https://blog.with2.net/in.php?686171/With2ブログランキングへ日本人の起源縄文人はどこから来たかに迫る私たちはどこから来たのか 日本列島人の起源に迫る NHKBSHiビジョン放送 2010年6月14日放送 29日朝再放送などから■南方系か?■沖縄県港川人の骨 ...
2010年06月
支石墓から探る弥生人のルーツ
https://blog.with2.net/in.php?686171/With2ブログランキングへ■ドルメン(支石墓)から弥生人のルーツを探る「東アジアの支石墓は、紀元前1500年頃に遼東半島付近で発生し、その周辺(現在の中国吉林省付近)へ広まった。当初は、地上に支石を箱形に並べその上に天井石 ...
日向・曽於から出た国宝玉璧・王の山玉壁と漢
With2ブログランキングへ■日本出土の璧(へき)福岡県築上町峯遺跡 ガラス璧片円板は径三・八センチ、径三・五センチの二箇http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=207030福岡県前原市三雲南小路一号甕棺ガラス製壁8面分(断片)http://www.yoshinogari. ...
徐福伝説
https://blog.with2.net/in.php?686171/With2ブログランキングへ■日本の『新撰姓氏録』には徐福を祖とする氏族はひとつもない。■徐福が行ったところは司馬遷『史記』では蓬莱・方丈・瀛州だったらしい。■孔子の『論語』にも東方海上に理想郷があることが書かれている ...
倭人字磚と曹操
■磚(せん)とはレンガのこと■磚の起源 神戸芸術工科大学 准教授 山之内誠 「磚は、「甎」とも表記され、中国における焼成煉瓦を意味する語である。すなわち、捏ねた粘土を型枠入れて成型し、乾燥させて焼いたものである。文献の上では、西周時代(紀元前 ...
パーデレが見た倭人・神武・太伯子孫伝承
■イスパニア人宣教師ペドロ・モレホンの記録「(日本人は神武天皇を)神あるいは天帝の子孫としている。彼はシナ(まま)の一君主の親族で偉人であった。彼はシナで経験した不快(?黄河文明による長江文明の追い出しか、呉越の敗北のことか)を脱し、新しい土地に居住する ...
呉太伯
■太伯「太伯の弟仲雍は皆周の太王の子にして王季歴の兄也。季歴は賢にして聖子昌有り。太王、季歴を立て、以って昌に及(およ)ぼさんと欲す。是に於て太佰・仲雍の二人は乃ち荊蠻に奔り文身斷髮し、用うべからざるを示し、以って季歴を避く。季歴果たして立ち、是を王季と ...
人を喰う神2 結語
獣の数字(けもののすうじ)は、『新約聖書』の『ヨハネの黙示録』に記述されている。以下に引用すると、「ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である」。(13章18節)http://ja.wiki ...
人を喰う神2 その5 魔女とユダヤとダ・ヴィンチ・コード
なにゆえに子を孕まぬ女性たちは、前世紀において洋の東西を問わず、さげずまれてきたのか?西欧においてはそればかりか、ある時代にはそれは「魔女」とされ、死罪の目にあってきた。なぜだ?国家と宗教が結びついていた時代、子孫を造らない(造れないのではない。しかし往 ...
人を喰う神2 その4 空海の「密教コード」曼荼羅
「空海はまだ若いころ、波濤万里をこえて中国に学んでいる。唐代の上昇気運にのる密教を学んで、帰ってきた。学ぶというより、ほとんど盗むことに耽溺して胸を躍らせていたのではないか。 篋底(きょうてい=旅籠の底)に隠してもち帰ったのが、大判二枚のマンダラ(曼荼羅 ...
人を喰う神2 その3 愛のクピドと不動明王
およそ人を殺戮(喰らうことが)できる「モノ」とは往古から神と軍隊だけである。前者は自然災害ゆえに人知の及ぶものではなく、後者は人が国土拡大し「国土安寧」=平安をうるために勝手に法の上で合法化した組織である。だから軍隊=兵隊=武家はそもそも神になろうとする ...
人を喰う神2 愛のクピドと神功皇后
オイディプス神話のラーイオス1 ヒュギーヌス第66話「ラーイオス」では、ペリボイアが海辺で服を洗濯しているときに捨て子を拾ったとする。 2 ヒュギーヌス第67話「オイディプース」では、ラーイオスはデルポイに向かう途中であり、彼の衛兵が「王に道を譲れ」と命じたのにオ ...
わが子を喰らうサトゥリヌス・人を喰う神2 その1
以前啓上した人を食う神記事→http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%BF%CD%A4%F2%BF%A9%A4%A6%BF%C0&sk=0■サトゥリヌス(ローマ神話の神)とは英語ではサタン、つまり堕天使から悪魔と変化(へんげ)した老いた神である。GOYA わが子を喰ら ...
日田市吹上遺跡出土品記念展示会
最近近くの福岡県飯塚市山王山古墳で新しい装飾古墳も見つかったため、九州国立博物館などと併せてご来訪ください。http://blog.livedoor.jp/warabite/archives/51035851.html#more鵜飼いの季節でもあり、かつ屋形船もなかなか風趣を誘うかと。クリッククリクリ!↓If you fe ...
シリーズ巨大古墳 百舌鳥耳原地名とシカの謎
■なぜ百舌鳥耳原なのか?なぜシカの耳から百舌鳥が飛び出したか?森浩一氏説・・・・・・・・・・・・百舌鳥は土師氏改姓後の四腹のひとつである。シカの耳を土木関係者だった土師氏の必須道具である「墨つぼ」に見立てるという説は次の歌からである。ここまでの参考資料と ...
シリーズ巨大古墳 大仙古墳資料
■古市古墳群と百舌鳥古墳群の位置関係●竹内(たけのうち)街道と長尾街道竹内街道は日本書紀の推古天皇二十一年(613年)の条に「難波より京(飛鳥)に至る大道(おおじ)を置く」と記されていた、日本最古の「官道」。 現在の竹内街道は、大部分は推古天皇時代の官道と重 ...
シリーズ巨大古墳追補資料と江戸期の天皇陵大修復資料
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・写真は江戸時代の推古陵改修前と後。このような江戸期の修復作業は文久年間に、天皇陵指定古墳だけで「山城32、大和24、河内12、和泉3、摂津1、丹波2、計76」 ...
シリーズ巨大古墳 仁徳陵古墳遺物は埋蔵金?その1
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■幕府・明治政府の資金源だった古墳遺物この資料の右側の資料内容1 大山古墳が鳥の巣状態でフンだらけだから掃除したい2その清掃は実際に行われたかどうか定かでない3墳頂にあった石棺、石室は確かにあった4担当者・税所篤 ...
シリーズ巨大古墳 序章
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■考古学は天皇陵だからといって区別しない今回から新しいシリーズで巨大古墳を扱う。実のところシリーズ名を「天皇陵」にするか、表題どおりの「巨大古墳」にするか随分悩んだ。というのは、ただの古墳の研究である場合と、それ ...
シリーズ関東 関東人の心意気
「銭をつくるということは、経済とか流通手段の問題と思われていたけれど、それだけではないのです。国家のステイタスの問題です。」森浩一は昨今の政府に聞かせたいようないいことを言っている。国家は自前で国家予算を捻出すべき組織でもあり、必ずしも国民の血税のみが収 ...
中世全国荘園年貢詳細一覧・米は納税品のはじっこ
網野善彦『女性の社会的地位再考』より1 まず米の埋納できない地域を見てみよう 壱岐・対馬・佐渡などの島国で米が少ないのは古代から同じだが、武蔵・下総・甲斐・相模・常陸・伊豆・下野・上野などの広大な平野であるはずの関東地方のほとんどが米が0である。さら ...
秦氏と真言密教
With2ブログランキングへ「稲荷祭は貞観年中(859-876)に始まり、天暦年間(947-957)以後、恒例化したという。その性格は、1つには5世紀頃に京都盆地に定住した渡来系氏族秦氏の御霊を鎮め、たたりを祓う御霊会としての意味合いがある。稲荷神はそも ...
胡服
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へクリック減ってます!!よろしくね。■胡服(こふく)中国の北方遊牧民、胡人が着た衣服。筒袖・左衽(さじん)の上衣とズボンを組み合わせたもの。http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/70836/m0u/%E3%81%93%E3%81%B5/■胡服騎射『 ...
シリーズ関東 画像拡大 莫高窟刺繍と三人童女
拡大してみたが、やはりどこがどう似ているかは、実物を見ないとわかりません!形名さん提供画像を拡大加工九州国立博物館画像を拡大加工ただし森浩一氏が申されている刺繍は雲崗窟のもの。この画像も発見できない。実のところ、サイトから無断拝借するのはルール違反なので ...
シリーズ関東 多胡碑碑文
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ多胡碑碑文 弁官符上野国片岡郡緑野郡甘 良郡并三郡内三百戸郡成給羊 成多胡郡和銅四年三月九日甲寅 宣左中弁正五位下多治比真人 太政官二品穂積親王左太臣正二 位石上尊右太臣正二位藤原尊 弁官の符①に、上野 ...
「商旅」と「産業」
https://history.blogmura.com/his_archeology/ にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ 『続日本紀』和銅七年(七一四)二月庚寅(二)》○庚寅。制。以商布二丈六尺為段。不得用常。如有蓄常布。自擬産業者。今年十二月以前。悉売用畢。或貯積稍多。出売不尽者。 ...
シリーズ関東 綿貫観音山古墳と北魏供養人物図刺繍 関東の視座
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ史跡観音山古墳史跡指定 昭和48年4月14日所在地 高崎市綿貫町観音山群馬県の古墳時代後期の代表的な前方後円墳である。墳丘は、前方部を北北西に向け、全長97m、前方部幅64m、高さ9m、後円部直径61m、高さ9.5mの規模で、すべて ...
シリーズ関東2 「関東10カ国」 古代関東の領域
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ関東地方を鎌倉時代以後の観念で「関八州」と、八カ国としている固定観念は、古代史では間違いである。関東地方とは聖武天皇の奈良時代にはあくまで「不破の関」の東を指す広域名である。藤原広嗣の乱にびびりあがってしまった聖 ...
シリーズ関東1 東京都の視野
よく東京都の面積は日本の都道府県で最も狭いという話を聞く。その視点はあくまで日本「ホンド」の中の狭い視座で言われている誤った観念だ。東京都の範囲は、決して東京湾(江戸湾)から多摩丘陵までの範囲にしかない狭い扇状地だけではなく、はるかに湾を離れて伊豆諸島、 ...
関東平野に田んぼなし・渥美は安曇地名ではない
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ考古学常識のウソシリーズ■関東平野に田んぼなし「(前略)関東の場合は弥生遺跡がいっぱいありますが、稲の収穫に用いられた石包丁が少ない。、むしろ東北の福島県の方がはるかに多い。前々から不思議だなと思っていました。弥 ...




















