民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2009年04月

●文献史学網野善彦  『異形の王権』平凡社 1986喜田貞吉  『太秦牛祭の変遷』 1920井上満郎  『渡来人 日本古代と朝鮮』 (株)リブロポート 1987加藤謙吉  『秦氏とその民 渡来氏族の実像』 白水社 1998下出積與編 『日本古代の人と文化 ...

実のところ今回はかなりてこずっている。膨大な調査を取りまとめるのが遅くなったという発掘者側の事情も、かなり実感している。なにしろ情報が多すぎるのである。さて、纏向遺跡の現状における区画である。今後、纏向遺跡の範囲がどれだけ広がるのかは、あたかもガウディの ...

纏向遺跡の特徴のひとつに、北部九州からの土器がほとんどないというのがある。はたして纏向には本当に北部九州人は来なかったのだろうか?そこで纏向の中心年代である三世紀後半の同時代遺跡はどうなのかを少し考えて見たい。摂津・田能遺跡 全国初の木棺出土遺跡。纏向よ ...

纏向遺跡の考証に入る前に、例によって筆者の遺跡分析態度を明確にしておきたい。このような大遺跡に対するのはおそらくこれが初めてのことゆえ、眼の肥えた好事家諸氏のご期待にお答えするほどの知識も自信もなく、誤りもあるかも知れないことを最初にお断りしておく。纏向 ...

画像上から 虎塚古墳遠景東壁装飾西壁装飾東壁装飾書写西壁装飾書写周辺古墳群分布図玄室から玄門石室正面装飾所在地 茨城県東部 ひたちなか市(旧常陸国那賀郡・今の仲地域)大字中根字指渋(さしぶ)那賀川沿線 上流は栃木県那須岳周辺の主な古墳 虎塚1~6号墳(分 ...

「慶雲元年(文武朝・704年)に国司の采女朝臣は、鍛佐備大麿らを伴って、若松の浜で砂鉄を採り、剣を作った。ここから南の軽野の里の若松の浜までの三十里あまり一帯に、松の山がつづき、マツホド、ネアルマツホドなどの薬草も毎年採れる。この若松の浦は、常陸と下総の ...

古代の製塩地帯分布大陸の塩釜分布塩釜の分割鋳造『両准塩法志』日本の製塩法は最初、藻塩から始まる。海水をふくんだ海草を天日で乾燥させ、塩の結晶を集めて、そこに海水をかける。したたった水をかん水と言い、これを土器で煮詰める。海草の代わりに砂を利用する塩浜法が ...

With2ブログランキングへ「摩多羅神とは摩訶迦羅天であり、また吁枳尼天(だきにてん)である。この天の本誓に「経に云う。もし私が、臨終の際その者の死骸の肝臓を喰らわなければ、その者は往生を遂げることは出来ないだろう」。この事は非常なる秘事であって、常行堂 ...

マットとケットは新潟県中魚沼郡でそう言う村民がいたそうだ。マットはまともな平民を指す。「まひと」=真人の俗語である。対してケットはケットーで毛人(けひと)でありクマ人・肥人などと同種、苗場山の西の渓谷・秋山あたりの村落がそれで、「秋山者」とも呼ばれる賤民 ...

「海行かば水漬く屍 山行かば草生す屍 大君の辺にこそ死なめ のどには死なじ」 大伴佐伯氏家訓訓読 うみゆかばみずつくかばね やまゆかばくさむすかばね おおきみのへにこそしなめ のどにはしなじ大意 大君のためならばしかばねを海の水に浸し、山の草に埋めようと ...

「御精進家は胎蔵界の形なり。御左口神(みさぐちのかみ)の長さは七寸五分、人も母の体内に有る時は長七寸五分あり。御左口神の後ろの葦は災の字なり。三災を降伏のため踏み静め豊葦原国の或主(あるじ)と成りたまいし体なり。天神七代の最初天祖国常立尊は陽神陰神となり ...

その2「(豊後国)木浦鉱山の創業期は500年代の半ば、欽明天皇の頃、遠江から来た佐藤大膳の始祖が、神事(じんじ)で錫と水晶を産出したという。 2003年8月1日。理学博士の野田雅之先生が、錫鉱石と水晶の鉱石及び鉱脈を神事とセリバ谷で確認された。セリバ谷では錫・鉛・ ...

「銅像とは、柔らかく比較的低温で溶ける銅とさびにくい錫の合金である青銅でつくる... 法隆寺の夢違観音(奈良時代)や東大寺の大仏廬遮那仏(奈良時代)が代表的実例. として有名である。」 http://www015.upp.so-net.ne.jp/zukou/taha.html「このような偶然の発見から、本格 ...

かわかつワールドにウラハタ幻私考・最大の秘め事をアップしました。秦氏最大の秘め事は律令国家が絶対に明かせない、前王朝からの政権交代のウラに隠された簒奪と被差別構造の歴史である!その1http://white.ap.teacup.com/kawakatublog/317.htmlその2http://white.ap.tea ...

ブログ秦氏記事に用いた参考文献の一部秦氏と宗教史・芸能史関連中沢新一  『精霊の王』 講談社   2003山本ひろ子 『異神 中世日本の秘教的世界 上・下』 ちくま学芸文庫 2003川村湊    『闇の摩多羅神 変幻する異神の謎を追う』河出書房新社 20 ...

画像の出展サイトhttp://white.ap.teacup.com/applet/miitu1223/229/trackbackhttp://www.usi-design.co.jp/kotsubo/tayori10.htmlhttp://www.oct-net.ne.jp/~hatahata/hatasiga.htmlこのように記紀、神儀令に発する律令制というものは、ある種の犠牲と忍従のうえでしか存続 ...

いささか引用が長くなるが、神・天皇・賤民(せんみん)の、祭政一致世界における位置づけという必要欠くべからざる最大の要素を説明するには以下の井上満郎『渡来人 日本古代と朝鮮』の一文を記載しておきたい。「(前略)「聖」という概念は基本的には中国のものであるが ...

葛野秦氏のシンボル的一大事業と言えば大堰川(保津川)に作られたという葛野大堰(かどのおおい・おおぜき)だろう。この土木作業は、氾濫する保津川流域を選んだ秦氏の運命を決定する大事業だった。秦氏が山背に入って、なぜ、稲作に絶好の東側湿地帯を選ばす、西側の荒地 ...

画像は川上しのぶ氏「古代であそぼ」サイトから 秦氏の分布図秦氏・秦人、秦人部、秦部の分布畿内 山背国 葛野郡、愛宕(おたぎ)郡、紀伊郡、宇治郡、久世郡、相楽(さからか)郡《備考・乙訓郡》 大和国 忍海(おしみ)郡、城上(しきのかみ・磯城)郡 河内国 茨田 ...

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まったく無関係であるが、桜画像を貼り付けておく。中休み。せっかく大きい画像なのに、ティカップブログでは表示できないためです。先の話であるが、西都原と同じ日に行った大分県宇目木浦鉱山の歴史について、いずれ詳しいご報告をさせていただきたいと考えています。面白 ...

第4項まで走ってきたこのシリーズ、後半へ向かう前に、少々気分転換の一服の時間を設けたい。まず前回の4項の部分的追補を。「百合若大臣」伝説に伴う豊後国司となった秦氏の人物は、葛野の従六位上、太秦公宿祢相益(うずまさのきみ・すくね・すけます)である(井上満郎 ...

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