民族学伝承ひろいあげ辞典

脳梗塞男の料理とエッセイ、ときどき爆笑、ときどき不満爆発? 著書『秦氏が祭る神の国・その謎』2005年  1955年大分市生、京都育ち。 脳梗塞、高脂血圧、緑内障、糖尿病と闘病中。

2007年07月

●藤原宮子から見た、文武天皇との関係697(文武1)年8月20日 文武天皇の夫人となる。(文武天皇15才のときです)701(大宝1)年、首皇子(後の聖武天皇)を出産。出産後首皇子と面会することは無し。723(養老7)年、従二位。724(神亀1)年2月4日、子の首が即位(聖武天皇)。2月6日、 ...

大和国葛城郡朝妻 あさづま古事記において新羅の記事を載せている条は応神紀及び允恭(いんぎょう)紀である。允恭天皇の諱は男浅津間若子宿禰(お・あさづま・わくごのすくね)である。秦氏の始祖・弓月君(ゆんずのきみ・ゆづきのきみ)が最初に入った場所は朝妻である。 ...

天武2年 閏6月15日 韓阿食(原文はにすいあり)金承元・阿食金祇山・大舎霜雪ら騰極(ひつぎのこと)を賀す              一吉食金薩儒・韓奈末金池山ら先皇の喪を弔う            送使貴干宝・真毛・承元・薩儒を筑紫に送る        ...

マレーシアでは稲作儀礼として動物供犠が非常に特徴的で、それは1941年に宇野円空の『マライシアに於ける稲米儀礼』で記述されている。これに対し、日本では『播磨国風土記』讃容郡の条に、「妹玉津日女命、生ける鹿を捕り臥せて、その腹を割きて、その血に稲種き(まき ...

ゆふいんまちつかはら・きりしまじんじゃ・あまざけまつり九州各地に多く見られる女性尊重の祭。この日に限り女性は一切家事を夫にまかせる。西宮市の岡太神社に見られた男性中心の祭祀様式は、地域によってはこのような女性尊重へと進化したケースがある。祭にふるまわれる ...

にしのみやし・おかたじんじゃ・いちじじょうろう10月11日南北の講から各一軒頭屋を選び、竹の枝先に紅白の神で男女を象った「一時上臈」と呼ばれるひとがたを、米や柿、鏡餅などの神饌を盛ったさんぼうに立てて神前に供える。地元ではこれを人身御供の男女であったと伝 ...

さいとししろみ・しろみじんじゃ・れいさい12月14,15日毎年獲れたばかりのイノシシ数十頭の頭を切り取り、猟師が奉納する。血の滴る首がずらりと並んだ外神屋(そとこうや)では、米良神楽が夜通し奉納される。闇夜に灯明が照らし出すイノシシの凄惨な首が並ぶ様は、 ...

かとりじんぐう・かもはもり神官たちが打ちそろい、野生の鴨を素手で解体する大饗祭の中の神事。神饌殿で行われる。手は血で染まり、あたりには鴨の血のにおいが充満し、骨をもぐ音がぐりぐりっと。骨を折る音はパキポキっと鳴り渡るという凄惨だが、食いしん坊にはたまらな ...

兵庫県篠山市沢田・八幡神社・鱧切祭・・・人からハモへの変遷。宮崎県高千穂町・高千穂神社・猪掛祭・・・人からイノシシへの変遷。岡山県津山市一宮・中山神社・猿神退治譚・・・「さてそれより後(生け贄を食らっていた猿神を退治してのち)は、すべて、人を生贄にせずな ...

つるがしくしかわ・わけみやじんじゃ・れいたいさいこの神事はすでに明治に廃絶神社庁の記録によれば明治27~28年頃まではまだ行われていたというから、最後の秘事と言える。旧暦4月3日人身御供神事五升の米で炊いた餅を頭にしょった少女が神社へ渡り、神前に神饌をさ ...

たまよりびめ霊依り日女のこと。神の心霊に憑依する女すなわちシャーマン。神の妻。神懸かりと託宣を行い、巫女を統括する。女帝すなわちこれ。これが国家神となるのが「おおひるめむち」すなわち天照大神。だから、巫女は神の妻であり同時に神饌供犠の対象となる。生け贄と ...

いずれも大昔の話であるので、これらをもって「残虐だ」「神事に名を借りた虐待だ」などと無粋な価値観を持ち込まれても困るが・・・。出雲大社新任儀礼では、これまた女性にとって耐えられぬ話であるが・・・「新任の出雲国造と里の娘が同衾していた」と折口信夫が記述して ...

つるがしやま・いなりじんじゃ・はつうまさい旧暦二月の初午ヒヒが要求した人身御供を供えるが、ヒヒは退治されたと伝わる。人身御供とズバリ呼ばれる少女たちが打ち掛けを着せられ祭に奉仕させられる。わざと受け身に表現してみたが、まさにかつての人身御供は受け身であろ ...

なるとしむやちょう・うさはちまんじんじゃ・おごく10月13日「おごく」は「お御供」。人身御供神事。正装した頭屋の夫人が、頭上に神饌を入れた曲げ物(「はんぼ」という。おそらく「飯模」?曲げ物とは木製のおひつ。曲げわっぱなどと東北でも言う。漆塗りの漆器だろう ...

のざとすみよしじんじゃ・ひとよかんじょ2月20日人身御供神事中津川という川の水害になやんでいた村人たちは、毎年白羽の矢を立てた家の娘を唐櫃に入れ深夜、境内にそなえることにした。ちょうど7年目に通りかかった武士がこれを聞き、、娘に代わって櫃に入り、神の正体 ...

すぎおじんじゃ・おおやまいぬまつり椙尾神社例大祭6月5日内の「人身御供」神事。仮女房という着飾った女性を連れて頭屋から町内を練り歩く。パンフレット「大山犬祭の由来」から解説「昔、村にはお祭りの日に、白羽の矢の立った家の娘を駕籠に乗せ、行列を組んで神社に” ...

おおくにたまじんじゃ・なおいまつり本来の姿は「人身御供」の祭。寛保の改革により現在の、暴力性の希薄化した形式に変化した。寛保以前の参拝者の記述・・・『諸国里人談』「大きなる俎板(まないた)一枚、木にて作れる包丁生膾(なます)箸をまうけ置、又人形を作りて捕 ...

やや長い引用となるが六車女史の著書から「語り」について。「前略・・近世の儺追祭(なおいまつり)では、その年の災厄を負わせる「儺負人(なおいにん)」として往還の村人を無差別的に捕らえてくる儺負捕りが行われていた。儺負人には誰がなるのかわからない。儺負人の選 ...

「おなり」は「お・なり」なりとは実がなること。中山太郎はおなり・うなりは同根で、農業の穀物神の「身代わり」であると書いている。それは穀物神・食物神は収穫されることによって「命を奪われる」のであるから、それに代わる生け贄を捧げることで神の怒りを鎮める意味が ...

人身御供=ひとみごくう 言い換えると建築史などでも言われる「人柱」。古墳の殉教なども範疇に。乙橘姫の海中身投げ行為も同じ。供犠=くぎ・きょうぎ  言い換えると「いけにえ」。当初世界的にそなえものは人間。その後獣、やがて獣肉、最終的には人型、人形、くぐつへ ...

ひとくい 人喰いE・S・モース東京帝大モース研究所(1879年)に発表された大森貝塚発掘調査報告書aの49P・・・「(大森貝塚から発掘された人骨のばらばら状態を見て)日本に”人喰い人種”(”付記筆者)がいたことを、初めてしめす資料である」と書いている。た ...

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