民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2008年07月

蘇鎮轍氏の独特な解釈は、江田船山古墳出土銀象嵌銘文入り鉄剣でも発揮されている。可否は別として、この鉄剣銘文の「□□□大王」は、日本ではあとから発掘された稲荷山金象嵌鉄剣銘文の読解から、ミズハワケ反正天皇説からワカタケル雄略だったということにほぼ定説化して ...

かわちのあたい開中と書いて「かわち」と読ませる。費直と書いて「あたい」と読む。やがて「直」ひと文字でもあたい。河内直。「あたい」は国造最高位で、国衙。隅田八幡人物画像鏡銘文にある「遣開中費直穢人今州利二人等」について蘇鎮轍氏はこれがひとりの人物だったと解 ...

蘇鎮轍(ソ・チンチョル)1930年 韓国全北益山出身。ソウル大学卒後、各国大使を歴任し、64年アメリカメリーランド大、86年からバークリー大学研究教授。87年からは圓光大客員教授。東京アジア史学会員。著書 『朝鮮戦争の起源』『金石文で見る百済武寧王の世界 ...

和歌山県隅田八幡人物画像鏡銘文高橋健自判読例(1914年)「癸未年八月日十六 王年△弟王 在意柴沙加宮時 斯麻念長 奉遣開中費直 穢人今州利二人等 取白上同 二百旱 作此竟」福山敏男博士判読例(1934年)「癸未年八月日十 大王年 男弟王 在意柴沙加宮時 ...

江戸時代に九州の尾平鉱山の山師の統括を行っていた頭目の記録がある。そこには頭領・狩野(かの)某とある。封建時代は職業は世襲され、他の仕事への流出は難しかったのだから代々彼らは山師だったと考えて良いだろう。鉱物採集民。 ...

日本人の氏姓である「諸葛」は「しょかつ」とは読まず、「もろくず」と言うそうで、これはおおざっぱに部の外にいた管轄外の人という意味になるそうである。もろもろの葛の民・・・という意味で、きわめて十把一絡げな表現を持たされた人名とはあまりにも悲しいことをおっし ...

http://future-failure.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/index.html狩野(かのう)一族の出自は諸葛氏である。という意見がある。面白いと思ったらクリックして!→https://history.blogmura.com/にほんブログ村 歴史ブログ 面白いと思ったらクリックして!→https://histor ...

ハプログループとは分子人類学、特に篠田謙一氏の用いる人類学上の人種ミトコンドリアDNAのタイプ分け用語。ハプログループには大別してA,B、D,F、G、HV、Mなどがあり、日本人に最も多いのはハプロタイプGである。HVは欧州人に多い形質。詳細は『日本人にな ...

2003年、東京都大田区にある日蓮宗池上本門寺墓地改葬にともなってある著名にして謎の氏族の人骨が出土され、DNA分析が行われている。氏族の名前は狩野氏。狩野派→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%A9%E9%87%8E%E6%B4%BE足利以来、御用画家狩野派として一家をな ...

 長方形鈕孔の左味田宝塚古墳出土鏡(三角縁神人車馬画像鏡)がありますが、そっくりさんが魏の都だった洛陽の地で出土しています。銘文の「尚方」が洛陽出土鏡では「※氏」に変っていますが、他はよく似ています。「尚方」は魏の官営工房であり、「※氏」は魏の官営工房の関 ...

老松若松譚(『玉勝間』『源平盛衰記』)後白河法皇、賀茂大神に参籠し、神託を得る。いわく、「長門壇ノ浦にいる老松若松なる母娘に海中の宝剣を探させよ」よって法皇、源義経を使わしその海女二名を探さしむ。ふたりは潜水し翌日浮上、尋常の力ではあげることあたわずと申 ...

海人族 かいじん・ぞく あま・ぞく●『日本書紀』応神天皇紀 「処々の海人(あま)ざわめきて命に従はず、ゆえに安曇連の祖・大浜宿禰をつかわしてこれを平定し、大浜をもって海人の族長に任ずる」●『古事記』応神天皇条海部、山部、山守部、伊勢部を設置する。●羽原又 ...

散村 さんそん散居村とも言う。家屋が1戸または数戸ずつ散在(さんざい)している村落のこと。わが国では,富山(とやま)県の砺波(となみ)平野,島根(しまね)県の出雲(いずも)平野,北海道(ほっかいどう)の屯田兵(とんでんへい)村などに見られる。http://kids.gakken.co ...

篠田謙一 しのだ・けんいち国立科学博物館人類第一研究室長分子人類学の研究者著書 『日本人になった祖先たち DNAから解明するその多元的構造」NHKブックス 2007 DNA解析による人類学の第一人者。すべての現生人類は20万~10万年前にアフリカで生まれ、7万~6万年 ...

三上山 みかみ・やま滋賀県東南部野洲市にある聖なる山。その地名はもしかしたら中国神仙思想の三神山?ここが重要な場所であることはふたつの古墳に阿蘇凝灰岩ピンク石が使われたことから推測できるが、かつては和邇氏、息長氏、三尾氏などの近江における本拠地で、琵琶湖 ...

尚方 しょうほう中国秦から漢、魏にいたる官製工房の呼称。帝室が作る鏡のすべてには「尚方」作銘文が入る。魏王朝は、呉と比較して紀年銘鏡はきわめて少なかったが、それでもちゃんとこうした鏡は残っている。例えば著名なところでは梅原末治氏が記録した甘露四年紀年銘文 ...

参考文献 藤田友治『古代日本と神仙思想』から編集青色● 陳氏銘鏡分布地薄緑● 陳是銘鏡分布地面白いと思ったらクリックして!→https://history.blogmura.com/にほんブログ村 歴史ブログ 面白いと思ったらクリックして!→https://history.blogmura.com/his_archeology ...

大阪府狭山池ダム資料館の小山田宏一(こやまだ・こういち)氏は鏡分析に実績のある考古学者でもあるが、魏は後漢を引き継いだという意識の強い国家で、曹操以来後漢復古鏡や模倣鏡を重視していたと言っている。となると卑弥呼が魏から下賜された鏡も当然神獣鏡などの神仙思 ...

ここまでの分析では邪馬台国畿内説を展開するにはあまりにも考古学では矛盾点が多すぎるように見えるかも知れない。つまり先に記載した天理市和邇東大寺山古墳の飾環頭鉄剣は畿内の和邇氏と後漢との交流が考えられるのに、神獣鏡の分布では圧倒的に呉鏡である神獣鏡の分布地 ...

神獣鏡 しんじゅうきょう神獣鏡の絵柄の多くは紀元前5世紀前後の中国南朝時代に派生した神仙思想(のちに五斗米道、太平道を経て道教の陰陽・五行に発展)の題材に満ちている。神仙思想とは一言で言えば仙人、不老不死を信じる中国の歴史で唯一の独自宗教、哲学。教義の中 ...

徳興里古墳 トッコリ・こふん平壌西南20キロ、南浦市江西徳興里の所在する壁画を持つ古墳。東潮氏などの分類は難しいのではしょる。全面をしっくいで塗り固め、被葬者、騎馬射的、高床倉庫、蓮華文、男子七宝行事(神への貢ぎ物をささげる儀式)などが一覧図で描かれてい ...

天理市和邇 東大寺山古墳出土飾環頭鉄剣以前の記事で「素環頭」と書いてしまったが、実際は装飾が施された飾環頭太刀である。訂正しておわび。刀身は平造り内反り。飾環頭は青銅製。4世紀前半~5世紀の和邇東大寺山古墳から出土。鉄剣刀身棟には銘文が刻まれており、   ...

わに・うじ氏族としての表記は和邇、和迩、和耶などがあり、部としては丸部がある。本拠地は奈良県天理市櫟本(いちのもと)、滋賀県琵琶湖湖西の和迩、小野、あるいは湖南の野洲など。のちに中臣氏に吸収される大春日氏なども同族となっている。天理市の東大寺山古墳から後 ...

『旧唐書倭国伝』 倭国者、古倭奴国也。去京師一萬四千里、在新羅東南大海中、依山島而居。東西五月行、南北三月行。世與中国通。其国居無城郭、以木為柵、以草為屋。四面小島五十餘国、皆附属為。其王姓阿毎氏、置一大率、検察諸国、皆畏附之、設官有十二等、其訴訟者、匍 ...

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