殺された、あるいは自殺および不明死の「豊」系譜人物たち。
継体大王血族太子天皇・・安閑、(宣化?)
蘇我血族の天皇・・・・・崇峻
蘇我血族の皇太子・・・・竹田皇子(推古息子)、山背大兄皇子(聖徳太子皇子)
蘇我氏・・・・・・・・・蘇我蝦夷、入鹿
これらは話をすすめる前の資料である。
1まずスサノオの神やらい、ヤマトタケルの死を前提として話の枕とする。
2クマソタケルの死。
3尾張一族。
4葛城氏の滅亡。
5安閑、宣化、崇峻、竹田、山背の死を、尾張・葛城・蘇我系譜(河内王朝と継体系譜)の抹殺と見る。
6蘇我氏の滅亡。
7蘇我石川家の滅亡。
8間に大伴氏の滅亡および尾張氏系日下部氏のルザン。
9出雲大社北側の素鵞神社。
10熱田神宮・神剣・草薙剣の大和朝廷による取り上げ。
藤原政権に落ち着くまで、完膚無きまでの氏族抹消記事が連続している。=王権交代劇
それがつまり熊襲滅亡が表している?
つまり南九州王朝に対する記紀の扱いでもあるか?
安閑息子・豊彦王の蘇我氏の血はどこへ流れるか?
ヒントの山と言える。
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