芸能民検証は様々な障害が訪問するようなので一旦切り上げ、ここで科学的な炭素c14(14C)の検証に移らせていただく。あしからず。こっちもあっちもそのほうがほっとできる。「科学的な専門用語にある程度精通していれば、放射性炭素年代測定の原理を手短に述べるだけで ...
2009年06月
シリーズかわらまち・あとはおぼろの京都河原町界隈
このシリーズはこれにて一旦終了することになる。もう、終わりかと言われるのは重々承知の介だが、なにしろ扱う相手にも人権がある。「そのような場所」の歴史は長いのである。プライバシーを問われたら、反論のしようもなくなる。とにかく・・・やりたい場所は、昨日転載し ...
(かわらまち)地名:その2
リクエストにお応えして・・・「河原町」(かわはらまち)(かわはらちょう)? 青森県弘前市 河原町(かわはらちよう) 宮城県仙台市 若林区 河原町(かわらまち) 宮城県柴田郡 大河原町(おおがわらまち) 福島県郡山市 向河原 ...
(かわらまち)地名:その1
リクエストにお応えして・・・「香春町」「瓦町」 福岡県田川郡 香春町 香春町(かわらまち) 福島県伊達郡 川俣町 瓦町(かわらまち) 栃木県佐野市 瓦町(かわらまち) 愛知県豊橋市 瓦町(かわらまち)瓦町通(かわらまちどお ...
くだらき 思い出したこと
百済城と書いてみて、重要なことを思い出したので、書き留める。「くだらき」とは百済から来たという地名であるが、城、来、木など、表記はさまざま。その「城」が問題である。城は大和言葉では「しろ」で、「き」と読むのはずっと漢音だと思ってきた。ところがこれが百済音 ...
お詫び
誠に申し訳なかったことですが、どうやら一昨夜、かわかつワールドにおきまして、筆者いたく酩酊して記事を書いてしまったようです。(書いた内容はまあまあだったが、最後にいらぬことを書き足した)それがようやく今朝気がついたほどの泥酔であったようで、大変失礼なこと ...
ツツのこと、鎌倉のこと
なんでもいいのだが、筒状のものを、そうさねえ、トイレットペーパーの芯があったらそれでいいから、手のひらで掴んでみてもらいたい。そうしてから芯だけを抜き去ると、手のひらの形は?それがツツである。かつ、それはカマの形でもある。鎌倉という地名は字面からは想像で ...
シリーズ河原町・江戸・東京の河原
関東には「かわらまち」という地名は少ない。あるのは茨城県や神奈川県などの周辺各県で、北関東となるとほとんど存在していない。東京でも千住に一ヶ所あるきりである。しかし、江戸・東京の場合は台東区新吉原、中央区墨田区が、地名こそないが河原にあたる。千住河原町は ...
シリーズ河原町付録・特殊部落研究における柳田と山本
柳田國男の「特殊部落研究」研究史一覧明治39 「破戒」を評す 早稲田文学5 全集定本第23巻明治42 「遠野物語」 定本第4巻明治42 「石神問題」 ...
シリーズかわらまち・仙台市河原町
仙台市河原町 仙台城下南端、江戸期まで職人の町。城下南の宮沢橋が流出し、街道そのものが河原町を通るようになる。そこで、ここに仙台の町の南出入り口としての木戸が建てられる。夜警が置かれ、寛永年間には針生家が柵の鍵を預かった。針生家はこんにゃく粉と鳥モチの ...
HomePage17万アクセス達成、民族学伝承ひろいあげ辞典ブログ5万アクセス達成記念
HomePage17万アクセス達成、民族学伝承ひろいあげ辞典ブログ5万アクセス達成記念シリーズ・河原町をアップする予定にいたしております。全国の「かわらまち」に共通する、怨霊と呪の世界を紹介するとともに、中世陰陽から古代に迫ります。20年間の京都暮らしと大学生活を ...
2009年夏季おすすめ参考文献
2009年夏季おすすめ参考文献田中史生 『越境の古代史 ―倭と日本をめぐるアジアンネットワーク』 筑摩新書甘粕 健編 『倭国大乱と日本海』市民の考古学ー5 同成社 2008上田正昭 『日本人”魂”の起源』情報センター出版局 2008館野和己 ...
蝦夷・俘囚の改姓(『続日本紀』記事から)と多賀城
『続日本紀』に俘囚たちが姓を要求して許された二つの記事がある。ひとつはすでに書いたのだが、769年(神護景雲3年)の11月、牡鹿郡の俘囚・大伴部押人(おおともべ・おしひと)の祖先の話。大伴部は祖先が紀伊国名草郡の人で、征夷軍に同行しそのまま東北に住み着い ...
則天文字
今日はどうやら「文字シリーズ」になってしまいそうだが・・・。則天武后が作り出した独自の文字が17個あって、それを「則天文字 そくてんもじ」と言うそうな。690年の話で、705年、独善的政治体制でほとんど絶対君主だった則天武后の死後は使われることがなくなっ ...
慶州高句麗広開土王銅製椀の呪文字「#」
井戸の「井」はもともとが♯で、象形文字である。ところが#が筒井筒、昔の三井住友とか井筒屋のように菱形で、しかも右に90度傾いたマークが書かれたお椀や木簡、土器が半島や日本の神奈川県などから出てくる。半島では慶州の高句麗広開土王(好太王)の銅製壷杅(こう= ...
かわかつワールド 十津川は日本人起源考証の基礎である
「十津川は日本人起源考証の基礎である」http://white.ap.teacup.com/kawakatublog/353.html日本人と日本語の基層に迫る記事アップ ...
掖久・やく・琉球・ヤコウガイ・螺鈿
夜光貝http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%82%AC%E3%82%A4http://www.zukan-bouz.com/makigai/kofukusoku/sazae/yakougai.html螺鈿の材料となる真珠光沢の美しい、リュウテンサザエ科の巻き貝であるが、最大の大きさ直径15~20センチ、重さ2 ...
桂鷺北の「松童神」・信州戸隠村の「松王」
「信州戸隠山に於いて巫(みこ)の家は姓無く代々松王と名乗ると云ふ報告(四巻一八八頁)を見て、ひと心付いたことは八幡の末社に松童(まつどう)と稱する神のことである。新編鎌倉志一鶴岡八幡の條には、松童は八幡宮記に八幡の牛飼と云とある。男山八幡の末社松童に付い ...
陸封2 吉野・十津川の関東アクセントと葛
「陸封」された人種の話をする。もう30~40年前だったと思うが、中高校生ほどの時分、筆者がNHK新日本紀行?だったかのドキュメンタリー番組をながめていると、奈良県の山奥、大台ケ原の手前あたりの部落に、東京アクセントが残存する場所があるとアナが語っており、記憶 ...
陸封
陸封(りくふう)とは生物学用語。例えばよく使われる例証が山女魚(やまめ)。河川が大きな地殻変動で陸封され、海と川の溯上往来を絶たれたマスやスズキが体積容量を縮小化して生き残るのがヤマメや虹鱒、バスなどの淡水魚であるが、中には地殻変動に関係なく、「進んで」 ...
アジア民族・遙かなる旅 シュメールなど通らなかった?
今日はBS朝日のBBC作成番組が放送された。あくまでこの番組によるとであるが、図のように、人類・・・ミトコンドリア・イヴの子孫である猿人たちはアフリカ東部の大地溝帯であるグレートリフトヴァレイを出た後進化しながら北上を続けたが、アジア人の祖先たちは、エジプトに ...
人類のビッグバン、オルドバイ・イベント
BSがBBC製作の人類起源番組・地球伝説を放映しているので、過去記事から、これまでわかっている猿人・人類の系図を再掲載させていただく。この機会に、ホモ・サピエンスが登場するまでの進化を確かめておこう。現代人 ホモ・サピエンス ...
東寺ダンワラ古墳出土 金銀錯嵌珠龍文鉄鏡復元動画
投稿をいただいたmikrtoranoabiさんが作成された、大分県日田市東寺ダンワラ古墳出土の金銀錯嵌珠龍文鉄鏡復元動画。この国宝鏡のことは以前ここでもご紹介済みであるが、この復元動画が実に素晴らしいものであるから、諸氏にも是非、ごらん頂きたいと思う。非常に貴重な画像 ...
地形変遷図 から見える危機・人事、他所の過去ではない恐怖
想像しなければなりません。たまたま大阪のものがまとまって載っていましたから本から切り取ったのですが、一般性が高いわかりやすい画像だと思いました。つまり大阪と同じようなことが全国、全世界で同時に起きたわけですから、みなさんの住んでいる場所、地域でもこの時代 ...
シトミ 田村吉永の「人身御供とシトミゴク」
田村吉永(たむら・よしなが)「人身御供とシトミゴク」(昭和12年 大和国史会発行雑誌「大和史」掲載記事)から「かつて宇陀郡宇太町平井鎮座の神社では人身御供をあげた遺風が今に存してゐるのを聞いた私は、今年の春その地に至って祭典の時の所謂『人身御供』といはれ ...
大阪湾 12万年の地形変遷図
大阪湾の12万年前から古墳時代までの地形図を順番に並べてみる。大阪市文化財協会編『なにわ考古学散歩』学生社 2007から変われば変わるもの。しかし生駒山地と上町台地だけは2万年前からしっかりと海の上に存在。12万年前には上町台地は少し海の中に沈んだ状態。 ...
朝鮮の松菘王・松尾のこと
秦氏の信仰関連で、山本ひろ子が朝鮮の松菘王(しょうしゅうおう)と新羅明神に関連はないものかと書いている。(『異神 上』)松菘王は朝鮮新羅での新羅明神の呼称のひとつで、峲王(実際は二文字めは山冠に私・すうしおう)とも表記、音読される松の葉のような青い青と ...
石川県金沢市加茂遺跡出土牓示札 記録と文献の見方
石川県金沢市津幡町・加茂遺跡出土「加賀郡牓示札」かがぐん・ぼうじふだ考古学が発掘した遺物でも、そこに文字が書かれていれば、それは文献となる。しかし、発掘されたこの「記録」的文献と、六国史などの「文献」には、そのとらえ方には巨大な相違が存在する。記録は客観 ...
あなたは古代史から何を学ぶ?得る?新歴史学への方向
平川南『新視点古代史 日本の原像 日本の歴史二』小学館 2008から●内藤湖南『日本文化史研究』「大体今日の日本を知るために日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要は殆どありませぬ。応仁の乱以後の歴史を知っておったらそれでたくさんです。それ以前 ...
纏向の鉄器
纏向遺跡を土器で見ると、圧倒的に多かったのは東海であるが、これが鉄器となると下図のように今度は圧倒的に多いのが北部九州となる。武器、農具ともに先進地九州と日本海側、北陸、山陰のものがあきらかに群を抜く。鉄器の中でも工具、農具、やじりなどは必要に応じてその ...



























