「倭国はいにしえの倭奴国なり。京師(長安)を去ること一万四千里、新羅の東南の大海の中にあり、山島に依っている。東西は五月行、南北は三月行。世々中国と通ず。その国は城郭なく、木で柵を作り、草で家を作る。四面に小島、五十余国あり。皆これに付属する。」

●「日本」について
「日本国は倭国の別種なり。その国は日辺にあるため、日本をもって名となす。あるいは言う、倭国は自らその名が雅ならざることを嫌い、日本に改めた、と。あるいは言う、日本はもと小国だったが、倭国の地を合併した、と。その国の人、入朝するも多くは矜大、実をもって応対しない。それゆえに中国は彼らを疑う。また言う、その国の境界は東西南北がそれぞれ数千里あり、西界と南界はみな大海に至り、東界と北界は大山に限られ、その山の向こうは毛人の国なり、と。」

考古学が証明する倭国、日本国の並立時期は弥生時代後期終末期にあたると思われる。
前の記事に掲載した地図にぴたりと符合しうる。

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