わが国で箱式石棺以外の石棺は、おもに凝灰岩または砂岩質の軟らかい石材でつくられ、それぞれの地域で産出する石材が利用されるほか、九州の阿蘇(あそ)山系の凝灰岩によるものが中国・四国の瀬戸内沿岸地域や近畿地方へ、あるいは四国の香川県産の凝灰岩によるものが岡山県や近畿地方へ運ばれたような例もある。石材産出地によって石棺の形態に差異がみられるのは、石棺づくり工人の差を表すと思われる。もっとも数多くの石棺をつくりだしたのは、大阪府と奈良県の境の二上山(にじょうさん)石材と兵庫県西部の竜山石(たつやまいし)とよばれる石材であり、前者は古墳時代後半期の家形石棺を、後者は中期の長持形石棺と終末期の家形石棺を製作した。ほかに、石棺式石室の用語があるが、これは、山陰地方の特異な横穴式石室が家形石棺と類似することによる。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E7%9F%B3%E6%A3%BA%EF%BC%88%E3%81%9B%E3%81%A3%E3%81%8B%E3%82%93%EF%BC%89/


 【南城】南城市玉城字前川の「ガンガラーの谷」内(おきなわワールド隣接)にある「武芸洞」入り口付近で、縄文時代晩期(約2千年前)と考えられる石棺墓一基が発見され、中からは大人の人骨一体と子どもの人骨一部が確認された。石棺墓は、読谷村や宜野湾市の遺跡2カ所で発見されているが、洞穴内から発見されたのは初めて。
http://mainichi.jp/area/okinawa/news/20081128rky00m040002000c.html


「(日本の古墳時代で)石棺が出現してくるのは古墳時代前期後半です。刳抜式では、まず割竹形石棺、そして、あまり時間差なく舟形石棺が作り出されます。割竹形石棺はおもに香川県で作られましたが、そこでは前期いっぱいで作られなくなります。一方、舟形石棺は中期から一部は後期前半にかけて、九州の熊本・佐賀・宮崎、あるいは島根、福井、群馬、茨城などで作られました。組合式では、割竹形石棺とほぼ同じころに、長持形石棺の祖形とも言えるような箱形石棺が作り出され、中期には畿内を中心に長持形石棺が発達します。家形石棺は大きく畿内系と九州系と出雲系に区分できます」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/578pdf/wada.pdf#search='石棺の出現'




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