民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2009年09月

かのウイキペディアでさえ掲載がない神であるので、僭越ながら記事にする。正確には天忍骨命(あめのおしほねの・みこと)福岡県田川郡香春町の香春神社祭神三柱のうちの一柱。母神は息長帯姫大目命(おきなが・たらしひ・おおまの・みこと)母神の名はあきらかに神功皇后か ...

先日のこの驚くべきニュースに対して、そこから日本人起源を語れと言うご要望があった。しかし、あまりに時間枠がはみ出しすぎているため、手がつけようがないのが正直なところである。これまでの常識では、沖縄の港川人が最古で3万年ほど前。少なくとも本土にやってくるの ...

国家とはなにか?中沢新一は自著『対称性人類学』の中で次のように国家と王を規定しようとしている。「国家のない社会では、力の源泉は自然の奥底にあるものと考えられ、森の動物の王者である熊のような存在が、そのような「真実の力」を体現していると思考されていました・ ...

日本の修験道の始まりは、記録からも地理的条件からも九州東部、つまり豊前地方からであろうかと思える。最古の記録では記紀用明二年(587)、豊前宇佐出身の「豊国法師」が朝廷に突然現れる。この「法師」という言葉が、いわゆる今で言う仏僧などではなく「行者」「修行 ...

ヤフーブログ「かわかつの眼」で、本日から20回シリーズで「魔よけの謎」を始めました。http://blogs.yahoo.co.jp/hgnicolboy/MYBLOG/yblog.htmlくしくも期せずしてテレビでも怪しい妄想番組をやっておりましたし、昨夜の「世界不思議発見!」でも魔よけの反閉や胡瓜の神文 ...

網野「狗奴国は倭国ではないでしょう。」石井「狗奴国は倭人ではないの?」網野「少なくとも倭国の支配下には入っていないです。」石井「じゃあ何人なんでしょう?」網野「さて、毛人なのか、倭人で倭国の支配化には入っていない人かわかりません。毛人は倭人ではないでしょ ...

網野「そこで、さきほどの倭人の問題ですが、『魏志』の倭人条の記事からは、稲作を主体とした農耕民というイメージは全くうかんできませんね。稲のことは一ヶ所出てくるだけです。むしろさきほど(石井進が)いわれたように海にもぐる海人、それに山島によって生活する人々 ...

奈良県の高松塚壁画古墳が一般公開される。10月末からhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090924-00000614-san-soci考古学、古墳ブームの火付け役。保存問題で大荒れの奈良壁画古墳であるが、高松塚の発見がなければ今の古代史ブームはなかっただろう。邪馬台国問題もマ ...

世界の製鉄発祥の地であるヒッタイトを倒したアッシリア。青銅器時代は彼等によって終焉し、鉄の時代が始まる。製鉄技術をヒッタイトは極秘にしていた。それはエジプト王への手紙のやり取りから明白である。BC8世紀、そこへアッシリアが攻め込み、秘中の秘だった製鉄技術 ...

「かわかつの眼」でペシャワール会医師・中村哲氏のことを書いたが、彼が相棒をアルカイダによって失いながら(先日なくなった伊藤さん)、なぜ広漠たるアフガンの不毛の砂漠を24キロ以上にも渡って灌漑水路を切り開いたかは、当然諸氏はご存知のことだろう。世界のガンと ...

本来なら「考古学」の対象物であろう山梨県金生(きんせい)遺跡の丸石。これをあえて「異界」のモノとして扱っているのは芸術人類学を提唱する中沢新一である。金生遺跡は縄文後期の遺跡。山梨県の中心は今は甲府盆地であるが、気候がまだ暖かだった縄文時代には丸石はかな ...

「青銅器最古の鋳型は北九州市松本遺跡のもので、弥生時代前期末に上る可能性がある」「青銅器生産の開始時期は中期前葉からである。 弥生時代前期末に北部九州に持ち込まれた金属器は、中国東北部に起源を持つ朝鮮青銅器文化の一要素」http://www.k4.dion.ne.jp/~isshun_y/p ...

一般に古墳時代のように文明と考えられる時代では、石棒は男性性器の形に進化?し、陰陽にのっとって陰陽石などと呼ばれ、陽石と陰石がセットになるケースが多いようだが、それはもっと古い時代でも巨石に限らず、生活用品であるスリコギ石と臼石のセットから着想されたと思 ...

先住民族の定義1 古来、ある土地に住んできたこと2 現在「その土地において」、国民国家のなかで異民族の支配下にあって独自の生活様式などを自由に享受できない状況にあり3 自ら先住民(族)と名乗る、あるいは国連や支援団体によって先住民(族)とされている集団( ...

1世紀頃、はるか中国華南長江から九州北岸にたどりついた越人は、「倭人」と中国人が呼んだ集団を形成し、対馬から玄界灘沿岸、有明海から鹿児島湾までに渡る国家を形成していた。三世紀、今度は華北から押し出された集団が逃げ込み、これが倭人を押し込んだ。ピストンのよ ...

白土三平『カムイ外伝』を大真面目に考察する。カムイの必殺技である飯綱落とし(いづなおとし)は、なにゆえ「いづな」であるか。飯綱町は長野県にある。長野に飯地名には古代の鉱物氏がいた場所という意味がある。「飯」とは豊かなる産物。ゆえにここには多氏間諜がいる。 ...

圧倒的に多くの欧米人は、自分達白人種の開始が、中近東イランにあったと考えている。そこはかつての言い方でコーカソイド白色人種とモンゴロイド黄色人種・・・いまで言うヨーロッパ人とアジア人の分岐点でもあって、のちにスキタイと呼ばれた騎馬遊牧民が派生した場所でも ...

土師器には二通りの概念がある。1平安時代『延喜式』の土師器概念2最近の現代考古学での須恵器と区分するための土器概念例えば・・・「土師器という語は『延喜式(えんぎしき)』にみられ、『和名抄(わみょうしょう)』で「波爾」すなわち「はじ」と訓じているから、平安 ...

「ペルーの北に位置するエクアドルのバルディビア文化からは、高い完成度を持つ 紀元前200年以上前の土器が出土している。興味深いことにこの土器は、日本の 縄文土器、その中でも特に九州で出土している土器との類似性が強く、その起源を 縄文時代に求める研究者もいる。こ ...

森浩一は愛知県に非常に多い「豊」のつく地名についてこう書いている。「(御津町がある宝飯郡は)二字で表記されるまでは「穂」の一字であらわし、伝承上の豪族に三河の穂別(ほわけ)もいた。三河国となる以前は東三河が穂、矢作川流域の西三河が御川で、三河国は二つの地 ...

天武・持統の昔、長野は次期首都候補地だった。『日本書紀』天武十三年二月(684)「三野王(みののおう)、采女臣筑羅(うねめのおみ・ちくら)等を科野に遣わし地形を看させて曰く「是の地を都とせんとするか」と。」同年四月三野王、科野国地図を提出。十四年科野に行 ...

2007年3月に日韓共通素材・『日韓交流の歴史』という日韓教科書の大本とするための本が、日韓歴史教科書研究会によって出版されている。日本側は歴史教育研究会、韓国側は歴史教科書研究会の共同編集である。古代から現代までの、両国の交流と行き違いなどが順序良く並 ...

アメリカの文化人類学者・ファーガソン[Ferguson]の唱えた「セデンティズム(定住生活)が平和を破った」という説が「戦争定住起源説」(1997)である。「移住する採集民集団は他の集団との関係が悪化すると敵対した相手の前からすばやく離れる。そうすることでほとんど ...

かわかつの眼Kawakatu’s eyehttp://blogs.yahoo.co.jp/hgnicolboy/MYBLOG/yblog.htmlヤフーカテゴリーは科学、社会科学ブログ村カテゴリーは社会科学、歴史、料理であります。これにて心象儀館かわかっちゃんのささいな大遭難と復活版!かわかつワールドは更新 ...

ほかのふたつのブログ(復活版かわかつワールド・心象儀館かわかっちゃんのささいな大遭難)を閉じてヤフーへ移ります。そこんところよろしく!!もっと面白い、自由なブログに変えてゆきます。ただし、どちらも過去ログがありますから、心象儀館もかわかつワールドもほった ...

スキタイ研究に欠かせないのが北方三大勢力だった東胡、月氏、匈奴の区別。匈奴の首長は「単于(ぜんう)」である。筆者はこの単于を字のままに解釈して「ひとりでも行く」、つまり英雄を指す言葉だと思っている。しかし、この当時、匈奴の単于「頭曼(トゥマン)」という人 ...

少彦名(すくなひこな、すくなひこ)も医療の神である。それでこの神を祭ることが多い全国出雲系粟島神社にはのちに薬師が垂迹していることが多い。粟は古くから畑作農作物のひとつだが、なぜか粟畑と言わず粟田(あわた)と言う。森浩一がこれについて禾は粟で、どちらもア ...

蜂田薬師とは古代の薬部(くす・べ)である。つまり往古の渡来薬剤師一族だろうか。『新撰姓氏録』和泉諸蕃 「蜂田薬師は呉王孫権の裔なり」この場合、孫権(そんけん)は三国志時代の南朝の王のことを言っているわけだが、実際に「呉」と言った場合、それはまず「くれ」・ ...

スキタイは、これまで書いてきたように中央アジアを発してユーラシア大陸の東西に遊牧を広げていったが、その文化は一貫して積み石塚円墳の埋葬に代表される共通文化である。西に拡大したスキタイは、ギリシャやバルカン半島、西アジア諸国、そしてローマなどの中近東から西 ...

このスキタイシリーズは、騎馬遊牧民族の歴史とフン族、そしてその世界的移動と時期、それによって融合して伝播した東西文化、そして最後にそこから日本との共通点があるかどうかまで連続させるつもりである。おつきあいのほどを。なお、記事公開は必ずしも連続するわけでは ...

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