にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■『魏志』倭人伝にはキツネが出てこない。「その風俗は淫らならず。男子は皆露かいし、木綿を以て頭に招け、その衣は横幅、ただ結束して相連ね、ほぼ縫うことなし。 婦人は被髪屈かいし、衣を作ること単被の如く、その中央を穿ち ...
2010年04月
狐信仰と渡来 1狐直
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ現代日本でも「狐憑き」などという迷信は未だに頑迷に宗教の微妙な内外や、民衆の心理の片隅に存在している。さて、それでは狐という動物に日本人が憑依性・信仰性を見るようになるのはいったいいつ頃からなのだろうか?■日本の ...
秦氏は「渡来人」か?門田誠一・森浩一 2
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ秦氏は「渡来人」か?門田誠一・森浩一 2その1からの続き森 浩一 吉川弘文館の『日本古代人名辞典』七巻本を基礎演習で調べたことがありますが、渡来系、日本系の分類はともかく、日本の氏族で最も数が多いのは秦氏です。雄族 ...
丁勝巻手一家の戸籍
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ豊前国豊津に居住していた記録が残る丁勝(ちょうのすぐり?ていのかつ?)一家の戸籍。http://docs.google.com/viewer?a=v&q=cache:2UTHrnT_AH0J:teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/bitstream/10083/33699/1/5_06.pdf+%E4%B8%81%E5%8B% ...
秦氏は「渡来人」か?門田誠一・森浩一
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■門田誠一(もんた・せいいち)1959年大阪生まれ。同志社大学修士卒。『はんこと日本人』『海でむすばれた人々』佛教大学(助)教授。門田 「渡来」の実態に近づくのは難しいですね。文献に顕著に現れる「渡来系」と、考古 ...
呰見(あざみ)大塚古墳 2 ・鳳文環頭柄と箕田(みだ)丸山古墳
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ呰見(あざみ)大塚古墳から西北へすこしゆくと、豊前では綾塚・橘塚方墳のある勝山黒田地区にぶつかる。黒田の隣に箕田(みだ)地区があって、なんということもない農村だが、立派な前方後円墳が二基もある。ひとつは扇神社古墳 ...
秦王国の装飾円墳初発見・みやこ町呰見大塚古墳 1
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ「秦王国」有力比定地である豊前国地域には、これまで民衆横穴墓はいくつも出ているが、円墳(6世紀後半)に装飾壁画を持つものは発見されていなかった。今回は、みやこ町というかつての豊前国府があった場所で、奈良時代には秦 ...
2010年度春季おすすめ参考文献一覧
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へにほんブログ村 科学ブログへにほんブログ村 小説ブログ ノンフィクションへ記事に採用した参考文献■民俗学・神話学・人類学・宗教史須藤 功 『神と舞う俳優たち 伝承芸能の民族』 青弓社写真叢書 2000磯川全次編 ...
甕棺墓の分布と神話と狗奴国
With2ブログランキングへ■「甕棺墓の萠芽期に相当し,刻目突帯文以来の甕棺が存在する段階である。すでにほとんどの地域で甕棺墓が分布するが,型式毎に細かくみると刻目突帯文の段階は,そのほとんどが支石墓の内部主体であったり,支石墓に近接しで営まれていること ...
弥生時代の大前提・長江人遺伝子拡散
「双方向への民族移動は、日本人とチベット人、南越人などの血脈に、長江上中流域にあったD遺伝子の同時存在と、それの他地域には見られないという陸封遺伝子であることから見ても、南インドは許容範囲となる。そして、日本の北部九州玄界灘沿岸でも、また半島南岸域でも、そ ...
なんでも半島経由は問題・朝鮮考古学の今日的限界
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ「甕棺墓は朝鮮からの墓制で、青銅器時代の始まりと共に盛んになり、後に朝鮮南部地方で支配的な墓制となる。全羅南道羅州郡(ちょるらなんどらじゅぐん)、嶺安郡、咸平郡、光山郡(りょんあん、はむぴょん、ぐぁんさん)などに ...
弥生時代はこれでいいのか?検証と疑問2
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ揺れる考古学界の残されている諸問題1 稲作は本当に半島の寒冷化によって九州へ南下したのだろうか?2 摂津などの例外もあるが、九州の墓制である支石墓、甕棺、箱式石棺墓(あるいは九州式石剣など、それにともなうはずの祭 ...
弥生時代はこれでいいのか?検証と疑問1
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ揺れる考古学界の残されている諸問題1 稲作は本当に半島の寒冷化によって九州へ南下したのだろうか?2 摂津などの例外もあるが、九州の墓制である支石墓、甕棺、箱式石棺墓(あるいは九州式石剣など、それにともなうはずの祭 ...
志田 墨書土器
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■志田志田(しだ)は茨城県の地名。牛久、阿見、旧江戸崎あたりの郡名。かつては信田・信太とも表記。幸若舞いに「信田(しだ)」があり、中世には信田小太郎の領地であった。http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/51971959.h ...
息長氏・坂田氏
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ息長氏・坂田氏・南淵氏 「『記紀』によると応神天皇の皇子若野毛二俣王の子、意富富杼王を祖とす。また、山津照神社の伝によれば国常立命を祖神とする。天皇家との関わりを語る説話が多い。姓(かばね)は公(または君、きみ) ...
ミミ・耳・ミゾクイ 2
⑦ イキシミミ (安寧紀 孝昭紀) イキシミミ(息石耳)は古事記には登場しないが、日本書紀の安寧紀によると第三代安寧天皇の第一子として生まれている。次の第四代の皇位には、弟のオオヤマトヒコスキトモが就いたが、このヒコスキトモ(威徳天皇)の妃アメトヨツ ...
耳・ミミ・ミゾクイ1
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ引用記事である。かなり割愛してある。 古事記、日本書紀に見る「ミミ」名人物は次のように11人がいる(ほかに肥前風土記から2人。都合13人)。① マサカツ・アレカツ・カチハヤヒ・アメノオシホミミ (神代紀)これは人物 ...
耶麻嘉国
邪馬台国と耶麻嘉国の同時存在記事→http://white.ap.teacup.com/kawakatublog/485.htmlにほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へにほんブログ村 科学ブログへにほんブログ村 小説ブログ ノンフィクションへ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ...
倭人関連文書全文
倭人関連の記載のある全中国文書と全文 ■『論衡』 1世紀に書かれ2世紀末に世間に著される 周時天下太平 倭人來獻鬯草(異虚篇第一八) 「周の時、天下太平にして、倭人来たりて暢草を献ず」 成王時 越裳獻雉 倭人貢鬯」(恢国篇第五八) 「成王の時、越裳は雉を献 ...
三国志魏志倭人伝翻訳全文
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■『三国志』魏志 東夷伝倭人条倭人は帯方の東南大海の中にあり、山島に依りて國邑をなす。旧百余國。漢の時朝見する者あり、今、使訳通ずる所三十國。郡より倭に至るには、海岸に循って水行し、韓國をへて、あるいは、南しある ...
倭人伝の考古学・常識の非常識2 「最古の須恵器は陶邑から」を切る
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■土器には土師器(はじき)と須恵器(すえき)がある。●土師器(軟質土器)古墳の出現(3世紀半ば頃)と共に製作が始まる。 摂氏800℃前後で「酸化焔焼成法」で焼かれる「軟質土器」のこと。一般的には今の植木鉢のような ...
倭人伝の考古学・末羅国追補
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ末羅国についての追補記事。前の記事が菜畑と水田だけにこだわりすぎたため、書き残したことがいくつかあった。●まずは王墓としての甕棺墓と北部九州海岸地帯に特徴的な副葬品、そしてその様式の朝鮮半島・狗邪韓国との相似につ ...
倭人伝の考古学・常識の非常識1 菜畑遺跡の水田
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ西谷正『魏志倭人伝の考古学──邪馬台国への道』学生社 2009 では、佐賀県唐津市の最古の水田遺構について詳しく解説がなされていてわかりやすい。■菜畑遺跡(なばたけ・いせき)旧松浦国(まつら・こく 末羅国)の範囲 ...
日本列島最古の更新世人骨・石垣島
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■これまで確認されている旧石器時代人=更新世人類(今後訂正の可能性がないとは言えないが)●「日本列島最古の人骨」石垣島人(仮称)2010年2月10日沖縄県石垣島 【那覇】新石垣空港建設地内の石垣市白保竿根田原洞穴 ...
浦間茶臼山古墳
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■卑弥呼の時代の吉備の古墳●備前地方※1矢藤治山古墳・・前方後円墳の最古の形態 35.5m バチ型に開いている※2浦間茶臼山(138)砂川・・箸墓古墳の相似形、二分の一サイズ、138m、盾築からの変形が見られる特殊 ...
高地性集落と三世紀以後の瀬戸内防衛
非常に優秀なサイト記事ゆえに筆者のへたな表現を使うよりも、これをそのまま転載する。ぜひ、別ウインドウでこのサイトの高地性集落の弥生各期における分布図をあけておいていただきたい。http://www.yu-ji.com/kouchi.htm■高地性集落「●主に弥生時代に高台に設けられた集 ...
直弧文・弧文・撥形文と「結い」の呪・「同心の草」観念
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■同心の草中国唐代の女流詩人・薛濤(せっとう。字(あざな)は洪度(こうど)。)の「春望詞」に次のような一説がある。 風花日将老(ふうか ひに まさに おいんとす) 佳期猶渺渺(かき なお びょうびょうとして) 不 ...
吉備型甕・三世紀の炊飯器
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ■吉備型(形)甕 きびがた・かめ ●弥生時代終末期3世紀ころの時代吉備の炊飯器?「岡山市吉備津にある東山遺跡は、備中一宮である吉備津神社の南約500mの位置にある集落遺跡です。弥生時代前期の遺構や遺物もありますが、 ...
橘諸兄
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ60%■橘諸兄 たちばなの・もろえ美努王(みののおおきみ/三野王)の子。敏達天皇から五世(または六世)の裔。初め葛城王と称した。母;県犬養橘宿禰三千代光明皇后は異父妹。同母弟に橘佐為、同母妹に牟漏女王。藤原不比等の子 ...















