2 クリスマスと豆まき

■スウェーデンの「冬至の山羊」という魔物も鈴を鳴らし、贈り物を投げ込んでいくのだという。そのギフトとはエンドウマメ、レンズマメ、ソラマメなどのビーンズ類である。

■精霊が鈴を鳴らすのは収穫された穀物の目を覚ますためだとされる。

■鈴の音によって起こされる収穫物(ハーベスト)は、豊かに成長し実り、そして枯れてから取り入れられる。つまり倉庫の穀物たちは一度死んでいる。鈴の音は彼等・死んだ穀霊たちを目覚めさせるのである。日本の神楽でもやはり鈴を振る。古代の銅鐸も往古は舌(ぜつ)があり、打ち鳴らすことで精霊を目覚めさせた=神を招来させる。音楽・・・に関わらずあらゆる民謡・舞踏・絵画・・・芸術の始まりは民間信仰による精霊を招き入れる=魂よせから生じている。

■魂を呼び出すものは玉依り=シャーマンである。

■ムチを鳴らすのも、太鼓や小槌を打ち鳴らすのも、あるいはドンソンの銅鼓も、みな、音による魂の覚醒を促すものであり、それはまた死者の再生を祈願するオコナイでもあった。
つまり生命の再生祈願、再生願望は世界で共通の民間観念だった。そのための衣装や祭形式も世界共通であるというのがひとつの意見である。しかし、あまりにも似ているその風習からは、それが決してそこだけで始まり、どこにも伝わったわけではないというのもいかがなものだろう。

文化と文明の伝播には、多くの海の民による海洋交流と砂漠の騎馬の民によるステップ交流があったことは、これまでのこのブログの分析によってほぼ間違いはない。誰かがそれを見て広がっていった可能性は捨てがたい。

■ドイツでは「(魔物は)窓の明り取り(しとみ戸だろう)からナッツを投げ込んでいった」といわれている。すべての記録はナッツ、あるいはビーンズである。つまり豆類や雑穀は豊穣のギフト。これがやがてギフトの交換へと発展するのだろう。
あるいはナッツを使ったクッキーも、毎年、この時期になるとおばあさんが焼くのだという。まるで縄文のクッキーのようだが、歯が立たぬほどの硬いお菓子だという。人の歯が立たないようなお菓子をなぜ作るのかといえば、もちろんそれを食べるのが子供たち=神のお使いだからだろう。意味はさまざまだろうが、硬い食べ物が子供のあごを丈夫にする。言い換えれば日本の節分も北欧の冬至祭りも、同じく子供たちのすこやかな成長を願うものでもあったということ。だからこそ魔物たちは子供にあえておしおきをした。たたかれれば子供は当然泣く。その泣き声は神を喜ばせ、村の招来=子供に神はよりつき、繁栄がもたらされる。

■長崎のオランダ人が日本の豆まきを見て、なんとそっくりな風習だろうと『紅毛雑話』(1787頃)に書き留めている。また彼等が正月にムチを鳴らしていたことも書かれている。
ヴァイザーも豆まきの自国風習と類似することに驚嘆している。

■柳田國男は豆まきについて「大豆をひいて鬼を家から外へ追い出すなどもそのひとつで、子供を助手にしてついてあるかせる」
つまり子供たち二人を先導させる追儺なは全国に非常に多い。
こどもは神の使いであり、魔よけでもあった。
セルビアのクリスマスでも、おばあさん、おかあさんが「コッコっこ」といいながら部屋を歩き回って麦をまくそのあとを子供たちは「ピッピッピ」といいながらついてあるく。
魔物がサンタクロースのお供であるように、子供もまた魔物、魔よけの性格を人々は見ているのである。
これは日本の童子信仰に発展したことを思い出させる。

・・・・・・・

■悪魔の牡猫、お菓子になる
オランダの画家・ヤン・ヨーステンがシンタクラース祭の一家の絵を描いている。


そこには、床にばらまかれた胡桃などのナッツ類のちらばった部屋で、贈り物を開ける子供らの悲喜こもごもの一瞬が見事に切り取られている。

そして一番手前のおばあさん?の横にはひし形のパンが立てかけられている。
また同じヨーステンのライデンのパン屋のクリスマスの絵にも同じパンが立てられている。


これを「悪魔の牡猫(ダイフェ・カーター)」と言う。


ダイフェルとはオランダ語で悪魔、その語源がこのパンの名前だという。
カーターは牡猫である。
なぜ牡猫が悪魔なのか?

■このパンはクリスマスと新年に焼かれるのだとオランダの辞典(1599)にある。
それによればこの硬いパンは1450年頃にはすでに焼かれ始めており、その当時、意味は「こんちくしょう」だったとある。いわれは昔、猫を生贄(神饌)にしてきた彼等の風習にまでさかのぼる。ひし形は猫の頚骨を表し、当時は猫の頚骨をささげていたかと思われる。なにゆえよくある山羊や羊、あるいは鹿ではなかったかはよくわからない。
低地ドイツ語の権威・檜枝陽一郎の説では、ダイフェの語源は北海の島・フリジア諸島のデューフェカーターが『東フリジア語辞典』によれば「悪魔の猫」という意味で、転じて「このごろつき野郎!」という罵倒用語になり、同時にデューフェには「つく、たたく、押す、暗い」の意味もあった。それが伝わったのだという。「暗くていまいましい猫」が発展して黒猫が悪魔の代名詞になったのだろうと。
黒猫が魔女や悪魔のお供であることは「魔女の宅急便」を思い出さずとも簡単に理解できる。そこで生贄にしたのはむしろ神へではなく、単に魔物の代名詞として猫が忌み嫌われたからかとなる。

■フランスのプイーという村でも、最後に刈り取った麦束はすぐに打穀せず(絵画や映画などで麦を脱穀するのに長い、先が折れていて回転する棒で叩いているのを見たことがある)、煙突の中に真っ黒にすすけるまで吊るし、打つときには下に雌猫を袋に入れて置いておき、叩き殺した」(ドイツ民俗学者マンハルト)とある。欧州では猫はオスも雌も忌むべき存在だったのだろう。
まるで正勝寺の和尚さんである。
もっともあおの和尚さんはひとりもので、うさをはらしたのだろうが。
しかし憂さ晴らしと「こんちくしょう!」は通ずるものがある。よほど猫はいまいましいのだろう。

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コメント

 コメント一覧 (2)

    • 1. にっぽに屋にっぽん
    • 2009年12月23日 21:44
    • ( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
      鳩さん
      ばら撒きは鬼退治だけにしてほしいものですね。
    • 0
      kawakatu

      kawakatu

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    • 2. にっぽに屋にっぽん
    • 2009年12月23日 21:44
    • ランクリ
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      kawakatu

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