郭務悰(かく・むそう)は駐百済大使沙宅孫登(さたく・そんとう)は百済人 668年高句麗滅亡後の669年(天智8年) 10月16日中臣内大臣(藤原鎌足)死亡。このとき『大唐、郭務悰等二千余人を遣せり』 『天智十年十一月 甲午朔癸卯 對馬國司遣使於筑紫大宰府 言「月生二日 ...
2008年12月
牛を祭る・年末総括
国内に牛を祭る神社は多い。大概は農耕の役牛を神格化し、馬と合わせて「牛馬の神」とされる。岡山県田倉牛神社や全国に広がる朝鮮系大将軍(だいじょうごん)神社などは牛を祭る。中に太宰府天満宮のように、天神さん(菅原道真)が丑年生まれだったので鎮魂する社もある。 ...
祝言人(ほがいびと)
祝言人(ほがいびと) 「まれびと」「漂泊民」とも言う。つい先頃まで各地に正月に訪れていた三河万歳、獅子舞、猿回し、注連縄行商人などは皆、よくよく考えてみれば「まれびと」であった。来訪する漂泊者を乞食人とも書いて「ほがいびと」と呼ぶ。これは西欧では吟遊詩人 ...
服従の印に舞い手、楽士を送る
『新唐書』には、唐に朝貢する諸国は服従のあかしとして音楽士や舞踏家をみやげとして贈っていたという記述がある。「これは音楽や踊りなどを捧げるということは、魂を捧げることと同じだという考え方から発している。ある民族の芸能は、その民族を代表している、あるいはそ ...
歌は呪術
言葉が持つ呪的、霊的概念を表す言葉として「言霊」という日本語がある。また日本には「歌垣」という和歌、芸能による男女の思慕相聞の風習があった。言葉、歌謡、歌舞音曲のたぐいのすべては原始呪術における表現法であり、憑依への近道である。「言葉の持つ呪術的パワーを ...
銅鼓と海洋民・倭
銅鼓(どうこ) ヴェトナムではドンソンとも中国南部やヴェトナムの少数民族たちに伝世されてきた青銅製の太鼓。横にある耳(じ)に紐を通してつるして打ったり、立てて打つなど地域、民族によってさまざまの鳴らし方がある。形状は日本の鼓(つづみ)に似ている。地域によ ...
古墳時代に突如開花する大和の鉄文化
鉄に関する歴史考察には「鉄の生産」と「鉄器」という分類が必要である。そこにある鉄器が「そこで作られたもの」である場合と「製品が来た」場合とでは、同じ鉄器研究でもまったく次元が違ってくる。「鉄製品(日用生産工具、副葬武器、装飾品)、鉄器生産のいずれを挙げて ...
破鏡
破鏡(はきょう)銅鏡をわざと破壊して埋納したもの。鏡の破片。故意に打ち破った銅鏡の一片を意識的に用いたもの(森岡秀人)弥生~古墳時代の破鏡の数は700点以上。しかし人為的で、故意の破鏡となると170点未満とされる。(森岡)小山田宏一は平安時代編纂の医学書 ...
螺旋状鉄釧
螺旋状鉄釧(らせんじょう・てつくしろ)くしろとは腕輪。鉄線をバネのように螺旋状に巻いた極めて地域限定で出土する腕輪。「中部地方から東海地方東部、関東地方南部にかけての三角形の広がり」(北條芳隆『螺旋状鉄釧と帯状銅釧 』2005)に分布し、他の地域では見つか ...
鍛冶技術に見る地方の独創性
村上恭通「三世紀の鉄―ツクシとヤマト―」『邪馬台国時代のツクシとヤマト』所収 学生社 2006九州の製鉄の研究結果定型化した鍛冶鞴羽口の使用及び鉄滓・鍛造剥片・粒状滓の安定生成による高温鍛冶の実現は古墳時代初期の九州であり、それは中期後期へと受け継がれる ...
蚩尤(しゆう) と饕餮
蚩尤(しゆう) 【分類】 中国神話(Chinese mythology)【解説】 中国古伝説時代の黄帝のころの諸侯。「人身・牛蹄・四目・六手」とも「亀足・蛇身」ともいわれる、鬼神。妖怪軍を率いて黄帝と争う。大霧をおこして黄帝を迷わすが、黄帝は指南車を使いこれを打ちまかし ...
石棺
わが国で箱式石棺以外の石棺は、おもに凝灰岩または砂岩質の軟らかい石材でつくられ、それぞれの地域で産出する石材が利用されるほか、九州の阿蘇(あそ)山系の凝灰岩によるものが中国・四国の瀬戸内沿岸地域や近畿地方へ、あるいは四国の香川県産の凝灰岩によるものが岡山 ...
高千穂の伝承1 猪掛祭 鬼八と鵜の目姫
三毛入野命(ミケイリノミコト) 御毛沼命(ミケヌノミコト)とも。ウガヤフキアエズと海神の娘であるタマヨリビメの子。初代天皇・神武天皇の兄。「古事記および日本書紀本文・第一の一書では三男、日本書紀第二の一書では二男、第四の一書では四男となっており、第三の一 ...
広瀬武夫と坂本龍馬/宮川禎一
珍しく近世近代史から。広瀬武夫と坂本龍馬/宮川禎一から全文ご紹介http://www.kyohaku.go.jp/jp/kankou/haifu/yomimono_data/0034.html「「広瀬武夫を知っていますか?」という質問を誰彼なくお尋ねしてきたの であるが、ある年齢以上の方だけが良くご存知で、それ以下の ...
武寧の靴と无利弖の靴・百済と日本
With2ブログランキングへ武寧王陵出土遺物と日本の同時代古墳から出土遺物の類似から見る、百済王とワカタケルの関係。遺物の比較によると金冠、靴履、耳飾り、神獣鏡などにあまりにも類似があるということであるようだ。考古学者の多くは、当時の両国遺物に類似がある ...
5世紀の馬犠牲・佐倉市大作古墳31号墳馬犠牲土壙
画像は『東国の古墳と古代史』学生社から 奈良国立文化財研究所岩永省三氏作画・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一般に、これまで、御霊信仰は平安時代からと言われてきた。それは主に供犠に関わった人々が、時代的政治的な流れの中で ...
殺牛殺神・牛馬犠牲
来年の干支にちなんで牛馬のお話を二題。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・延暦十年九月十六日官符(三代格)養老厩庫律逸文「故(ことさら)に官私の馬牛を殺す者は、徒(ず)一年」(『政事要略』巻七〇)日本霊異記中 ...
武寧王は加唐島生まれ
「加唐島は、百済第25代国王・武寧王の生誕地。「・・・百済の蓋鹵王の王弟昆支が日本に遣わされたとき、筑紫(九州)の各羅島で妃が子を産んだ。その子は嶋君と名付けられた。・・・百済人は、この嶋を主嶋と呼んでいる。・・・」日本書紀(雄略天皇5年(西暦461年)の条) ...
長野県松本市・大室古墳・合掌式古墳は九州型横穴石室?
久しぶりにまた白石説。長野県北部に大室古墳群というさまざまな高句麗型積み石塚古墳群を擁する古墳群があり、ここの上部に合掌型と言われる小さな古墳群が杉林に隠れるように点在する。どうやら時代を経て長野北部には渡来が押し寄せていたらしい。その合掌型古墳は現在、 ...
佐賀県田代太田古墳・ヒャーガンサン古墳・筑後川流域装飾
12月7日は太宰府・筑紫野市に近い佐賀県鳥栖市の二つの装飾古墳の、年に一度の公開日であった。知人の案内の通り、毎年12月の第一日曜に公開される貴重なもの。鳥栖インターチェンジから「田代公園」交差点を左折してしばらく行くと、まず田代太田古墳がある。周辺は新 ...
東海東国の古墳検証 その二 下毛野の終末期と壬生
先の「その一」に引き続き、白石太一郎氏『東国の古墳と古代史』学生社 2007 から、今度は古墳時代の後期~終末期にかけての関東、特に下毛野(しもつけの)の60㍍クラスの円墳から考察してみたい。白石氏は後期古墳時代に全国の前方後円墳が急速に終了して行く時期 ...









