吉備の農家で育った正太郎は家業を嫌い、酒食におぼれる遊び人。神官の娘だった妻の磯良をあざむき、騙してはばからない。恨んで死んだ磯良はやがて怨霊になって正太郎を苦しめ、殺して怨念をはらす。
話の伏線になっているのが岡山市の吉備津神社に伝わるお釜祓の神事だ。沸かした湯が立てる蒸気の音で吉凶を占い、「吉祥には釜の鳴音牛の吼ゆるが如し。凶きは釜に音なし」と判断する。娘の結婚をひかえた磯良の実家でもこの御釜祓がおこなわれた。しかし釜はことりとも音をたてない。この結婚は凶と出たのだ。
物語の冒頭で秋成は重々しく教訓をたれた。「妬婦の養ひがたき」と嫉妬深い女ほど手におえないものはないと言い、「妻を御するのは夫の男性的な理念にある」という。しかし封建時代を映してか女性に忍従を説き「女性の存在の哀しさを深く描いた物語」(長島弘明・東大助教授)として書かれた。
話の伏線になっているのが岡山市の吉備津神社に伝わるお釜祓の神事だ。沸かした湯が立てる蒸気の音で吉凶を占い、「吉祥には釜の鳴音牛の吼ゆるが如し。凶きは釜に音なし」と判断する。娘の結婚をひかえた磯良の実家でもこの御釜祓がおこなわれた。しかし釜はことりとも音をたてない。この結婚は凶と出たのだ。
物語の冒頭で秋成は重々しく教訓をたれた。「妬婦の養ひがたき」と嫉妬深い女ほど手におえないものはないと言い、「妻を御するのは夫の男性的な理念にある」という。しかし封建時代を映してか女性に忍従を説き「女性の存在の哀しさを深く描いた物語」(長島弘明・東大助教授)として書かれた。
この怪奇小説でもっとも怖い部分は、呪いの主である死んだ妻の死霊から逃れようとして、陰陽師の指示通りお札を貼って家中に籠もっていた遊び人が、朝を告げるニワトリの声を聴いて、もうよかろうと出て行く最後のシーンだろう。
高校時代に古典で習ったが、一更、二更、三更と夜が明けて行く「夜明けの数え方」が段階を追って増幅する怖さを表現しており、名作である。
高校時代に古典で習ったが、一更、二更、三更と夜が明けて行く「夜明けの数え方」が段階を追って増幅する怖さを表現しており、名作である。
吉備津神社の神事が当時、かなり広く知られていたことがわかる。
背景に用いられた吉備津神社の鳴る釜神事は、記紀の吉備津彦による製鉄鬼族の征伐という大昔の出来事があったことが関連する。
百済から来た鬼・温羅(うら)が首をはねられ、竈に首を埋められた。その鬼の声が神事で聞こえるというものである。
鳴る釜神事は全国では湯立て神事となるのであろうが、吉凶を占う「くがたち」が大元だろう。
巨大な鉄の釜を用いていること、かまどの火などから、製鉄、鍛冶、鋳物氏族に関わる神事であることは間違いなかろう。
背景に用いられた吉備津神社の鳴る釜神事は、記紀の吉備津彦による製鉄鬼族の征伐という大昔の出来事があったことが関連する。
百済から来た鬼・温羅(うら)が首をはねられ、竈に首を埋められた。その鬼の声が神事で聞こえるというものである。
鳴る釜神事は全国では湯立て神事となるのであろうが、吉凶を占う「くがたち」が大元だろう。
巨大な鉄の釜を用いていること、かまどの火などから、製鉄、鍛冶、鋳物氏族に関わる神事であることは間違いなかろう。
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