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さきほど地震があったらしい。
宮崎日向灘沖震度5弱、M6.3.
そのすぐあとにも震度3.これはまったく感じなかったが、最初のは、ちょうど外でアジサイの挿し木をやっている最中だった。窓のよろい戸がなぜか突然ビリビリと震え始めたので、なんだ?と思ったが、揺れは感じなかった。
テレビをつけるとやはり地震だった。大分は震度3。感じないな。

5弱が日向灘で宮崎市内は震度4程度。
これならたいした被害は出ない。


令和になった深夜すぐに茨城で揺れた。
令和最初の地震だった。
改元してすぐだったので、震度は1だが印象に残してある。いつか書こうと思っていたから、ついでにここに書いておこう。

平成はまさに災害と戦争の年間だった。そして北朝鮮がアメリカににじり寄って終わった。

もしこれが古代だったら、その天皇は「徳がない」となり「王殺し」の対象であっただろう。それが孔子の儒教の考え方である。

しかし事実は、平成天皇は歴代でも特筆すべき徳のある方であったことに反論する国民はおるまい。
ということは儒教にも、また西欧の王殺しに至る王の不徳も、まったく関係なく災害は起こったのである。

卑弥呼にも、太陽が日蝕を引き起こして殺された「以て死す」解釈がある。
卑弥呼のころに、日蝕が起きたことは天文学が解明している。
それだけではないだろうが、卑弥呼はちょうど敵対する狗奴国との激戦の最中だった。
だから殺されたのだ・・・という考え方である。

魏志倭人伝の「卑弥呼以て死す」には主語がない。だから説が混乱する。
なにをもって死んだかがわからない。年齢は長大。狗奴国が優勢。日蝕まで起きた・・・。
だから徳がない女王として反対瀬力から消されたと言うわけである。


もちろん当時の日本にはまだ中華の儒教は届いてはおるまいが、朝鮮や北魏方面から思想は入っていたかも知れぬし、そもそも儒教思想のない西欧やエジプトでさえ、同じような考え=迷信は存在しており(王殺しや魔女狩りはそれ)、倭人たちもそう考えていてもおかしくはない。古代なのだから。


大地震はなかったのだろうか?

東北大震災で、民主党政権は国民から選挙で「殺された」わけである。あのとき福島が原発事故さえなければそこまでにはならなかっただろう。時の民主党と菅直人内閣の混乱振りは、全国民を不安にし、もう見るのも嫌だと彼らを消し去ったのである。これも一種の王殺しだった。


ツタンカーメンの父王が多神教を一神教の太陽信仰に切り替えようとしたとき、やはり暗殺されたと見ている。
ツタンカーメンの名前はトト・アンク・アメン(アムン)の短縮であるが、生きているときは父に従って太陽神アテンを名乗っていた。トト・アンク・アテンが正式名なのだ。しかし墓にはトト・アンク・アメンと、以前の神の僕であるアメン名が刻まれている。それで通称がツタンカーメンだが、本当はツタンカーテンなのである。

だから彼も、父王アメンホテップ三世も、名前を変えられており、殺されたことは明白なのである。これは信仰と政治が分離できていない古代の悲劇であり、蘇我氏の誅殺と同じ王殺しなのだった。

しかし持統女帝をアマテラスに反映して、太陽信仰と皇祖アマテラスを全面的に『日本書紀』に展開した藤原不比等の行いと、ちょうど日蝕で殺されたかもしれない卑弥呼の似ていること!そうだ、もちろん不比等は魏志をくまなく読み、中華のほかの史書も読み漁った。そこから女帝=アマテラス=太陽神=一神教理念=天皇万世一系理論を編み出したのである。まさに天才である。『日本書紀』の記述のすべては、舌を巻く藤原不比等の、前面がこれ独壇場の演説だといえる。他人が書いた『古事記』との大きな違いがここにある。客観性が皆無な史書だ。それを延々と日本の文献史学者は後生大事に国書・正史だと信じてきたのである。あきれた話だ。おまけについに世界と戦うまでやってしまい、挙句の果てが原爆と敗戦であった。他人が見たら、こんなバカ国家は日本しかないわけである。因果応報だとアメリカ人なら言うだろう。


卑弥呼が九州の伊都国で執務していたことは間違いあるまい。一大率は伊都国にあった。大和にいたのでは情報は間に合わぬ。だから彼女は大和から伊都国の執務室に転居したはずだ。いや大和でもない、おそらく吉備がふるさとであり、大和には一度も行ってはおるまい。だから墓はまずは伊都国にあり、纒向にあるのは霊魂だけの容器であっただろう。ならばこそ、その形状は巨大で、複雑な子宮の形なのである。母の子宮=大地母信仰である。日本の女帝には母であることが求められる。その証拠が三角縁神獣鏡にある西王母の姿である。西王母は中華江南の長江文明時代から続く大地母信仰の絵柄だ。

大地が揺れる時代が以前にも何度かあった。民衆は大地を母と考えた。揺れるのは母が不満だと思うからだ・・・ならば大地に献上する財物が必要。それは同じ大地から生まれた金属製品でなければならぬ。最初は銅鐸、次に太陽神の分身である鏡だった。不比等はそれを知っていた。だから伊勢にはアマテラスのよりしろとしての白銅鏡を・・・・いいでしょうか?・・・・「伊都国の女王が持っていた白銅製の特大内向花紋鏡を盗み出して(宗像がやった!)伊勢に置いたのではなかったか?大和姫に持たせたのであろう。そういうことをできる不比等なら、箸墓ですら暴いて、そこにあった鏡すら持ち出せたはずだ。そこにはしかし遺骸はなかった。鏡もまがいものの三角縁しかなかったのではないか?仕方なく筑紫の女王墓を暴いたに違いない。

今、伊都国王墓である平原古墳には二人の女性が葬られていた痕跡がある。そこから巨大な鏡が六枚も出ている。しかし6は奇妙な数字だ。あと一枚、どこかにあるはずだ。それが伊勢神宮の鏡だ。違うか?


まあ、これはあくまでも妄想。
あまりまじで受け取らぬこと。
伊勢が怒鳴り込んでくるからね。
小説ですよ。
不比等も小説を描いた。勝手な妄想で。
だからペストで子供らが死んだのだろう。因果応報である。
だがKawakatuはまだ死なない。













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