(英語: Newgrange、アイルランド語: Sí an Bhrú)紀元前3100 ...

かはたれどき・・・彼は誰刻・夕まづめ、朝まづめの頃を言う。あちらからやってくる人影が「あれは誰だろうか?」という薄明の夕刻や明け方を言う言葉。あけぼの、たそがれとも。「はあ、あちゃらからどんどこやって来るんは、いったい誰だっぺ?」みたいな方言地域では絶対 ...

『伊勢物語』第六段「芥川」昔、男ありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて 盗みいでて、いと暗きに来けり。芥川といふ川を率て行きければ、草の上に置きたりける露を、 「かれは何ぞ。」となむ男に問ひける。行く先多く、夜も更けにけれ ...

■妃とその皇子から見た壬申の乱新解釈●天武妃の従来の見方 父天智天皇・・・・・大田皇女・鵜野皇女(持統天皇)・大江皇女・新田部皇女中臣鎌足 ・・・・氷上娘・五百重娘蘇我赤兄・・・・・石川大蕤娘(おおぬのいらつめ)鏡王(歌人)・・・:額田女王胸形君徳善・・・ ...

いつまでも夏が続く。いましばらく涼を求めて恠異について。恠異の本場、京都の鬼門を解体してみよう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・■四神相応・風水合致仏教の考える鬼門が北東にあること、それ以前は北西だったということを以前書いた。しかし京都ほどの歴史を ...

「勝扇子(かちおうぎ)」は、昭和二年六月、故三田村鳶魚翁の校訂で、「未刊随筆百種」巻三に収載された。」詳細→http://accord.at.infoseek.co.jp/BIGLOBE/SANKA/nip08766.htm勝扇子事件の詳細は民俗学者・諏訪春雄氏のサイトに掲載がある。以下、事件詳細部分だけを拝借 ...

■「口+急」急如律令古くは中国漢代の官僚たちの書類の最後に書かれる言葉日本では藤原宮跡などから多々出土する木簡に書かれる呪符であるとされる■「きゅうきゅうにょりつりょう」の意味漢代におけるもともとの意味は「早急にこの案件に対処されたし」という他愛ない指示 ...

■現象としての言葉「妖怪」の初出 『続日本紀』宝亀8年(772年)「大祓、宮中にしきりに、妖怪あるためなり」・・・・・・奈良時代の時点で妖怪は恠異現象を表す言葉である。■怪物としての「妖怪」初出『太平記』洪武3年(1370年)頃「相模入道かかる妖怪にも驚かず」・・ ...

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