民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2008年03月

森浩一の2003年の著書『魂の考古学 時の過ぎゆくままに』五月書房、に滋賀県雪野山古墳公開時のパンフレットに対する憤慨が書かれている。雪野山古墳から出た鏡の中には三角縁神獣鏡も多数あったのは事実だが、それは被葬者の足下に置かれていて、もっとも重要だと考え ...

2018年最新80撰が更新されています。 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/57384845.htmlただ、ベストとなると、やはりここにあるものにつきるかも知れません。1  ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ                       ...

「赤は――火のあかが赤(せき)であり、木のあかは朱(しゅ)であり、土のあかは丹(たん)であるが――心臓の色でもあり、血の色でもある。すなわち赤は、「いのち」の色である。」(宮城谷昌光『王家の風日』文藝春秋 2001)朱=硫化水銀丹=酸化鉄・酸化鉛『京の色 ...

1.秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ(天智天皇)2.春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山(持統天皇)3.あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む(柿本人麻呂)4.田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降り ...

(艾(もぐさ)、餅草(もちぐさ))・菊(きく)科。 ・学名 Artemisia princeps Artemisia : ヨモギ属 princeps : 最上の、豪華な Artemisia は、ギリシャ神話の女神の Artemis(アル ...

この正反対の概念は実は同じ観念から生まれた。沖永良部島(に限らないが)では喪屋の風習が残っていた。死者を隔離し、親族一同喪屋に籠もって死者を悼み、他者から死の穢れを隔絶する。奈良時代の日本の天皇の死には専門職があって、これを「陵戸(りょうこ)」と呼んだ。 ...

西欧世界では人類最初の禁忌はアダムとイヴが禁断の木の実を食べた(してはいけないことをする禁忌)ことだが、日本でもっとも古いタブー記事は記紀。イザナミの死を悲しむイザナギが黄泉の国へ行って、見るなと言うのにのぞき見てしまい、死者におっかけられるというもの。 ...

伊吹山http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%90%B9%E5%B1%B1   伊吹神社   岩手県東磐井郡川崎村門崎   伊吹神社   岩手県一関市川越   伊吹神社   新潟県長岡市[南蒲原郡]中之島町中野中   伊吹神社   京都府京丹後市久美浜町油池下寄   意布 ...

 求菩提山縁起によれば西暦525年、猛覚魔卜仙というものが山頂の金光を尋ねて登頂し、大己貴神の祠を建てて、これを祀ったとある。これが求菩提山の開山である。 また、その後、養老4年(720)、行善和尚が白山大権現の勅許を受け、大講堂や多くの堂社を建て求菩提 ...

http://www.jidaigeki.com/prog/001036_004.htmlNHK大河ドラマ第14作。原作は「天と地と」でおなじみの海音寺潮五郎で、歴史上・反逆者として位置づけられている平小次郎将門の一生が描かれる。主演の加藤剛が「平将門を主人公にした作品が作れないか?」と提案したことから ...

 パラケルススは医学に革新をもたらしたが、同様にヘルメス哲学にも革新をもたらした。彼にとっては錬金術もまた医学を支える柱の一つであり、医学を革新することは同時に錬金術の思想を革新することでもあったわけだ。 これが男性的・能動的・ポジティブな原理と女性的・ ...

近畿の5世紀までが、強力な勢力のそれ以前からの存続が見えなかったように、北部九州の3世紀からも強力なまとまった国家の存在は見えてこない。それは吉備からも出雲からも東海からも同じである。中九州、北部九州が一見、非常に進んだ地域であったことは鉄器、工具の早期 ...

近畿の大型前方後円墳の構成要素      要素の最古の発見場所●外槨・・・・・・墳丘                 東瀬戸内を中心とする列島各地         段築                 不明         葺石              ...

源頼光(みなもとの・よりみつ)の酒呑童子退治で有名な大江山には、二カ所の比定地がある。一カ所は有名な京都府加佐郡大江町と与謝郡加悦町のさかいにある千丈が嶽、今ひとつは山城と丹波のさかいにある大枝峠(老ノ坂)である。本来の伝承では、老ノ坂で、頼光一行が休憩 ...

この語源については、江戸後期、郷土が生んだ国学者伴信友が、『若狭旧事考』において、「さて、遠敷という義(こころ)は美しき丹土(につち)の出るところ多し、故に小丹生(遠敷)といふ」と書いている。昭和30年以降「平城京」や「藤原京」跡から「小丹生(おにゅう)郡」 ...

かわかつ→豊後大友氏5世孫寒田親将子孫(実際には四国佐伯氏出身でこの氏族名を継いだ)→豊後大友氏→相模波多野氏出身→瀬戸内佐伯氏子孫→佐伯氏→大伴氏火の芦北国造→刑部靫部→日田刃連→靫負→日下部氏→佐伯氏→大伴氏→河内王朝装飾古墳の被葬者=日下部氏、およ ...

佐伯氏には三種類ある。中央で大伴氏眷属の佐伯連(宿禰)。佐伯氏によって今の茨城県鹿島周辺から連れてこられた俘囚蝦夷の佐伯部。空海はこれの出身。佐伯直。地方で佐伯部を率いていた豪族。たとえば豊後佐伯氏。 ...

http://shushen.hp.infoseek.co.jp/keihu/sizokugairan/oho1g.htmこりゃ面白いとかわかつは思った! ...

道臣命 みちのおみのみこと (記/紀/拾遺) 天忍日命の子孫。元の名は「日臣命」と言い、日向軍の大将軍的立場にいる。八咫烏の後を追って先行し、宇陀の下県に辿り着く。この功績により、「道臣命」の名を与えられた。さらに、弟宇迦斯の報告を受け、大久米命と共に兄宇 ...

 久米氏族概観天津久米命後裔。大和国高市郡久米邑を本拠とし、大伴氏族と警衛等の職掌上も、系譜・分布のうえでも密接な関係をもつ氏族大久米命(道臣命と同人か)から出たと伝わる宇陀郡にも分岐し門部・漆部の職掌を伝える伊予・播磨等に分岐して山部の職掌を伝える崇神 ...

 吉備の農家で育った正太郎は家業を嫌い、酒食におぼれる遊び人。神官の娘だった妻の磯良をあざむき、騙してはばからない。恨んで死んだ磯良はやがて怨霊になって正太郎を苦しめ、殺して怨念をはらす。 話の伏線になっているのが岡山市の吉備津神社に伝わるお釜祓の神事だ ...

ゆげいべ・ゆげいべと大伴氏大伴宿祢。高皇産霊尊の五世孫、天押日命の後なり。初、天孫彦火瓊々杵 尊、神駕之降まししときに、天押日命、大来目部、御前に立ちて、日向の 高千穂峯に降りましき。然後、大来目部を以て、天靫部と為しき。靫負の号此より起れり。雄略天皇の御 ...

高松塚・キトラをのぞく装飾古墳分布と該当地域の実力者分布図結論=装飾古墳の被葬者は日下部氏、安曇氏、多氏眷属など多種にわたるが、いずれも鉱物と海に関係する氏族で、古墳の装飾を描いたのは安 ...

幾何学模様を多用し、始原的画像を旨とする装飾古墳は、線刻画や直弧紋石棺などのレリーフも含めると全国に約600基ほど見つかっている。その分布は北西部九州を中心として南九州、東九州、山陽、山陰、近畿、北陸、関東、東北にまで広がっている。その広範囲な分布は、大 ...

2006年現在で、列島にあって独特の形態を持つ前方後円墳が、どこを起源として始まったかnついての諸説を紹介する。①外来説・・・・サンプルの少なかった時代の、文献や限られた知識で、史学者たちが推定した仮説。現在は全羅南道、光州に点在する前方後円墳は日本では ...

福岡県福岡市博多区にある諸岡遺跡からは、多量の無文土器が発掘されている。これまで文化の伝播については「あった」と言われてきたが、これらの遺跡から朝鮮式の無文土器が出てきたために、人間の移 ...

天台・真言密教に先駆けた修験道では、峰入り儀式が著名であるが、究極の峰入りと言えるのが「即身成仏」である。「即身成仏」とは簡単に申せば仏に近づこうとして祠や土中に入り、無食無飲、三十日間にわたって「死」にたちむかうことで人間の生前の欲得のいっさいがっさい ...

古代人の死生観でも、現代人の死生観でも、しゃれこうべは「死」に直結する。それを逆さまにすることで古代人は死者の霊魂を再生させようと願ったのだろうか?茨城県虎塚古墳装飾画。この画像さかさまにしたらなにが見える?あきらかに九州とは違うパーツを用いた関東地方で ...

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