沖縄という地域についてはさまざまに見解がある。
奄美大島はかつて中国の地理感覚では「掖久」である。その後、平安時代までに「掖久」の地域範囲は次第に南下し、ヤコウガイという螺鈿(らでん・貝細工)に使われる貴重な貝殻での交換貿易が日本との間で隆盛するようになると、ヤク貝がヤコウ貝へと変化する過程が起きることからも、掖久が沖縄本島までを指すようになっていったと考えられている。ヤコウガイは本来沖縄本島以南が本場である。
奄美大島はかつて中国の地理感覚では「掖久」である。その後、平安時代までに「掖久」の地域範囲は次第に南下し、ヤコウガイという螺鈿(らでん・貝細工)に使われる貴重な貝殻での交換貿易が日本との間で隆盛するようになると、ヤク貝がヤコウ貝へと変化する過程が起きることからも、掖久が沖縄本島までを指すようになっていったと考えられている。ヤコウガイは本来沖縄本島以南が本場である。
ということは「掖久」という中国人の地域観念では、当初奄美から北琉球一体を指していたことになる。これに対して南琉球・・・本島から先島諸島、場合によっては台湾島まで含めて「琉球」と考えられていた可能性がある。もっとも琉球という呼称は決して古くない。随分あとの時代にそう呼ばれ始めたようである。
薩南諸島の屋久島や種子島やトカラ諸島を琉球に含めない説が大勢を占めているようである。屋久島の名前から「掖久」がここからついた地名だろうという考え方もあったが、文化的には屋久島、種子島は隼人が先住する地域であった。それで多くの意見が奄美大島から沖縄諸島を北琉球、そこから宮古島諸島、八重山諸島あたりまでを南琉球とする意見をとっておく。
先史時代の北琉球は貝塚時代の7000年ほど前から始まる。これに対して南琉球は日本本土や北琉球とは本質的に異なった「先島先史文化」が始まるのが4000年ほど前になる。(小田静夫「石斧のひろがり━黒潮文化圏」『日本人はるかな旅 二』NHK2001)
そして11世紀から12世紀にはグスク時代という共通文化に統合されてゆく。
14世紀に三つの勢力の争いがあったのち1429年に統一王朝が成立した。
そして11世紀から12世紀にはグスク時代という共通文化に統合されてゆく。
14世紀に三つの勢力の争いがあったのち1429年に統一王朝が成立した。
約6300年前には喜界島カルデラが爆発し、南九州の貝文文化が滅亡すると、北部九州から曾畑式土器が一時的に入ったりもしているが、総じて漁労文化が存続した。このときはそれほどの移住者はなかったようだ。
南琉球の先島文化は台湾島やフィリピンにおけるオーストロネシア系文化圏の直接の影響下にあったと考えられ、Y染色体はO1系統が入っている可能性が高い。
このO1系列はオーストロネシア系で、台湾で約5500年前、フィリピンで約4500年前に出現する。台湾先住民の移入も当然考えられていい。しかし先島諸島人の精査がまだ十分に行われていない今は、まだはっきりとした特定は無理である。しかしながら佐々木高明によれば先島の文化にはあきらかにオーストロネシア系文化が見られるという(『南からの日本文化』NHK2003)。
またC1系統が見られることから貝文文化人のいたことも考えられる。
このO1系列はオーストロネシア系で、台湾で約5500年前、フィリピンで約4500年前に出現する。台湾先住民の移入も当然考えられていい。しかし先島諸島人の精査がまだ十分に行われていない今は、まだはっきりとした特定は無理である。しかしながら佐々木高明によれば先島の文化にはあきらかにオーストロネシア系文化が見られるという(『南からの日本文化』NHK2003)。
またC1系統が見られることから貝文文化人のいたことも考えられる。
本土の縄文人がD2系統の集団だったとされるのに比べると、南北琉球諸島人のY染色体はあきらかにC1,O1系統で異なっているし、アイヌ(C3、D2)とも違っている。ということは彼らが日本の中心部から追いやられた縄文人ではなく、もともと台湾や南島、江南方面から移動していた人々であったということになり、それは氷河期だったと考えられる。従来のアイヌや蝦夷のような追いやられて北上した人々とは明確に別の先住諸族だったことがわかる。
安里進はグスク時代の長崎産石鍋の出土から、徳之島における亀を焼く石釜設置などが起こり、人種移動が起きたことを示唆している(『琉球文化圏と琉球王国の形成』2002)。
土井直美は形質人類学の視点から、グスク時代の琉球のヒト集団は日本本土の中央部の人々とあまり変りがないとしているが、これは先史時代のC1からグスク時代以降のD2、O2b、O3系統への移行が見られていることと一致する。グスク時代に琉球人は一度大きくシャッフルされている。
土井直美は形質人類学の視点から、グスク時代の琉球のヒト集団は日本本土の中央部の人々とあまり変りがないとしているが、これは先史時代のC1からグスク時代以降のD2、O2b、O3系統への移行が見られていることと一致する。グスク時代に琉球人は一度大きくシャッフルされている。
総合すると、グスク時代の移行し、混血してゆく日本本土人は、一旦列島内でシャッフルされた人々で、系統が混在してからの時代に琉球へやってきたと崎谷満は考えている。
そしてそれは、当然すでに縄文系ではなく、北部九州弥生人であると考えられる。
そしてそれは、当然すでに縄文系ではなく、北部九州弥生人であると考えられる。
従って現代の琉球語の大本は、もともと西九州方言から派生したと安里は考えている。ちなみに安里も沖縄県人。
西九州語の動詞変化の全般における「アスペクト形成辞」である~しyorおよび~しtor(「しよう、しとう=している、しておる)が、琉球語においても動詞変化の全般に合致するという。
このうちyor変化は関西語には見られない。関西では「してん」「しとん」であり、「瀬戸内では「しよる」「しとる」と「る」で終わる。
判例 西九州「なんしよう?」北九州「なんばしょっと?」 関西「なんしてん?」瀬戸内「なにしよる?」関東「なにしてる?」
西九州語の動詞変化の全般における「アスペクト形成辞」である~しyorおよび~しtor(「しよう、しとう=している、しておる)が、琉球語においても動詞変化の全般に合致するという。
このうちyor変化は関西語には見られない。関西では「してん」「しとん」であり、「瀬戸内では「しよる」「しとる」と「る」で終わる。
判例 西九州「なんしよう?」北九州「なんばしょっと?」 関西「なんしてん?」瀬戸内「なにしよる?」関東「なにしてる?」
このように琉球地域には先史時代からグスク手前まで、南島のオーストロネシア系ラピタ人に近い人々がいたところへ、グスク時代以降、西部九州人(長崎、佐賀)からの移入が大量に起こって、今の沖縄人が成立、言葉も南北琉球と西九州言語の統一があったと見られることになる。
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コメント一覧 (4)
常々喜界島カルデラの爆発が 日本史に最大の影響をもたらしたと思っております。
傑作&ランクリ×3
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